第5話君しか見たくない


 勇者お披露目会が始まった。最初は魔術学校の校長、国王からの挨拶が順々に流れていく。俺にとってはさっさと終わってほしいイベントだったせいか、まったく耳に入ってこなかったが。


 「それでは、今回の勇者パーティーの紹介です!!!」


 俺も、一王国民ならめちゃくちゃテンションが上がったであろう勇者パーティー紹介。勇者のパーティーに入る人物を順番に指名していく。まぁ、簡単に言えば一チームだけのドラフト会議だ。また野球……あの嘘つき男を思い出してはらわたが煮えくり返りそうになったぞ。


 「では、まず! 今回の勇者様の発表だ! 何千という勇者になりたい魔術士の中から神に選ばれたのは!!! 王国領土内の村出身、魔術学校で最上位魔術士として君臨しているアニスだ!!!!!」


 女性司会者の大仰な紹介と共に出てきたのは普段の痴女みたいな制服ではなく、黄色と銀を色調とした軽めの鎧を着たアニスだった。手を振りながら舞台の真ん中にやってくるが、なぜか右手に包帯が巻かれていた。どこかで怪我でもしたのだろうか、あいつ、おっちょこちょいだからどっかで転んだのか?


 「あれれ? 勇者様、右手、どうかされたんですか?」


 「恥ずかしいんですが、ちょっと切ってしまいまして……」


 「あらら、勇者様はお茶目ですね!!」


 司会が誤魔化すようにそう笑って言うと、会場からも笑いが零れた。だが、安心した。やっぱりただ怪我しただけか。良かった良かった。


 「皆さん、私を勇者に選んでくれた神様を私は永久に愛し、そして、国民の皆さんを魔王から、いえ、全ての外敵から守ります!!」


 「素晴らしい意思表明ありがとうございました!!」


 またもや歓声が響く。たしかにアニスにしては完璧だった。

 あれ、一晩中練習したな、アニスがあんな殊勝な事をスラスラ言えるはずがない。入学当時の自己紹介で、


 「アニスって言います、僕は好きな人を取られるのが嫌いです、もしも取れらたら取ったやつを殺します」

 

 と、平然と言ってのけ、謎の殺害予告をしだした女だからな。それからなぜか俺は誰にも近寄られなくなった。アニスとナチ以外だが。あれ? 俺が友達少なったのあいつのせいじゃね? 


 「……」


 ん? なんかあいつ、こっち向いてないか? 俺の方を見てる。そして口パクしてるな……まったくわからん。もしてかしてナチにも言っているのだろうかと、ナチの方を見たらナチはなぜか俺から五人ほど離れた場所に移動していた。あれ? なんでだろ、目が熱いな……感動しちゃったかな、アニスの意思表明に……。


 「ではでは次は、そんな勇者様の仲間になる方達を紹介していきます!!!!」


 おっと、次が重要だ。俺は呼ばれないだろうが、万が一ということがある。アニスに都合のいいことが起きる事がたまに、いや、多々あるこの世界で油断は禁物だ。


 例えば、俺が他の子と遊びに行くとき、アニスは風邪を引いてしまって一緒にいけなかった。俺はどうしても遊びたいからアニスを置いていこうとしたら、突然、大雨が降りだして、結局遊びにいけなかった。その後、アニスが風邪を治して、俺に会いに来た時、俺ががっかりした顔なのに対し、アニスは心底嬉しそうな顔をして


 「僕とアービスは天から離れちゃダメだよって言われてる証拠だね」


 と言われたことがある。その時は本気で怒鳴り散らしてやろうと思ったが、アニスに怒っても無駄だ。逆切れされるか、あの感情のない目を俺が謝るまでずっと向けてくるだけ。

 そんな感じで天も神もアニスに甘い。ついでに俺も。


 「では、紹介いたしましょう!! 会場には居ますね! では我らが国の人気者の登場だ!! 齢二十三の若手最上級魔術士!!!! 彼は十八の頃に突然現れた魔王再臨の予兆とされる魔物将軍を右手から唸り出る風の魔法と左手から湧き出る炎の魔法を駆使して、見事打ち破りました!!! そんな彼をみんなはこう呼ぶ!! では出て来てください! この王国の頼れる英雄!!! エア・バーニング!!!!!」


 「初っ端からエア・バーニング!?」

 

 俺は興奮を隠しきれずにそう叫んでいた。だが、俺だけはなく、観客の歓声はアニスの時とは比べ物にならなかった。それもそのはず、魔物将軍なるモンスターはこの世界じゃ最高クラスの化け物だ。それを倒した彼を英雄と呼ばずして何と呼ぶ。彼が勇者なのではとみんなが言っていた。俺も自分が内定をもらっていなかったらそう思っていただろう。


 「みなさん!! お待たせしました!!」


 会場に声が響き渡る。そして、全員、分かっているように空中を見上げた。そう彼は飛んでいたのだ。右手を背後にやり、ジェット噴射の要領で右手から空気を操る魔法を出しながら、止めては方向転換し放つを華麗に行いながら飛び、マントをなびかせながら、空中を飛び回り、そして綺麗なたたずまいで舞台上に降り立った。


 「勇者様、初めまして! 私をすでにご存知かもしれませんがエア・バーニングと言います! 本名は、クライシス・ドーペンです! これから共に国を! 国民を! そして、この綺麗な大地や森、全ての善良なるものを助けましょう!!」


 「……ああ、よろしく頼むよ、エア・バーニング」


 降り立ったエア・バーニングはアニスに膝まづいてそう言い放った。だが、アニスはまるでどうでもいいかのような態度だ。


 エア・バーニングは白いローブを羽織っており、黒と金が混じった髪色のくせ毛で甘いマスクに高身長の筋肉質というまるでアメコミのヒーローのような男だった。

 だが、俺は彼に対し、容姿の暴力だ! イケメンは良いなぁなどと嫌味を言おうと思ったことは一度もない。彼は容姿相応に正義の人だったからだ。俺が前世で思い描いたなりたかった警察官そのものだと初めて見た時思った。現に彼は王国内の揉め事や犯罪を率先して解決していた。


 そして、何よりかっこいいのは、王国から騎士団へのスカウトを行われた際に

 「私は名誉や地位のために人を守るのではない、それに騎士団に入ったら毎時間の巡回が出来なくなってしまうし、私はそういう営利目的のある団体に所属しない」

 というセリフに俺は感動した。

 だが、アニスのやつなんであんな興味なさげなんだ!? ずっと俺をまるで早く来いよみたいな目つきで見てくる。俺を見る前に目の前の大物を見た方が良いだろ!!

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