第468話 動き始める強者

「そう。わかったわ。」



ーー楓の元に戻されたブルドガングは慎太郎からの伝言を伝える。楓とみくでリッター3人を殲滅し、慎太郎たち同様に食券を手に入れていた。だがその数に違いはある。慎太郎と牡丹はそれぞれ二食分と飲み物だが、楓とみくが殲滅した3人は4食分の食券を持っていた。ランダムなのかリッターの格によって違うのかはわからない。もしかしたら食券以外のモノも手に入るのかもしれない。楓はそう考えていた。


ーーまた、楓は美波とアリスが組みになった事に不安も感じていた。ノートゥングこそいるが、美波の戦闘能力は決して高くはない。どう見てもみくより数段落ちる。もしもリッターと出くわせばアリスが魔法を使わざるを得ない状況になるのは容易に想像出来る。やはり合流する事が急務だ。



「みくちゃん、急ぐわよ。」


「おっけ。美波チャンとアリスチャンとの合流急がんとね。」


「ええ。」


『あんまりムチャすんじゃないわよ?タロウが言う通りならそのなんだかってヤツは相当な格上になる。鉢合えば逃げる事も出来なくなるわ。』


「逃げる気なんかない、って言いたいけどゼーゲンが完全解放してるような相手とは勝負にならない。そんな事ぐらいわかってる。ソイツとは戦わないわ。」


「ウチ、楓チャンなら絶対バトるつもりかと思っとったわ。」


「男なんかに負ける気ないから逃げたくなんかないわよ本当は。でも、勝ち目の無い戦いはするつもりないわ。」


「うんうん。そういうチート系はウチらが最終解放したらやっちゃえばいいんだよ。それまでは我慢我慢。」


「そうね。それじゃ気配を消しながら移動するわよ。」




********************




ーー王城とみられる大きな建物から少し離れた街中で、相葉美波が多勢の男たち相手に剣を振るっている。敵の数は30はくだらない。路地をうまく利用し、美波はアリスを連れて上手く立ち回っていた。



「チッ…!!ドコ行きやがったあのアマ!!!」


「オイ!!!そっちの家探せ!!!俺ァこっちの家探す!!!」



ーー男たちの怒号が夜の街に響き渡る。男たちは最初は50数名いた。それを美波がノートゥングの指示により上手く立ち回って20人近くを斬り捨てたのだ。最初は圧倒的多勢による優位により、美波をナメきっていた男たちだが、美波の強さを知り、最初の性奴隷にしようというナメ腐った態度など等に消えた。今は血眼になり美波たちの捜索をしている。



「クッソ…!!!あんな女に俺らのクランがここまでコケにされるなんて…!!!」


「九州四強の俺ら『レッドスコーピオン』が女1人に20人もやられたなんて知られたらヤベェぞ!?絶対探し出せ!!」



ーー彼らは九州四強といわれる大型クランの一角『レッドスコーピオン』のメンバーたちだ。転送位置が良かったのかメンバー全員と奴隷たちがほぼ同位置に転送し、即合流を果たした。その近くにいたのが美波とアリスである。




「……必死に探してますね。」


「……そうだねっ。」



ーーレッドスコーピオンのメンバーたちが探している建物から少し離れた風車小屋に美波とアリスは身を隠す。



「……でも流石美波さんです。あの数を相手にしても怯むどころか半分近く倒しちゃうなんて。」


「……ふふっ、ノートゥングが指示してくれるおかげだよっ。ノートゥングが助けてくれるから私は強くいられるんだっ。」


『ミナミの実力があればこその話だ。妾は少し口を出したに過ぎん。奴等を斬り伏せたのはお前だ。誇れ。』


「……うんっ、ありがとっ。」



ーー美波はノートゥングとの鍛錬を1日も休んだ事は無い。どんな時でも必ず続けていた。期間は短いがノートゥングの修行は過酷だ。一切の甘えも許さないし、手心を加えたりもしない。文字通り血反吐を吐くような鍛錬を毎日繰り返した。

