If.1 島村牡丹の場合
これは本編とは違う、もしかしたら起こり得る未来の話についてです。この話は仮定の話であり、起こるかもしれないし起こらないかもしれない。そんな話です。
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「ありがとうございました。」
アレンジメントされた花を受け取りお客さんが店を後にする。私は店内の花の様子を確認する。うん、みんな元気。今日もいつもと変わらぬ心地良い日です。
店内にあるアンティークの柱時計を確認すると時間は午後3時を回っている。随分と遅い。私は気を紛らわせるようにインターネット注文を受けた寄植えを梱包していく。お店に来て下さるお客さんもたくさんいらっしゃいますがインターネット注文も非常に多いです。今では週に3日はパートさんを雇っている程です。今日はパートさんはお休みなので本来は母が梱包をするのですが、昨日からお友達と山形へ旅行に行っています。最近は母の体調も安定し、一泊二日程度なら旅行にも行けるぐらい元気になりました。
時計をちらちらと見ながら作業をしている事30分。お店のドアが開く。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
店内に入ると黄色では無い少しお洒落な黒の通学帽を脱ぎ、これまた少しお洒落なランドセルとは言い難い鞄をレジ横の椅子へ置いて中から紙を取り出す。
「お母さん、算数のテスト返って来た。」
「はい。どれどれ…凄いですね、100点じゃないですか。」
「簡単すぎるよ。雉ノ森学園初等部ってもっとレベル高いと思ってた。」
「十分レベル高いと思いますよ。茉莉花ちゃんが凄すぎるのです。」
「た…お父さんから教わってるんだもん当然だよね。手を洗ったら私も梱包手伝うね。」
「ありがとう。おやつ食べてからでいいのですよ?」
「……まだ大丈夫かな。手、洗ってくるね。」
そう言って茉莉花ちゃんは奥へ小走りで駆けていく。
この子は私の子で茉莉花と言います。私の母校である私立雉ノ森学園の初等部に通う小学2年生です。初等部設立からあまり年月が経っていないにも関わらず偏差値は60を超える学校となっております。その中でやるテストやるテスト全てを100点で終えてくるのを見ていると親馬鹿かもしれませんがとても将来が楽しみになってしまいます。普段の茉莉花ちゃんはクールな物言いで、とても小学2年生とは思えないような口調なのが玉に瑕です。もう少し子供らしくあってくれれば良いのですが。
「学校は楽しいですか?」
「普通に楽しいよ。」
「今日はどのような事をしたのですか?」
「5教科全てと体育だよ。」
「体育は何をやったのですか?勉強でわからない所はありませんか?」
「器械体操だよ。とび箱は8段飛べた。全然余裕だけどね。勉強でわからない所は無いよ。」
「そうですか。」
私は微笑む。我が子は本当にクールです。幼稚園の年少までは私にもっと甘えたような態度だったのですが年中になってからはこのような物言いになってしまいました。親離れなんでしょうかね。
私と茉莉花ちゃんで梱包をしながら接客をしていると店のトラックが止まる音がする。もうこの音を聞いてからどれだけの月日が経っただろうか。相当の月日が経っているのは間違いないのに未だにこの音を聞くと嬉しくなってしまう。
物思いに耽っていると店のドアが開く。
「ただいま。遅くなってごめん。」
私の最愛の人が帰って来た。
私の愛する旦那様。
タロウさんが。
「お帰りなさーー」
「ーーたろくん!!!」
ーー牡丹が慎太郎を出迎えようと一歩踏み出した時、茉莉花が恐ろしい速度で慎太郎の元へと近付き抱きつく。
「お帰りぃぃぃぃ♡たろくん遅いよぉぉぉ♡茉莉花待ってたんだよぉ?♡」
「ごめんごめん。ていうか何度も言ってるけどお父さんって呼ぼうな。」
「やだっ♡お父さんなんてよそよそしいもんっ♡たろくんって呼んだ方が愛情ちゃんと伝えられるもんっ♡」
「お父さんってよそよそしいか?家族感MAXな感じすんだけど。」
「外国ではファーストネームで呼ぶ事が多くなって来てるんだよ?♡」
