第6話 エキセントリックな幼女
♦♦♦ 6─1 ♦♦♦
「俺の名前は貝塚空。下着姿に興奮するただの高校生だ」
それは初対面の人物に自分のことを知ってもらうためではなく、自分の印象を推し量ってもらうための確認テストである。
知識ではなく印象。
相手の本質を見透かす観察眼や少ない情報の中から予想する推理力など。
自分だけでなく相手と二人三脚で行うテストだ。
ここでミスをするとその後の関係に支障をきたしたり、勘違いやすれ違いが起こったりなど後々面倒ごとになってしまうので学校のテスト同じく慎重に対処しなければならない。
なので、俺は自分の名前と己が欲望をさらけ出して、順当に幼女の名前を訊き出せたのだ。
これは過去最高の自己紹介なんじゃないか?
奈落に会うまではぼっ……孤高の存在で友人など周囲にはいなかったからせっせと借金返済のため、仕事を手伝う中で見知らぬ他人と出会う機会もあって、その際にもやはり自己紹介は恒例行事のようにしたのだが。
反応は
テストは90点以上はあるだろう。
しかし、自己紹介で体操服で強調された胸のラインが好きだとか、下から眺める尻のアングルがエロいだとか、偶然捲れた黒のパンツに興奮したと言うのはそこまで非難されることなのか……?
「えっと……確認のためにもう一度訊くけど、君が
念のため、この幼女が依頼にあった青染月なのか──そして、自分のターゲットなのか再度確認する。
ここでまさか、嘘でーすとか名前が同じだけの幼女だとしたら自分が情けなさ過ぎて死にたくなる。
まあ、こんなボロボロの美幼女を放置するのは後味が悪いし、ロリコン共に襲われて犯罪ごとになる可能性もあるのでやっぱり放置出来ない。
……本当はこうむやみやたらに自分から首を突っ込むのは危険なんだけどな。
例エ、ドンナ悲劇二陥ッテイヨウト。
例エ、相手ガ幼女ダトシテモ。
正シクハナイ。
「うん。合ってるよ。貝塚空」
「よかった」
どうやら死ななくてもよさそうだ。
本当に人間違いだったなら恋ヶ崎の家に今すぐ行って、パンツ見せてください土下座して
彼女に殺されるなら本望だったけどな。
「てか、貝塚空はやめてくれ」
「分かったよ。俺の名前は貝塚空」
「『俺の名前は』はいらないから。その次だから」
「分かったよ。下着姿に興奮するただの高校生」
「違う!それはただの付け加えだから。それが本名なら俺はとっくに自殺している」
「分かったよ。下着姿に興奮する貝塚空」
「それだとただの変態だから……!わざとか⁉」
「分かったよ。貝塚」
「そうじゃない。名前の方だ」
「分かったよ。空」
「そうだ。それでいい」
──と、半ば漫才のような遣り取りの中で見事下の名前の方で呼ばせることに成功したが、彼女、月ちゃんがこうも乗ってくれくとは意外だった。
自己紹介をしてある程度の印象を与えたが、俺の月ちゃんへの印象は感情の揺れが極端に乏しくて、自分の意見を素直に口に出来ない大人っぽい子という印象だったのだが、思いのほか会話が弾んだ。
虐待されているから感情表現が難しいなどというイメージはあったので、その辺の問題もあると覚悟していたのだが、普段友人とするような遣り取りをみるに月ちゃんには才能があるとみた。
ボケの才能が。
「それで月ちゃん、どうしてこんな深夜にこんな場所にいるんだ?」
と、二個目のカイロを月ちゃんの手に握らせて尋ねた。
「いきなりちゃん付け?」
「ああ。だって、その方が呼びやすいし、可愛らしいだろ?」
「そうかな?私的にはなんだか下に見られている気がするけど」
「実際年下だろ?」
