第24話 経緯
貴族学校は4月1日から6月30日まで、そして9月1日から11月30日までだ。12月の中日を過ぎなければ生徒たちはスーペルビアには戻って来ない。
マーヤの新しい側近として、付けられたのは現時点で3人だけで、残りは貴族学校の生徒たちが戻って来てから、選定されることになっていた。
文官のニコロ、護衛騎士のジル、側仕えのキリエはいずれもマーヤとは同学年の者たちで、リヒトホーフェン伯一族の上級貴族だった。ニコロだけが男性である。そしてこの3人は全員、マーヤの従兄弟だった。つまりヴィクトリアの姉妹たちの子なのである。
総督子の側近となれば出世コースであるし、特にマーヤは、いずれかの総督妃となる可能性が高い。その権益をリヒトホーフェン伯が抱え込みに入ったとも言えるし、マーヤを身内で守りに入ったとも言える。
同学年の者たちが選ばれたと言うことは、一生奉公の覚悟を当人たちも持っている、と言うことである。
「マーヤ様ぁ! 僕もすんごい広い部屋を貰いましたぁ!」
「あら、そうなの。良かったわね、ニコロ」
「はいっ!」
彼らはリヒトホーフェン伯領にマーヤが滞在していた時からすでに試用期間としてマーヤに仕えていたので、マーヤにはもう馴染んでいる。ヴィクトリアは、リヒトホーフェン伯夫妻の第2子長女だったのだが、18歳で総督イルモーロに嫁いでずっと子供がおらず、35歳でマーヤを産んだと言う設定になっているので、ヴィクトリアの妹たちの子の方が、マーヤよりも基本、年長である。
同年齢のニコロ、ジル、キリエはそれぞれ、三男、四女、五女である。味噌っかすとは言わないが、「一族経営」の観点からすればさほど重視はされない境遇だった。たまたまマーヤと同年齢と言うことで抜擢されたのだが、彼ら、彼女らは、ここぞとばかりにこの好機を活かそうとしていた。
マーヤは、現総督ガレアッツォが特に敬意を払わなければならない先代総督イルモーロの唯一子であるので、スーペルビア城でも、本来は総督妃が居住する「青の塔」を丸ごと与えられていた。嫡男のウォルフガングでさえ他の子と一緒に「黄色の塔」に押し込まれているにも関わらず、である。
側近たちにはそれぞれに居室が与えられていて、彼らにも下級貴族の召使たちがつけられている。
「浮かれている暇はないわよ、ニコロ。あなた、勉強は進んでいるの?」
キリエから突っ込まれると、ニコロは、うぐぅ、とへしゃげた。無表情を装って、火の粉が降りかからぬよう無口で立っているジルにも、キリエは言う。
「あなたもよ、ジル。テストで満点をとれるようになったの?」
「努力はしている…」
女性ながらアルトの声で、ジルは答えた。
「あなたたち分かっているの? 私たちはマーヤ様の行かれるところにはどこにでも付いていかないといけないのよ?」
問題はそこであった。貴族院では講義をそれぞれに選ぶ大学式で授業が行われるのだが、必修科目などであれば、成績分けされる。マーヤの最側近である彼らは、常にマーヤの側にいることが望ましい。
ブランシェット、フェルカム、ゼックハルトは、貴族学校生徒ではないので、学校内には入れないのだから。そのために同学年の者たちが選ばれたのだ。
マーヤの成績は抜きんでている。つまり同じ教室にいるためには、彼らも最上等の成績を上げなければならないと言うことだ。
「キリエの言うことは正しい。だが、ニコロもジルも努力はしている。まだ時間的な猶予はある。それに間に合うように整えるのが教師役の私の任だ。調整は今のところ上手く言っている。安心しろ、キリエ」
フェルカムが助け船を出した。実際、新入生としては充分に優秀なキリエはもちろんながら、ニコロとジルも努力をしている。成果も出している。
「ウォルフガング様の側近たちは楽なんだろうな…」
「ちょっと! ニコロ、あなた、失礼よ!」
キリエが、軽口を叩いたニコロを睨んだ。それはつまり、ウォルフガングはさして優秀ではないと言っているも同然だったからである。
「あんたが、主のために苦労をするのを惜しむなら、今からでも辞めて貰っても構わないんだよ、ニコロ」
ブランシェットが厳しい口調で責め立てた。責められているニコロ以外の者たちですら震え上がるような冷気である。
「ご、ごめんなさい~」
涙目になってニコロが言う。
「許してあげて、ブランシェット。ニコロも悪気はなかったのよ」
相手は12歳の子供である。気の毒になって、マーヤは助け船を出した。
「マーヤさまああああ!!!!」
感動の声をニコロが上げた。
「…マーヤ様に免じて赦してやるがね。よくよく考えて物を言うんだよ、坊や。ただでさえ、マーヤ様の境遇はややこしいんだから」
そう、ややこしいのだ。
スーペルビア城に来ても、マーヤはウォルフガング、メイフェア、ジギスムント、デジオら、総督ガレアッツォの子らには会えなかった。彼らは今、祖父ファーレンべジア伯のもとに遊びに行っているのだ。
それは口実であって、彼らがマーヤに対してどのような礼遇をするのか、まだ細かい調整がフェルカムとガレアッツォの間でついていないので、とりあえず領府から彼らを引き離したのである。
