第7話 絶妙な提案

「画期的な提案をしてあげるからさ」

 田村はそう言って圭たちと王側の人たちを交互に見てくる。


「それを聞く理由もないな」

「いや、ひとまず聞いてもらいたいな。そもそも、この状況、僕が立ち去らなければならないこともないし、君たちが出ていくこともできないのだからね」


 長井は両はしの扉を指さした。


 確かに、教室にある扉は二つとも偽物の側近が牛耳っている。それに、例え圭たちが出て行けと言っても、長井がそれを聞く理由もないわけだ。


「フフフ、では、その自信たっぷりな提案、してもらおうか」

 影武者が現状を認めると、長井は綺麗な笑みを浮かべた。


「まずは問おうじゃないか。現状を理解してもらうために」

 そう言って、両手をゆっくり圭と影武者に向けて飛ばした。


「仮にもし、この場を僕が離れたとしよう。君たちだけになったその状態で、そこから何が起こる?」


 圭側は黙って長井に視線を向け続ける。王側は二人とも少しうなづいた。


「何も起こらない、起こせないと僕は思っているよ。君たちが本当に敵対していて、互いの正体すらつかめないままここまできて、やっと今対面したのだとしたら……、君たちはこのままでは何もできない。


 少なくとも、おいそれとエンゲームを開始することはないだろう。それどころか、まともな交渉ができるかな? 今回の話はなかったことにして、もう一度距離を置くことこそ、お互いにとって最善手になってしまうんじゃないかな?


 理由なんて、くだらない話はしないでよ。君たちはすでに十二分、理解しているはず。少なくとも、これを聞いて理解したはずだよ」


 圭は一度影武者に視線を寄せ、俯かせた。


 その点に関しては……否定しきれないな……。もし、王とエンゲームをするならば、もっと準備をしておきたい。少なくとも今ではない……。王との対戦は絶対に勝たないといけないんだ。下手な賭けは出来ない。


 そして、それは当然相手も同じ。今ここでこの二勢力でエンゲームをするにしたら、互いにリスクがある。お互いリスクを背負っているなら五分五分と捉えられるが、五分五分ではまずダメだ。


 そこで来るのは交渉だ、お互いに準備期間を設けて……といった話になってくるだろうが、その交渉がうまくいくかどうかは分からない。互いの準備期間などと言っても曖昧だ。


 どこまで対応するべきか、どこまで粘るか……そう考えれば結局今までと変わらない。

 そうなれば、お互い連絡先を取ることもなく、そのまま距離を置くというシナリオも……長井の言うとおりになる……。


 ただ、近いうちに王とゲームになる覚悟は十分している……。その点を考慮すれば……交渉程度なら……。


「確かに、お前の言うとおりかも知れない。だが、俺にとってすればそれでも十分だ。ここで王と仮面腰とはいえ、顔を合わせた事実がある」


「そう焦らないでよ、偽物さん。僕の交渉はここからだから」

 長井は圭に向けて手のひらを向けて静止をかけてきた。


「さて、僕は何度も行っているけど、本物の解放者だ。そこから行けば、自然とそこにいる彼らは偽物となる。僕にとって邪魔となる偽物は排除したい、そして偽物である君としても、僕のことを黙らせたいはず」


 今更な話をしたかと思えば長井は今度、影武者に視線を向ける。


「そして、僕の今の目的は……君たちを倒すこと。解放者として、演説で宣言したとおり、キングダムを解散させる。君はこの偽物こそ第一の敵と認識しているみたいだけど、君を倒そうとしている敵はもうひとりいるということ。


 君が偽物に対して敵対心を向けているのは、自分にとって都合が悪いからだよね? 立ちふさがるからだよね? 僕も立ちふさがるよ、君たちの邪魔はいくらでもさせてもらうよ」


「クククッ、で? だから? なにかね? 確かにお前も敵かもしれんが、二の次でいい話だ。君はすでに顔を晒しているのだよ。いつでもひねり潰せる雑魚だ」


 影武者が長井の顔を指差すが、長井はひとつも動揺しない。

「そう、そのとおり。君たちは僕が敵であることを否定できない。つまり、いずれは戦わなければならないということ」


 長井はそう言うと、その場で一周クルリと回った。

「というわけで、この三組で練習試合でもしてみないか、というのが僕の提案の主題だよ」


「……練習試合?」


 圭が思わず聞き返してしまい、そのことに長井は笑みを浮かべる。食いついてきた、と言いたげだ。


「うん。さっき僕が言ったように、君たちの間で思い切ったエンゲームはできないだろう。なら、直接お互いを潰し合う賭けゲームではなく、お互い軽いものを掛け合ってゲームをしようじゃないか」


 この言葉足らずの言い方はわざだろう。そして、そこから湧いてくる疑問に対し、影武者もまた反応する。

「軽いもの? 随分とまたアバウトな話だね」


「確かにアバウトだよね。だから、まずは僕が君たちに提案するとしよう。まず、王側、君たちに要求することは……」

 長井はそっと指を一本立てて王達に向ける。


「一人の支配を解除してほしい。一人分キングダムから解放してほしいということだね。そして、偽物の解放者には」

 余ったもう一本の手を上げ、人差し指を天に指す。


「今後、支配する側からの解放に向けて動く僕の邪魔をしないでもらいたいということ。君の行動を直接咎めはしないよ。

 これが僕の賭け条件だ」


 ……この条件は……上手いな。

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