「まあ。そうなんだけどね。でもね。でもねでもね、空。こう見えても私、7歳。今年で小学2年生なんだよ?」
「完璧な年下の幼女だよ」
勿体ぶって言うから、こう見えて実は身体は幼女だけど心は大人なんです、みたいな展開かと思いきやなんてことはなく、結局は幼女は幼女で、7歳は7歳の年下だった。
少女ではなくギリギリ幼女。
「それでさっきの質問の返答だけど、人探しだよ」
♦♦♦ 6─2 ♦♦♦
訊いたら返事を返すロボットに似た無機質な声で答えた月ちゃん。
「人探し?」
「うん。人探し」
もう見つかったけどね、と言葉を足す月ちゃん。
うーん。
これは困った。
俺が想像していたものより幾らか斜め上の返答だった。
ここに来るまでの間にこの幼女についていくつかの推測をたてていたが、ものの見事に外してしまい若干凹む。
てっきり、虐待する親から逃げてきたとか、とある組織から命からがら逃げ出して追手に追われているとか、行き過ぎた考えだと『殺人を楽しむサイコキラー』や『虐待されて死んだ地縛霊』といった異常な例を候補にいれていたが、幼女の目的は案外普通だった。
それも既に完了済みだとは。
月ちゃんの徘徊理由が思いのほか普通だったことをここは喜ぶべきことだが、だとしたらこのか弱い幼女が受けるには重た過ぎるほどの傷痕はどう説明する?
どう見たって誰かに暴行された痕だ。
親かどうかまでは判断出来ないが、虐待されてるのは
目の前まで来て盗み見たが、それは酷いものだった。
月ちゃんには悪いが、見ているこっちは気分が悪くなる。
そして、これをやった相手にふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「月ちゃん、その傷」
「……これ?」
こてんと首を傾げ、へそ辺りの傷痕を指差した。
俺は出来るだけ下着に目が行かないように目を逸らし、上に着ていたやや厚いワイン色フードパーカーを羽織らせた。
俺は黒シャツとインナーシャツの二枚になって、かなり寒いが幼女の身体と健康のためだと考えたら我慢出来る。
「ありがとう?」と首を傾げ、何故か疑問系でお礼を言う月ちゃん。
「別にいいよ。でも、こう言ってはなんだけど、やっぱり目が行くというか、気にせずにはいられないというか。……とにかく、目のやり場に困る」
幼女でそれも傷だらけの幼女の下着姿を見て欲情したりはしないとは思うが、月ちゃんもずっと見られるのは嫌だろうし……。
そういえば、よく見ると純白な下着(ブラジャーとパンツ)なのに若干赤い。
模様……絵柄か?
俺が考え耽ろうときた直後、月ちゃんは口を開いた。
「そうなんだ。全然気付かなかった」
「おい」
気付けよ幼女。
俺の気遣いはどうなる。
「どうでもいいけどね」
どうでもいいのか幼女。
幼女らしく無邪気に純粋無垢だったでも言いたいのか。
幼女でももう少し
「これは……うん。空の想像にお任せするということで」
「お前、なんでも無関心すぎだろ」
「そうでもないよ。流石に女の子だからね。髪に関しては苦言を
「そこは女の子って感じだな」
「ひどいな。私が女の子じゃなかったら、一体誰が女の子なんだい。私ほど女の子らしい子も少ないと思うけどね」
「お前を女の子代表にしたらこの世が全裸の女の子ばかりになる」
女の子なら
それに女の子の数だけ覚えるべきことがある。
恋ヶ崎なんかは慎みじゃなくて、攻撃性を真っ先に覚えたと言う。
本人曰く、『美少女の私にほいほい近寄って来る有象無象の
男を小蠅と呼ぶ奴は後にも先にも恋ヶ崎しかいなだろう。
「男の人からしたらその方が嬉しいんじゃないの?」
再び首を傾げて覗き見るような態勢で俺に訊いた。
