空の後日談

雪純初

スカイムーン〈ブラック〉

第1話 『プロローグ』というより『後日談』


 ♦♦♦ 1─1 ♦♦♦



 高速道路が開通して二年が経った『琴神町ことがみちょう』。

 都会というには田舎よりで、田舎というよりかは都会よりな中途半端な町。

 都会ほどの高層ビルや洋服屋ようふくや、飲食店が建ち並ぶわけでもなく、田舎ほどの畑や自然が残されているわけでもない。

 近場に一年ほど前に建てられたショッピングモールがあるが都会にある物と比較ひかくするとガス工場や道路が周囲を囲み殺風景だ。

 琴神町の外に出ると、あるのは自動車の轟音を五月蝿うるさく鳴らす道路、それに沿った幾つかの店舗が並ぶ程度で物寂しい。


 遠出するには高速道路を使うか、電車に乗って新幹線に乗り換えるかしなければならないので、遊び場という遊び場を探すのに一苦労するのはこの町の欠点といえるだろう。


 そんなやや不便な町にとある無人の建物があった。

 そこは数年前に廃校になった高校で二年後に解体工事が行われ、高層マンションが建てられる予定だったらしいが今はほとんど人の出入りがなく、反対の声が上がったりと中止する可能性もあるらしい。

 そんなこともあって、現在は無人の城と化した筈なのだが、廃校になったとある教室に『三人』の人影が早朝の今、太陽の陽がその影を濃く映し出していた。


 ピラミッド状に積み上げた教室の椅子いすのてっぺんで顎に左手を当てて胡座をかき、口を三日月に歪めた中年の男がぽつんと教室中央に置かれた椅子に座る少年を見下ろす。

 黒スーツを着た中年男の名前は「奈落ならくかなえ」。


「それで?お前は、今回どういったエンディングを迎えたんだ?」


 黒メガネにパーマのかかった黒髪に吊り上がった獰猛どうもうな瞳に鋭い目つきで奈落は椅子に座る少年────「貝塚かいづかそら」に指差しながら問うた。


「どういったもどうなったも、いつも通りのエンディングを迎えたよ」


 俺はなく淡々と答えた。

 制服を着ているのは彼がまだ学生の身分であるという証だ。

 うなじまである柔らかい茶髪に栗色の瞳で童顔のそれこそ高校生でありながら中学生と見間違えられるぐらいの幼い顔立ちでありながら無表情だった。

 その無表情は世間で言われる大人っぽくなく、幼い顔立ちに似合わず面白みのない冷たい表情をした、素っ気ない男の表情を指す。


「ほほぉ〜。いつも通り、とな。それはそれは結構結構。お前らしい面白みのない答えだ」


 ハハハ、と馬鹿にしたような薄ら笑い、バシバシと左手で太ももを叩く。

 だが、と奈落は付け加えると三日月をよりいっそうゆがめる。


「あのお嬢ちゃんの前でもそんな風に喋ってんのか?だとしたら、愛が足りないねー。そんなことだとどっかの男にNTRねとりされるぞー」


「だとしたら……あいつは救われるのかもしれないな。けれど、そういった面倒事は未来の俺自信に託すとするよ」


 どこか諦観ていかんと哀れみを含んだ視線を窓の外の夕日に向けた。


「それを世間では現実逃避って言うんだぜ」と奈落はゴキッと首を曲げ、傲然と言った。

 その言葉が耳に届くと空は眉尻を上げ、傲慢たかぶったその姿を見た。

 悪魔が嘲笑あざわらっている姿を幻視したのはきっと間違いではないのだろう。

 こいつは悪魔より悪魔っぽい、悪人あくにんというより悪党あくとうが似合う男だ。


「意地悪な人だな、あんたは」


「ハハハ。結構。褒め言葉だよ」


 それに対して「趣味悪いぜ」と空は吐き捨てた。


「けどまぁ、今回の一件はお前が居なければ始まらなかった。──いや、始まったはいいがもう少し乱暴なやり方になっていただろうな」


「それについては同意する」


 もし、あの時あの場所で″彼女かのじょ″に出会わなければ俺は何も知らず、挙句の果てには沢山の人を巻き込んでいたかもしれない。

 そう考えるとゾッとする。

 無知なのは罪とは言うが、確かに無知であり続けるのは犯罪を犯したた犯人と同罪で、加害者側の人間だ。

 けど「だから事件が起こってよかった」とは口がけても言えない。

 今回の事件で傷ついた人は確かにいるし、俺はどちらかと言えば加害者側の人間なのだから。


「でも、結果はいつも通りだ。奈落も分かってるだろう?今回の結末はって。

 俺が解決したんじゃなくて、本人達に解決を託したんだ。結局、他力本願たりきほんがんなんだよ。今回も」


 奈落は空のその言葉をポケットから取り出したタバコに火をつけながら黙って聞いていた。


「俺がいなくても、最後には解決していた。俺が出来たのは本人に『お前はどうしたい?』ってたずねてばかりで、自分自身で彼女たちを助けるために決断したことはなかったと思う」


「でも、実際にお前は行動した」


 空は首を横に振る。


「俺は彼女たちが選んだ選択に沿って行動しただけで、貝塚空が選んだ選択なんてなかったんだよ」


 タバコを吸い、はー、と呆れ気味の声色で吐かれた煙は空にはとても煙って見えた。

 奈落はタバコを口の端にもって行って咥え、獰猛な笑みを浮かべた後、メガネをたくし上げると、


「ま、それは追々考えるとして。だからよ、語ってくれよ。今回の発端から結末まで。プロローグからエピローグを後日談ごじつだんとして、さ」


 そうだろう、と奈落は教室の左端な隅で蹲っているに放った。

 金髪碧眼きんぱつへきがんの所々に痛々しいまでの傷痕(擦り傷、打撲痕、血で滲んだ包帯など)を身体に遺している″右目に眼帯をしている″下着姿の幼女が闇に潜んでいた。


青染あおぞめゆえちゃん」


 奈落が声をかけると顔を上げ、左目の紺碧こんぺきひとみで空を見つめた。


そら


「…………はぁ」


 俺は降参の意味を含んだため息を吐いた。


「わかった。語ってやるよ」


「そらきた!じゃあ、語ってくれ。空の『後日談』を、さ」


 ならば、俺がこの金髪碧眼の下着姿の幼女と出会った一週間前まで遡ならければならないだろう。

 夜空に浮かんだ満月の下、裏切りで始まって裏切りで終わる、あの輝かしくもなかった青春時代最後の厄介事と遭遇した日。








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