第12話 解放者(アリス)の目的

 森が長井に対して、王には影武者が存在することと、男であれば影武者であるということを告げた。


 これに対して、もし長井が真の王と繋がりを持っているのだとすれば、驚くことなどないだろう。繋がりがないなら、本当に驚愕の事実ということになるか。

 といっても、それはこの情報で確かめるすべはないし、無理に確信を得ようとも思わない。


 むしろ、この情報を知った長井が取る行動にこそ、注目したい。


『君がいったい何者なのかは知らないけど……どうやら……お互い、本当に王と接触したことはあるようだね……。キツネの仮面という情報が一致している点からそれを伺える。


 まぁ、最も、キツネの仮面をかぶる王と名乗る人物を見たものは、僕以外にもうひとりいる。そいつが君のその情報を流した可能性も否めないけどね』


 なるほど、確かにその考えもあるか。

「長井が言っていることは、たいした問題ではない」

 まったくもって意味のない考察だ。圭が本物であり森と接触していることを確信するに至る情報にはならない。


『……そう、まぁ、好きに妄想しといてよ』


『ところで……こっちからはまだはっきりと聞いてなかったよね? 君の目的はなんなんだい? といっても、この場合の目的の君の真の目的ではない。君が本物であるとしての目的だ。


 僕という本物の存在を無視して、君が本物だと考えたとしても、まだ君の具体的な目的が分からないんだよ。


 僕は本物の解放者として、解放するため動いていることはいった。君はどうなんだい? 


 君はおそらく僕を偽物に仕立て上げて、自ら本物であるといいに来たのが、目的なのは分かる。でも、直接僕にそれを言って何になる? 僕は本物だから、本物であると言い続ける。対して、君はわざわざ僕に会ってなにをしたい?』


 随分と回りくどい言い方だが、いいたいことはなんとなく分かる。


 もし、長井から見た設定を、すなわち長井が本物で森が偽物と過程した場合、森の真の目的など話すはずはない。だが、やつは聞いているのは、仮に長井が偽物で、森が本物であるなら、すなわち裏を返せば本当の真の目的の話。


 確かに、ただ単に偽物に対して自らが本物で、お前が偽物だ、などと言いに来ても簡単な牽制にしかならない。偽物を黙らすにしても、もっと具体的な策を提示しないとだめだ。


 そして、この真の目的を上手く森が出せなければ、目の前の人物もまた偽物であると判断する材料にする。逆に上手く出せば、目の前のやつが本物であると判断し、さらにこっちの目的も知れることになる。


 当然、こっちとしては、長井に森が偽物であると判断されるような状況に持ち込むのは絶対に避けたい。ここから先は、長井に目の前のやつを正しく本物であると認識させなければならない。


 長井、お前は上手くこっちの目的を引っ張り出してこようと思ったのだろうが、関係ない。はなから、こっちは堂々と目的を話すつもりだ。

「アリス、そろそろ話を本題に進めようか」


『そうだね。では、あたしの目的を伝えるとしよう。あたしが本物の解放者で、お前が偽物であるという前提で、あたしの目的。それは……』


 ひと呼吸おき、さらに声のトーンを下げる森の声。

『長井敏和。解放者ならば本物の王をさっさと引っ張り出し倒してしまえ』


『……え? ……さっきまでの流れで……本気でそれを言っているのかい?』


『もちろんだよ。あたしたちの今の目的はキングダムのリーダー、王を倒すこと。それができるのであれば、偽物のお前だって利用するよ。

 お前だって解放者を名乗ってるんだよね? だったら、そのまま王を倒せるよねえ?』


『……何かと思えば……そんなこと、わざわざ偽物に言われるまでもない。元からそのつもりだからね』


『それは良かった。言っておくけど……もし倒せなかったら、あたしがお前を全力でねじ伏せにかかるぞ。倒せないのであれば、偽物を放っておく理由はないからな』


『……それは怖いね……。みんなの救世主、解放者がした発言とは思えないよ』


『勘違いしないで。本物の解放者は、みんなの希望になるとは、一言も言っていない。解放者など、周りが勝手に言い出した虚構の姿に過ぎない。その本質は、復讐かもしれないよ。少なくとも、自分が助かりたいから……かもね』 


 このセリフもわざと森に指示した言葉だ。森としては、圭が知る限りは、みんなを解放することが目的だろうがな……。


 こうやって、本物の解放者が何をしでかすか分からない雰囲気を醸し出しておいたほうがいい。中途半端に長井に舐められるような形にはしたくない。

 いざとなれば、どうな行動でもとってみせると。


 実際、圭の考えは実質これを変わらない。


 その上で……次の交渉。


『だけど、ここでもうひとつ、提案しておこうと思う。

 別に王を倒せないというのであれば、それでも構わない。その代わり、エンゲームのセッティングを頼めないかな?』


『……セッティング?』


『そうだ。君とお前と、そして王。この三勢力でできるエンゲームだ。無論、あたしが指摘した影武者ではない、本物を要求する』


『……なぜ、偽物だとツッコミを入れている僕にわざわざそれを頼むんだい? 君が本物だと言い張るのならば、自分でセッティングすればいいことだろう』


『そこに関してははっきりというけど、おそらく、王に近いのはあたしより君だ。そこに偽物も本物も関係ない。必要なのは距離だけ。


 これだけは本物の解放者として認めよう。君が解放者と校内に顔を晒した行動は、間違いなく王との接近を可能にした。あたし以上に。行動という点に関して言えば、お前もまた本物足りうるとすら、言えるかも知れない。


 だからこそ、それはしっかりと認めた上で、しっかりと利用させてもらう。ここまでの話を聞くに、表向きはお前もまた王を倒したいらしいし、これを一方的に断る理由はないよね。


 お前が裏ではどう思っているのかは知らん。例え、偽物だろうと、本物の王を乗っ取ろうというのだとしても、王と裏で繋がっていようと、関係ない。


 お前があたしの前ではっきり言った支配する側の人を倒すという表向きの目的のため、行動してもらおう』


『……なるほど……だが、そう言うからには、そっちもそれ相応の行動はしてくれるということでいいんだよね?』


『当然だ。本物として、全力で王を倒しに行くよ。こっちだって、セッティングは試みるつもりだしね。

 交渉成立ということでいいのならば、互いのコントラクトのアカウントだけ交換させてもらうぞ。連絡はコントラクトを通じてする』


『……こちらのメリットは?』

『実質、本物と名乗る者同士で共闘する。それで十分だろ? もし、君が偽物で王を倒す以外の別の目的を持っているなら、さらにメリットは欲しいのかもしれないけどね?』


『……いいだろう……。しっかりと、王にエンゲームの招待状を送っておくよ』

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