「んー、まあそういう家庭もあるけど…ま、いっか。茉莉花が呼びたいようにすれば。でも外ではダメだぞ?」
「ちゃんと弁えてるよぅ♡まだナイショにしないとダメだもんねっ?♡」
「えっ?内緒?」
「そんな事よりたろくんっ♡これ見て♡」
ーー茉莉花がさっき牡丹に見せたテストを慎太郎にも見せる。
「おっ!また100点じゃないか!凄いな茉莉花は!」
「えへへっ♡たろくんが教えてくれるから茉莉花100点取れるんだよっ?♡」
「あはは、そっかそっか。」
「たろくんっ♡聞いて聞いて?♡今日ねっ、体育の時間にとび箱飛んだのっ♡茉莉花ね、8段飛べたんだよっ?♡」
「おぉ!!小2でそれって凄いな!!」
「本当はそれ以上だって飛べるよっ?♡でも学校には8段までしか無いからさぁ♡ねね、茉莉花凄い?♡」
「おう、凄い凄い!!」
「えへへぇ♡」
ーーそう言いながら慎太郎は茉莉花の頭を撫でる。
……そう、なぜか茉莉花ちゃんはタロウさん相手には人が変わったような態度で接するのです。その姿はもう完全に別人で、まるでイタコの方が霊を憑依させているかのような。
「あ、そうだ。帰りにケーキ買って来たんだけどもうおやつは食べちゃったよな?」
「ううんっ♡まだ食べてないよっ♡たろくん買って来るのわかってたから茉莉花待ってたんだよっ♡」
「え?わかってた?なんで?」
「もう♡そんな事いいじゃんっ♡それよりさぁ………ねぇ、なんで帰りがいつもより遅いのかな?」
「え?」
ーー茉莉花がさっきまでのデレッデレの表情から無機質な表情へと変わり、ハイライトが無くなる。
「いつもは配達に午後1時0分6秒に出発するたろくん。帰って来るのは多少の誤差はあるけど概ね午後2時45分ぐらいにはお店に帰って来る。過去に事故で道が混んでいる時で午後3時3分16秒に帰宅という事もあったけど、今日はそれを大きく上回る午後4時12分39秒。」
「何俺の子怖い。」
「ねぇ、なんで遅いの?」
「うん、とりあえずその牡丹譲りのハイライト消しやめよっか。」
「茉莉花知ってるよ。たろくんがいつもより遅くなった理由は楓さんの所への配達に時間かかってるからだよね?」
「ち、違うぞ!?たまたま道が渋滞してたんだよ!!それとケーキ買ってたから!!」
「ケーキには1分しか時間かかってないよね?だってケーキ屋さんに配達行ったついでなんだから。道も渋滞してないし。」
「え、なんで知ってんの。」
「だってGPS付けてるもん。」
「えっ?スマホの?だって俺アレ作動させてないよ?」
「やだなぁたろくん、茉莉花お手製のGPSに決まってるじゃん。」
「俺の子怖い。」
「ねぇ、たろくんは茉莉花と結婚するのにどうして他の女の所に行くの?」
「他の女って言われても仕事で行ってんだけど。それに俺は牡丹と結婚してんだけど。」
ーー修羅場みたいな雰囲気が出ている中、ヤンデレクイーンが間に入る。
「ふふふ、茉莉花ちゃん?お父さんを困らせちゃいけませんよ?」
ーー邪魔されたからだろうか、ちびヤンデレクイーンが敵対的な目で牡丹を見る。
「あ、お母さんいたんだ。私は今お父さんと話してるから邪魔しないでもらえるかな?」
「ふふふ、お父さんの邪魔をしてるのは茉莉花ちゃんですよ?」
「また始まったよこの母子。」
ーーブルドガング張りの雷が牡丹と茉莉花の間に漂っている。
「もうこの際だからハッキリ言わせてもらうね。たろくんは茉莉花と結婚するからあんまりベタベタしないでもらえるかな?正直不快なんだよね。」
「ふふふ、タロウさんは私と結婚しているのにどうやって茉莉花ちゃんと結婚するんでしょうねぇ。」
「そんなの簡単だよ。お母さんが離婚すれば良いだけ。九九を覚えるより楽な話だね。」
「ふふふ、そんな事地球がいますぐ爆発するよりありえない話ですねぇ。タロウさんと私は運命の赤い糸でがんじがらめにされてますので。」
「私がその赤い糸とやらを断ち切ってあげるよ。」
「ふふふ、茉莉花ちゃんには同じクラスの信長君がいるじゃないですか。彼とお付き合いして結婚するのが一番じゃありませんか?」
「随分と思い切った名前付けたな。天下布武でも掲げてんのか?てか何それ。茉莉花に彼氏いんの?お父さんショックなんだけど。」
