第52話 英雄になりたかったのか、なってしまったのか


 エア・バーニング――――これは国民が付けてくれた偉大な名前。クライシス・ドーペン。それが私の本名だ。

 父と母は上級魔術士だった。妹と四人家族。仲の良い家族だった。


 私は十八の頃、魔物将軍と呼ばれる魔王再臨を予期するモンスターとの闘いを経験した。

 あれは酷い戦いだった。この戦いで私と妹は父と母を亡くした。

 王国にたどり着くのを防ぐ先兵として戦った三名の最上級魔術士と上級魔術士百二十人の犠牲を伴って終結した戦い。最後の一撃は私だった。両腕を潰すほどの魔力を溜めて撃った火の魔法。それが犠牲を払い続け弱った魔物将軍を焼き払った。そして私は一人生き残り、漁夫の利を無意識でもやってしまった私は英雄にされた。


 ――――


 「兄さん……? 兄さん!!」


 まだ十二の妹のクロエが、王様のお世話になり、傷を癒し、帰還した私に泣きながら抱き着いた。私はそれを抱きしめ返せなかった。両腕はすでに機能していなかったのだ。だが、妹はそれでも私の身体を力強く抱きしめた。そして、私の他に誰も居ないことに気づいた。


 「お父さんとお母さんは?」


 「クロエ……」


 「……ひくっ、ひぐぅ」


 クロエは私の胸でさらに泣いた。十二で親を亡くすのは早すぎたのだ。だが、私はクロエを抱きしめ返す事も頭を撫でる事も出来なかった。


 「兄さん、どこ行くの?」


 「散歩だよ、クロエ」


 「でもまだ安静にしていないと……」


 「兄さんは英雄になったんだ、だからいつまでも外に引きこもっていては犠牲になった人たちに申し訳ないだろ?」


 私の心中はいつも魔物将軍に殺された魔術士の死に顔や、私を庇ってくれた父さんや母さんの顔が私の頭の中にフラッシュバックされていた。

 それを無くすように私は外出が増えた。目的は、両腕の再生だ。私は元々、火と風の魔法が得意だった。だから、私は右腕に風、左腕に火の魔法を出せるように王都の外にある人気のない森で鍛錬を続けた。


 「がぁああああ!!!」


 最初の内、私の両腕は魔法の流入を受け付けず、肩に激痛が走った。幸いだったのは腕は機能しておらず、痛みが走らなかったことだ。

 それから私は二年間の間、いつまでもいつまでも鍛錬をしていた。


 「ねえ、兄さん、今日は何の日か覚えてる?」


 「? すまない、なんだったか」


 「ううん、いいの」


 ある日、クロエは悲しい顔をしてそう言い切ると私を送り出した。

 その頃から私とクロエには溝があった。その後、私は私の誕生日だと思い出した。


 「やった! やったぞ!」


 私は右手に風魔法を宿し、左手に火魔法を宿せていた。私の二年間は無駄ではなかった。


 「おめでとう! 兄さん! お祝いにこれから――――」


 「これから王様にあって私が出来る事を最大限にやる、この力を全ての人に役立てたいんだ」


 「え……うん、頑張ってね、兄さん」


 この時から私とクロエの距離はもはや溝どころでは無かった。

 私はそれから周辺警備、国民たちの依頼、王からの頼みを聞いて正義のためならなんでもした。それが生き残った者のするべきことだと信じた。

 だが、私とクロエの関係は二年間で大分空いてしまっていた。


 「兄さん、私、これからおばあちゃんの家で暮らすね……」


 「クロエ?」


 「兄さんは兄さんじゃなくて英雄になっちゃったから、兄さんじゃないの、ごめんね」


 クロエはそう言って私の前から居なくなった。私は不思議と悲しくなった。二年間放置していたのは私自身なのにと自分を何度も自嘲した。


 ――――


 「クロエ、たまには出かけないか?」


 私はチェーンさんの依頼を断った後、外を巡回しているとクロエを見つけたのでお出かけに誘ってみた。私とクロエは祖母の家でしかほぼ喋らない。外で話しかけても素っ気なく終わる。


 「兄さ……エア・バーニングさん」


 「兄さんで良いだろ?」


 「……お仕事は?」


 「私は今回、任務から外れたんだ」


 「そう、なら買い物に付き合ってよ、さっき兄さんの仲間に邪魔されたの」


 誰だろうか。誰だい? と聞いたら、クロエは場違いさんと言って黙り込んでしまった。場違いさんという人は勇者パーティーに居ないはずだ。誰の事だろうか。

 

 「行くなら行こう、兄さん」


 「ああ、そうだね」


 急かしてくるクロエはいつもより表情が柔らかかった。そういえば出かけたのはいつぶりだったか。私がクロエを誘ったのは何年振りだったろうか。


 「兄さん、なんで仕事外れたの?」


 「ん? そうだな、簡単に言えば、私は無償で人を救っていたのに、いつの間にか金が絡んでいたかな?」


 「そう、なら兄さんはワガママだね」


 「そうか?」


 「そうだよ、善意で人を救ったり、人を助ける仕事をしても大したお金もらえなくて生活苦しい人多いのに、兄さんは国からお金貰って生活しながら、いざ、お金は要らないよ、でも人は救いたいってワガママだよ、貰えば良いじゃん、お金、正当にお金を貰っていない人に失礼だよ」


 「だが、それでは他の国民が金を受け取る英雄と思ってしまう、彼らの望む英雄は自分の身を粉にして――――」


 「いい加減にしてよ! 兄さんはなんのために英雄やってるの!?」


 「……国や民のためだ」


 「じゃあ、自分は? 兄さんは英雄になりたくなかったの?」


 「私は……分からない」


 私はただ、頭の中で見える光景を消したかったからだ。分かってはいた。だが、それを口には出来なかった。


 「そう……じゃあね、兄さん」


 「クロエ!」


 クロエは悲しそうな顔をしながら走っていった。あの顔をもう何度も見た。


 私は英雄としても、兄としても未熟なのかもしれない。私はどうして、人を救いたいのだろうか。私は民に失望されたくないだけなのかもしれない。私は、私は――――。


 ――――英雄じゃなかったとしても人を救っていたのだろうか。

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