第3話 田村先生の楽しいオセロ講座

 三分の二以上、相手の色で埋められたデジタルのオセロ盤をしばらく眺めていた。序盤から中盤にかけて、割と場面を制圧できていたと思っていただけに、この結果は圭としては少し意外でもあった。


「圭くん。わたしの勝ちですね」

「そうですね」


 そういい、これで終わりだ、と思って席を立つ準備をしたのだが、田村はそれを止めるように続けて声をかけてくる。


「ところで圭くん。君の敗因、分かります?」


「……分かりません。けど、なんかオセロでも定石とかあるんでしょう? 効率がいい打ち方とか。俺はそんなの全く知らなかったのが敗因でしょうかね」


 将棋やチェスとかもほとんどやったことないが、序盤どう動くべきか、っていう基本の動きがあるらしいというのは、なんとなく分かる。

 そして、そういう基本を押さえたものと全く知らないものが戦えば、抑えたものが圧勝するであろうことは容易に想像できた。


「なるほど。じゃあ、ここでオセロの基本的な戦い方、教えましょうか!」


 ここにきて田村は随分と目を輝かせてそんなことを言ってきた。不敵な笑みはほとんど消え、身を乗り出す。


 もうなんか、今の田村は自分の知っていることを他人に教えることにワクワクしている純粋な奴に見える。


「まぁ……少しなら」

 流石にこんな感じで来られたら断るに断れないので、ケータイで時間を確認する仕草をして答えた。



 で、田村先生のオセロ講座が始まった。


「まず、基本的に序盤はひっくり返すコマは少ないほうがいいですよ。できる限り1枚返しで序盤は打っていくべきですね。なぜだか、分かります?」


 なぜ、と問われたので、一応思考を巡らせる。そして、さっきのゲーム展開を思い出せば、ピンと来た。


「いくら序盤で自分の色に染めても、簡単にひっくり返るから、ですかね。さっきのゲームだと、中盤まで俺の色が埋まっていたけど、最終的には先輩の色にされてしまった」


 俺の回答に対し、田村は口角を釣り上げる。


「その通りですね。いくら序盤中盤勢力を広げても、ゲームの決着がつくのは最後。最後にひっくり返されれば簡単に逆転されるというわけですね。

 そしてもう一つ」


 田村は指を立てる。


「自分の色が多くなると、自分の手番の時、打てる場所が少なくなります。相手の色が少ないほど、相手のコマをひっくり返せる場所が少なくなる。オセロにおいて、おける選択肢が少なくなるのは悪い流れになるんです」


 ……なるほど……確かに、さっきのゲームでも自分の手番の時、打てる箇所がほとんどない状態が続いていた。相手のコマが少なければ、当然ひっくり返せる場所も少なくなる、だってひっくり返せるコマ自体が少ないのだもの。


「それも、もう一つ基本として、X打ちは避けるってですかね」

「X打ち?」


 聞きなれない単語に疑問をかけると、田村は場面のある場所四つを指差す。四隅から一歩内側に入った四つのマス。


「ここに打ってしまえば、角が相手に取られやすくなるんです。角は絶対にひっくり返らないコマ。オセロに置いてかなり重要な点。


 ゆえに、X打ちは相手に打たせるように動くのがポイント。もし自分がX打ちするとなったとしても、いやいや打つ、打たせられるのではなく、タイミングよく有益なポイントで打つのが重要ですね」


 打つタイミングとか言われてもさっぱり分からないので、どうでもいいが、そのX打ちを避けるべきポイントだというのはよく分かった。


「ここまでは基本中の基本ですね。あとは……」


 基本中の基本、以外のことまで教えるつもりなのか、この人は……。内心毒ついていると、田村はスマホでオセロのある盤面を見せてきた。


「ひっくり返すコマなんですけど、その返すコマの回りに注目してください」


 そう言って、顔面の一部を指差す。


「コマを返すには挟まないといけないですよね? で、挟むにはその横に空いたマスがないといけませんよね? だって、空いてないとコマを新たにおけないですから。


 すなわち、返すコマの回りにある空いたマスが少ないほど、いい手になるんです」


「……うん?」

 今ひとつピンとこなかったところ、田村は丁寧にマスを指差していく。


「一つのマスに対して、周りは八マスありますよね? そして、コマを中心に回りの八マスを見ていきます。この八ますのうち、七マス埋まっていて、ひとつだけ空いている、且つそこが打てる場所ならそれは最善手です。


 逆に八マスのうち、三マスも四マスも空いてるなら、それを返すのは悪手です」


「……ふむ」


「基本的にこれ、『中割り』なんて言ったりするんですけど、これをやることで、相手の打てる場所、すなわち選択肢を減らせることができるんです。回りが全て埋まっていたら、その返したコマ一枚だけ返すのは不可能ですから」


 随分とややこしい話になってきたが、言いたいことはなんとなく分かる。本当になんとなくだが……。


「まあ、ゲームの流れとして、自分のコマはなるべく中心に、相手のコマを外に出し、自分のコマを囲ませるような展開は最高ですね。相手が打てる選択肢がぐっとヘリ、自分はいくらでも打つ場所がある状態なんです」


「ほぉ……なるほどね」


 最後に説明を受けつつ、田村のCPU対戦を見て、それなりに打ち方というのは分かってきた。



 そして、そのCPU対戦が終了したあと、田村は歯すら見せるほどの笑みを浮かべてこういってきた。


「では、講義を踏まえて、もう一度、対戦してみましょうか、圭くん」

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