「そうとは限らないんじゃないか?俺の後輩にほぼ毎日自製の衣装を着てるコスプレイヤーがいてな、そいつ曰く、『裸体はただの変態。人形に衣装を着飾りするのが楽しいんであって、肝心の服をひん剥いてなにがコスプレイヤーだ』だってよ」
「へぇー。そんな人生エンジョイ勢な後輩がいるんだ。変わってるというか、一途な人だね。その後輩」
「そうだな。自分だけじゃなく俺や周りも巻き込もうとしなければ悪い奴じゃないんだがな……」
外で出くわすと大抵なにかしらのコスプレしてるからな。
コスプレへの情熱はいいのだが、自作したメイド服や巫女服やナース服、魔法少女にヒーローといった衣装をいい実験台を見つけたかのように無理矢理着飾りしようとするのはやめてほしい。
最近では異世界シリーズの
次は俺そっくりの衣装を制作するつもりらしい。
……俺の周りの個性が強い奴らと違って、俺は突飛した特徴もないのだが。
「俺も裸より着衣派だぜ」
「空の場合、着衣は着衣でも下着だろ?」
「そうだ。あの種類ごとにまた違うエロスがあって、それを履いている下着姿の女子に流石の俺も興奮を隠さずにはいられない」
恋ヶ崎の黒の下着を見てしまった際は興奮するよりも防御態勢を取ってしまうがな。
見た瞬間に自動的に問答無用の金的攻撃される。
新手のセキュリティシステムかな?
「うん。変態さんだね。身の危険を感じるよ」
「十年経ってから出直して来い」
「私の下着を盗み見ながら言われても説得力ゼロだね。最初の紳士ぶりはどこ行ったんだい?」
「お前に羽織らせたフードパーカと一緒に脱いだ」
「今すぐ脱ぎたくなったよ」
失敬な。
俺は100%善意で貸しただけなのに。
幼女の下着姿に興奮するなんて精々ロリコンぐらいだろ。
しかし、将来優秀な人材なのは傍目にも分かる。
このまま順当に成長していけば、100人に100人が振り向くだろう絶世の美少女になるのは必然で、この俺も偶々偶然つい見てしまうかもしれない可能性を秘めてはいるがまだまだ幼女。
俺は幼女より少女派だ。
だけど、まあ、この幼女の下着姿を見られない者がかわいそうだから、代わりに俺が見ようじゃないか。
ああ。
そうだそうだ。
俺は代役で、見てしまうのは仕方のないことだ。
「いいわけないだろ」
と月ちゃんが俺の足を踏んだ。
肉付きが未熟なぷにぷにした可愛らしい足──ではなかった。
酷く小さく、酷く硬く、酷く冷たい足──酷く痛々しい傷ついた裸足。
靴越しに感じる死人のようなぞっとする冷気。
……何をやってるんだ俺は。
「……」
「ん?」
今度はしっかりと邪な気持ちを追い払い、月ちゃん──青染月の身体に刻まれた切り傷・擦り傷・打撲痕etc……を見据える。
目に記憶に決して
焼き付ける。
「なんだい空。私の下着をがん見して?幼女に
「いや」
出会ってばかりの美幼女との会話に少し会話が弾んだからといって、表に出さずとも内心で舞い上がって、馬鹿丸出しじゃないか……。
月ちゃんが深夜の町を出歩ている理由が分かった──だからといって、青染月の一体なにが理解出来たと言うんだ。
酷く
その身体についたいくつもの傷。
靴も履かない裸足。
ボロボロ上着(チャックが壊れている)。
赤く染まった純白の下着。
青白く染まった肌。
……よく見ると小刻みに震えているじゃないか。
我慢してたのか?
……最低だな。
俺は。
「俺は
一度顔を背け、覚悟を決め、月ちゃんの肩に手を置き、一つの提案を持ちかけた。
「これから
「最低」
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