「フフ、私はそんな子供に興味なんかないけど?勝手に纏わり付いて鬱陶しいだけなのに変な疑いまでかけられるなんて迷惑極まりないんですけど?たろくん♡茉莉花はたろくんしか見えてないから心配しないでいいからね♡」
「いや、お前も子供だよね?俺は違う意味で心配だよ?」
「ていうかお母さんは業者の山田さんと良い雰囲気なんだから再婚しなよ。山田さんイケメンじゃん。」
「えっ!?何それ!?どういう事!?山田さんってあの新種の種とか作ってるイケメンのお兄ちゃんだよね!?良い雰囲気って何!?」
「ふふふ、山田さんとは仕事の話以外はしませんよ。彼はそれ以外の話もしていますが私は全く興味なんてありませんので聞き流しています。そもそも私はタロウさん以外の男性は皆同じ顔にしか見えません。茉莉花ちゃんは違うのですね。所詮はその程度の気持ち。寧ろ山田さんがイケメンだと思うのなら茉莉花ちゃんが結婚したらどうですか?お母さん応援しますよ。タロウさん、牡丹はずっとおなただけの牡丹ですから安心して下さいね。」
「俺は山田さんが安心出来ないんだけど。人の嫁にちょっかい出してるんだよね?そんな奴に俺の娘もやらんからね?もう山田さん出入り禁止にしようね。」
ーーノートゥング張りの焔が牡丹と茉莉花の背後に現れている。
ーーそんな険悪な2人だが、いつも決定的な戦争には発展しない。両国間で争いを生まない為にはどうすればいいかわかるだろうか?簡単だ。共通の敵を作ればいい。
「……でも今はお母さんと争っている場合じゃないよね。」
「……そうですね。」
「ああ良かった。2人とも気づいてくれたか。」
「だってハッキリさせなきゃいけない事が先にあるもんね。」
「そうですね。」
「え?なにが?」
ーーハイライトの無いヤンデレ母子が慎太郎に詰め寄る。
「タロウさんは楓さんとナニをしていたのですか?」
「たろくんは楓さんとナニしてたの?」
ーーハイライトの無い目で睨まれて慎太郎は怯む。後ずさるがそこは壁。逃げ場などない。
「毎日毎日事務所に花を届ける必要なんてありませんよねぇ?まさか浮気してるんですかぁ?」
「してない!!してないって!!」
ーーヤンデレモードに入った牡丹に本気でビビる慎太郎。
「じゃあ何でたろくんは楓さんの事務所に1時間26分58秒もいたの?」
「何その時間のカウント!?怖いって!?」
ーーヤンデレモードに入った茉莉花に本気でビビる慎太郎。
「まさか本当に不貞をなさってたんですかぁ?」
「しないよ!?しないって!?そもそもそんな元気残ってるわけないよね!?自分でわかってるでしょ!?」
「何で残ってないんですかぁ?」
「そんなの茉莉花がいるのに言えないよね!?ちょっとは母親として自重してね!?」
「茉莉花知ってるよ。365日毎晩シてるんだからわかるよね。」
「えぇ…もうそのセリフだけで俺の心折れたんだけど…」
「ふふふ、浮気防止ですよぉ。搾り取っておけばそんな気も起きませんからねぇ。でも茉莉花ちゃんも甘いですねぇ。私は夜だけでなく朝も搾り取ってますよぉ。」
「茉莉花がいるのにもうやめて…」
「別に大丈夫だよ。気にしてないし。今はまだ茉莉花じゃ何もできないから自分の遺伝子の半分を持つお母さんにならその役目を任せられるから。それなら一応は腹も立たないし。」
「この子何言ってんの。」
「もちろんタダじゃ我慢なんかしないよ?たろくんがどういう事すれば悦ぶかとか、好きな表情とかを学んでるから。ギブアンドテイクだね。」
「えっ!?覗いてたの!?」
「うん、毎日。」
「流石は我が子ですねぇ。感服致しました。」
「もうダメじゃん。この家庭崩壊してるよ。」
「さてと、それじゃたろくん♡楓さんとナニしてたか答えてもらおっか♡」
「ふふふ、そうですねぇ。洗いざらい全て吐かせてあげますねぇ。」
「ヒイッ…!?」
このように私は今とても幸せに暮らしております。高校生の私、あなたもがんばって下さい。この未来を勝ち取れるように私は祈っております。
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