全ては慎太郎を守る為に。

その想いだけで美波は耐えて来た。その心だけは評価してあげてもいいかもしれない。



「……でも、アリスちゃん、本当に大丈夫?私のペースについて来たのに疲れてない?」


「……全然大丈夫です。なんでだか疲れないんですよね。この前ツヴァイからもらった魔力の実を食べてから体力がついたというか。」


『魔力の実?ナッツのような形をした赤い実の事か?』


「……そうです。知ってるんですか?」


『それは”魔女の血”だな。』


「……ま、魔女の血ですか!?」


「……なんだか嫌なネーミングね。」


『嘘か真かは知らんが魔女の生き血を搾り取って精製したモノだと聞いた事がある。』


「……搾り取るって…どうやってですか…?」


『ククク、当然生きたまま擂り潰されたり、身体を雑巾のように絞られたり、穴だらけにされたりではないか?』


「ヒッ…」



ーー想像してしまったのだろう、小声で話していた美波たちだが、アリスが恐怖に満ちた顔で声なき声を上げてしまう。



「……ちょっとっ!!怖い事言わないでよっ!!」



ーー美波も怖いのでノートゥングに対して不満を露わにするが大声にならない点は大人らしい。



「……でも、そんな怪しい実を食べて大丈夫なの…?」


『”魔女の血”を食せば人の力を超えると言われておる。だから大丈夫なのではないか?それにもう食ってしまったのだから仕方あるまい。』


「……何を適当な事言ってんのよっ!!」


「……でも私は大丈夫ですよ?おかしなところはないですし、それどころか身体能力が上がってます!!ね、ちび助?」


「ぴっ!」



ーー元気そうに話すアリスであるが、美波はなんだか胸の中にモヤモヤしたものがあるのがわかる。なんともいえない不安、言って仕舞えば根拠の無い嫌な予感がしているのだ。やはりこれ以上はアリスに魔法は使わせない方がいい。回復役に徹しさせ、戦いは私たちでやるしかない、美波はそう心に誓った。



『さて、隠れているのもいささか飽きたな。奴等を皆殺しにし、さっさと行くとするか。ミナミ、やれるだろう?』


「……うんっ。大丈夫よ。ノートゥングを”具現”しなくったってやれるわっ!」


『クク、良い面構えになったな。ではーー』



ーーノートゥングの目が突如鋭くなる。



「……どうし『黙れ。』」



ーーノートゥングが美波の口を塞ぐ。



『気配を消せ。全力で息を殺せ。死にものぐるいで口を塞げ。呼吸が漏れないようにしろ。』



ーーノートゥングの明らかな異変に美波とアリスは両手で口を抑える。ちび助も羽でくちばしを隠す。可愛い。



『…彼奴、何者だ。妾がこの距離まで気配に気づかない相手だと…』



ーー風車小屋の隙間からノートゥングが外を見る。美波とアリス、ちび助も何が起きているのか把握する為、隙間から外を伺う。いるのはレッドスコーピオンの連中の所へと歩いて来る3人の男たち。奇妙なのは男たちから全くと言っていい程気配が感じられない。まるで死人のようだ。生きている感覚すら感じられない。いや、よく感覚を研ぎ澄ませば左右の男たちからは気配を感じる事は出来る。だが、真ん中の男からは何も感じない。妙な気持ち悪さを感じる。



「アァん?誰だオメェら?」



ーーレッドスコーピオンの連中が男たちに気づく。男たちは足を止め、真ん中の男が揃いの黒い隊服の懐から煙草を取り出し、一本咥える。それを左隣の男が火をつけ、真ん中の男が煙草を吸い始める。



「何?なんなのコイツら?ヤニなんか吸って調子こいてんじゃね?」


「てかその服、ホスト?え、ヤニなんか持ち込めたっけ?」


「しらね。俺らも今度から持ってくっか。」



ーーレッドスコーピオンの連中が男たちを包囲するように取り囲む。



「世振、コイツらは九州で勢力を広げているレッドスコーピオンの連中だ。あの奥にいるのがリーダーのモロオカカズトシ。魔力はC級といった所だな。典型的な数で勢力を広げた雑魚と判断していいだろう。」



