第3話 王、再び

 昼休み、仲も完全に戻っていた次郎と共にフライハイトで食事をとっていた。いつもの南西のテーブルに位置取り、圭は今日も卵サンドをかじる。


 このふたりの間で、ネイティブとの戦いについてはまったく触れることがなかった。暗黙の了解ってやつか。

 無論、解放者の話題が上がることもなかった。その噂自体は次郎も聞いていることだろうが、それを口にすることはない。


 ただ、他愛もない雑談のなかパンをかじるだけ。そんな昼休みが続く。


 あの女子生徒に呼び出されたことについて、報告しようかと思いはしたが、その暗黙の了解がある以上、その話題も出しづらかった。


 といっても、同時に大した問題もないとも思っていた。


 あの女子生徒は無事、契約通りネイティブの支配から免れたはず。

 恐らく、彼女は開放した人物、解放者が圭であるという事実の確認と、解放された礼でも言おうと思っているのだろう。


 なら……わざわざ言うことではあるまい。無事終わったあと、結果報告だけでもすれればそれでいい。


 そんな感じで引き続き、次郎との他愛もない会話を続けていた。

 その時だった。


「やぁ、久しぶりだね」


 突如としてひとりの女子生徒に声をかけられたのだ。特に聴き慣れた声でもなかったので最初は次郎に掛けた声だと思った。

 だが、それはその女子生徒の顔を見た瞬間、間違っていたことを悟る。


「…………っ、……」


 あまりに唐突のことだったので卵サンドをかじりかけたまま固まってしまった。


「あれ? もしかして、わたしの顔、忘れたの? 失礼だなぁ」


 忘れる? そんなわけがない。

 やっと口が動き、限りきった卵サンドを対して噛みもせず、喉奥へと強引に押し込んだ。


「圭? 知り合い?」


 状況が飲み込めないでいる次郎が女子生徒と圭を交互に見比べ始める。

 そんな次郎に対し


――前に言ったろ、王と名乗って接触してきた人物だ――

 と、説明仕掛けたところで口を噤いた。


 確かに前、この女子生徒のことを次郎に話したことはあった。キングダムのリーダー、王と名乗ってきた人物とあったことを。

 だが、それをここで言うのはまずすぎる。


 それは実質、こいつから口止めを食らっていたこと。

 もし、この情報を漏らせば、自分はコントラクトの関係者であることを示すのと同義だと、釘を刺されていた。たとえそれは友人相手であろうと、相手に疑いの隙を見せることに変わりはない。


「ちょっとね、一度だけ話したことがある先輩ってだけだ」


 こっちが警戒し、言葉を選び会話していることを知ってか知らずか、女子生徒はためらいもなく圭と次郎が使っているテーブルにある空いた椅子に座ってきた。


 茶色に染められた髪に軽くカールを巻いたその女子生徒。ひとつ上、三年生のこの人は、相変わらず、垢抜けた雰囲気を見せている。


「え? 何? 仲いいの? ってか、可愛くね? 誰、名前は? 紹介は?」

 次郎よ、よく本人の前でそんなことを言えるな。


 大体、先輩後輩の仲を「仲いい」と表現するのもどうかと思うし、そもそも仲なんざない。それどころか、こいつの名前すらしない。相手もまた、圭の名を知らない。

 何も知らないもの同士だ。


「彼のお友達だよね? だったら、君とも仲良くしようね」


 そう言って女子生徒はにこやかに笑顔を見せて、次郎に手を差し出してきた。当然、次郎はなんの疑いもせず、ニヤニヤしながらその手を握り返す。


「いや、もう、そりゃ、こちらこそ。よろしくお願いします! あ、俺、次郎って言います。西田次郎っす」

「そう、西田君ね。よろしく」


 次郎は自分の名前を上げて、自己紹介していた。だが、それに対する女子生徒は自己紹介を返すどころか、苗字すら挙げようとしない。

 顔は笑顔をひたすら振りまいているが、内心では何を考えているのか、分かったものではないな。


「ところで、先輩、なんの御用でしょう?」


 これ以上次郎と会話されて、ボロが出てしまうのを避けるべく、こっちから女子生徒に声を掛けた。


「え? いや、別に……君を見かけたから、久しぶりに声をかけて見ようと思っただけだけど?」

「俺たち、そんな仲じゃ、ないですよね?」

「どうかな? ”たまたま”フライハイトを通りかかったら、君が見えた。だから声をかけた。それだけだよ? それとも……”たまたま”って理由じゃ……だめかな?」


 こいつ……。

 しばらく、相手の出方を探るかのように、圭と女子生徒は見つめ合っていた。


 そんな圭たちの姿に次郎が、なんかワクワクした目で見てくる。


「圭? ……いつのまにそんなとこまで……っていうか、また泉から浮気してるのかよ……。ぅぅわ、このむっつりスケベめ!」


 黙れ、口にガムテープでも貼ってやろうか、このやろう。


 だが、こいつ、次郎には勘違いさせるようなセリフを吐いているが、圭には分かる。


 圭は初めてこいつに話しかけられたとき”たまたま”という理由で誤魔化そうとしていた。それを意識して、こいつは声をかけてきている。


 こいつは間違いなく、意図あって話しかけてきた。

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