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聖暦4063年1月5日に、在位37年にしてジークフリート王が崩御した。
葬儀もままならないうちに、サム王子、エリック王子、ライドック王子の3王子が王位継承を巡って争い始めた。前年、王太子フレデリックが子がいないまま死んだため、次の王太子を誰にするか不明なまま、ジークフリート王は意識が戻らない重篤に陥っていたのである。
この3王子は挙兵し、王領で叩きあいをしたのだが、互いに疲弊した頃に、イーラの支援を得て、ラインハルト王子が挙兵した。
経緯を説明するには、トール暴虐王の話をしなければならない。
レイヴォーン王の死後、若いトール王太子が王位を継承したが、彼は宮中貴族の娘で本来は王妃には立てない身分のメッサリーナを王妃に据えた。これには批判が沸き起こったのだが、トール王は粛清で以てそれに応えた。
レイヴォーン王の次男で、トール王の直ぐ下の弟のルイ王子は兄王を諫めて、その結果、処刑された。ルイ王子にはイーラ総督の娘との間にラインハルト王子がいたが、イーラ総督は娘と孫を領地に匿い、引き渡しに応じなかった。
トール王はイーラ討伐の兵を挙げようとしたが、親衛隊長に殺害されて崩御した。しかし王妃メッサリーナは素早く自派閥をまとめあげ、王位を生後間もない我が子ライヘナウに継がせた。
王妃メッサリーナが独裁体制を築くかに見えた王都だったが、レイヴォーン王の三男のジークフリート王子が宮中クーデターを起こして、その結果、メッサリーナと幼王ライヘナウは「事故死」した。
その「功績」で以て、ジークフリート王子は王として即位した。そして37年、大過なく世を治めたのだが。
イーラによって保護されていたラインハルト王子は、レイヴォーン王の「次男の子」である。三男の家系である「ジークフリート王家」よりも王位継承の正統性があると主張し、兵を挙げた。
これにはサム王子、エリック王子、ライドック王子は驚き、取り敢えず休戦したのだが、この3王子の誰が王位を継いでも国が乱れると判断した総督たちは続々とラインハルト王子に加担して、ラインハルト王の勢力が圧倒的になった。こうなると、3王子の争いではなく「ジークフリート王家」と「ラインハルト王家」の戦いになる。3王子は、「ジークフリート王家」の縁者であるスーペルビア総督イルモーロを頼った。
この戦争、「ジークフリート王家戦争」は聖暦4063年5月に勃発した。
翌、4064年3月にはいってすぐにイルモーロは戦死して、陣中にいたガレアッツォは、総督位の継承を宣言、ラインハルト王に降伏し、赦免および総督位継承を認められた。3王子はラインハルト王に引き渡されたうえで処刑された。
そして4月にスーペルビアに帰還したガレアッツォは、嫂のグィネヴィアが自死したことを知ったのであった。ラインハルト王との協約では、グィネヴィアは殺さない、ただしラインハルト王に引き渡す約束になっていたので、死体だけでもラインハルト王に引き渡されたのだった。
問題はそれぞれの事件の前後関係である。
総督家から他家に出た者の総督位の継承権は停止される。イルモーロの戦死の時点で、ガレアッツォは婿養子としてファーレンべジア伯位を継いでいたので、本来ならば総督位継承権は無いが、その時点ではイルモーロには公的には子がいなかった。その場合は、男子最近者であるガレアッツォの継承権の停止が解除されて、継承権が復活する。そう言う形でガレアッツォは総督位を継承したのだ。
しかしイルモーロの子がいるとすれば、そちらの子が継承するのが本来の姿である。
イルモーロの死から、ラインハルト王によってガレアッツォの継承が承認されるまで10日ほどの時間差があった。そしてこの10日の間に、マーヤが生まれていたのである。
法的にはどちらに転んでもグレイなのだが、とにかくマーヤこそ正統総督だとする見方も成り立ち得るのだ。
実際には、今更、総督位が移動するのは、ガレアッツォもマーヤも、そしてラインハルト王も望まない。総督位の承認は最終的には王の承認に拠るのだが、先王の承認によってではなく、血統原理の順序によってラインハルト王は自らの王位を主張したと言う事情もあった。
血統原理の順序ではマーヤの方が、ガレアッツォよりも上なのだ。
マーヤが総督位を主張せず、ラインハルト王の王命に服すると言う形で、既に総督であるガレアッツォについては、現状維持を図ることは出来る。
だが、コンラーツィアがマーヤの下に付くのを余儀なくされたように、「本来ならば総督であるマーヤ」に対して、総督子であるウォルフガングたちがどのような態度を取るべきか、そこがまだまとまっていない。
イルモーロは名君だった。未だにイルモーロの支持者が宮廷内には多い。よほど注意深く当たらなければ、彼らがマーヤの意に反して、スーペルビア領内においてマーヤ派を形成してしまう危険があった。
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