ーー真ん中の男、世振と呼ばれる男の右隣の男が話し始める。



「アァ?なんて言った?中国語か?」


「俺に聞くなよ。わかんねーよ。」


「まァ、中国語はわからねぇが、俺様の名前とレッドスコーピオンの事言ったのはわかったぜ。オイ、俺様のファンか?握手してやろうか?」



ーー師岡という男がニヤつきながら世振たちの前へ移動する。



「…気配が消えた。逃げたか。」


「まだ近くにいるだろう。両方とも少なく見積もってB級以上の魔力だ。狩るのにはもってこいの相手、世振のポイントを貯める絶好の機会だ。」


「ひょっとすると、シマムラやセリザワの可能性もあるかもな。」


「どうする世振?」


「そうだな、お前たちは探しに行け。俺は王城で寝る。3日目になっても終わらなければ俺も動くが、まさかそんな事にはならんよな?」


「安心しろ。俺がいるのに負けは無い。当然霧島隊に先を越されたりもせん。」


「そうか。ならば劉邦、お前に任せる。」



ーー師岡を気にすることもなく世振たちは話し続ける。それが癇に障ったのだろう、師岡が青筋を立てて喚き散らす。



「ナメてんのかチャイニーズ野郎!!!ブッ殺すぞ!!!」



ーー喚く師岡をようやく目に止めたのか劉邦という男が口を開く。



「五月蝿い連中だな。まずコイツらを殺すか。」


「そうだな。」



ーー劉邦ともう1人が前に出ようとするのを世振が止める。



「世振?」


「お前らはさっきの2人を早く追え。コイツらは俺が始末する。」


「世振が雑魚の始末をするなんて珍しいな。」


「少しは身体を動かさんと鈍るからな。さあ、行け。」



ーー世振の呼びかけに2人は頷く。2人は大きく跳躍し、レッドスコーピオンの連中の頭上を大きく超えて抜けて行く。



「うおっ!?すっげ!?」


「中国雑技団的なアレじゃね!?」


「馬鹿野郎!!!逃しやがって!!!何やってんだテメェら!!!」


「まあまあ、いいじゃねぇか。さっきの女どもと一緒に見つけて痛ぶってやりゃいいんだよ。とりあえずはこの中国人のニイちゃんで遊ぼうぜ。」


「チッ、おい中国人!!!テメェ日本語わかっか!?アァ!?」



ーー慎太郎じゃないけど何でコイツら系ってみんなこうなんだろうね?ホント不思議。



「愚かな民族だな。まさか今でもアジアの頂点に君臨してるとでも思っているのか?」



ーー世振が日本語を話しながら冷めた目で師岡を見る。



「なんだ日本語しゃべれんのかよ。てかなんだって?アジアの頂点?たりめーだろ。日本には技術があんだよ。」


「貴様らの知能が低いのか、日本の教育が悪いのか、最早技術においても我が祖国の方が上だ。そんな事も知らんとはな。精々、日本はアジアの4番手がいい所だ。覚えておけ。」


「コイツさ、ナメ腐ってんじゃね?」


「日本人ナメてんだろ。」



ーーレッドスコーピオンの面々から笑いが消える。心底腹が立っているようだ。



「俺は親切に経済を教えてやっただけなのだがな。まあ、貴様らに何を言っても無駄か。それにコレは俺'sヒストリー、祖国間の誇りを争う場では無い。強い者が残る、それだけだ。」


「わけのわからねぇ事言ってんじゃねぇぞ!!!」



ーー怒りが頂点に達したレッドスコーピオンの面々が世振へと襲い掛かる。色とりどりのオーラを輝かせながら。



「メインスキルだけで俺を倒せると思っているのか?滑稽だな。当代のプレイヤーはレベルが低すぎる。」




ーー世振の身体から金色のエフェクトが弾け飛ぶ。そして、それと同時に、世振へと向かっていたレッドスコーピオン全員が倒れ込む。誰もが喉元を抑え、苦悶の表情を浮かべ、地べたを転げ回っている。



「苦しいか?そうだろうな。呼吸が出来なければ生き物は死んでしまう。」


「でっ…!?てめっ…!?」



ーーレッドスコーピオンの男たちが陸に上がった魚のようにのたうち回り、口をパクパクとさせている。



「時空系スキルというのは恐ろしい能力が多いが、このスキルは非常に凶悪だと思うよ。だが、それでも”最凶10種”には入らないのだからな。俺にもあの時それがあれば…アインスに、シグルズに敗れたりは……いや、今更嘆いても始まらん。俺は俺のやるべき事をするだけだ。」



ーー世振は独り言を呟きながら城がある方へと歩み出す。レッドスコーピオンの連中に最早興味は無い。いや、最初から無かったのだろう。まだ死に絶えぬ男たちを放って世振はその場をあとにした。






『まだ気を緩めるなよ。奴の間合いからは抜けていないはずだ。』


「……わ、わかってるっ。でも…何あの強さ…あのスキルは酸素を無くしてるのよねっ?」


「……さ、酸素ですか?」


『あの塵芥供を見ればわかるだろう。あの一帯から奴は酸素を奪ったのだ。酸素が無ければ息は出来ん。』


「……そ、そんなスキル相手にどうやって戦えば…」


「……あのスキルだけならタロウさんのサブスキルでなんとかなるわ。」


「……あ!そうです!タロウさんのサブスキルなら封じられます!」


「……でも1番の問題はそこじゃないわ。あの男の内に秘めている強大な力、それが私にはとても恐ろしかった。」


「……ち、力ですか?」


『成長したなミナミ。奴のソレに気づくだけ大したものだ。』


「……ノートゥングに褒められて嬉しくなかったのなんて初めてよ。」


「……私にはわからなかったですけど、そんなに凄いんですか?」


『今の妾では勝てん相手だ。』


「……そ、そんなにですか?」


『クラウソラスでもブルドガングでも勝てん。妾たち全員とカエデ、ボタンを集めて奴に勝てるかどうかの話だ。9割死ぬだろうな。』



ーーノートゥングの言葉を聞き、アリスは青ざめる。



「……あの服は白河桃矢って人と同じだった。間違いなくリッターよ。でも、あれだけ恐ろしかった白河桃矢よりも遥かに強いわ。絶対に戦っちゃダメ。」


『ああ。ゼーゲンを見つけてミナミが完全解放すればあの程度の奴に妾は負けたりせぬがこのままでは駄目だ。奴とは絶対に対峙するな。』


「……わ、わかりました。」


『ここでしばらく待ってから動くぞ。大方、そろそろタロウの奴が妾を呼ぶはずだ。』


「……どうして?」


『あの馬鹿ならば妾とブルドガング、クラウソラスを呼び出し現状把握を行うはずだ。術者が強大なカエデかボタンのどちらか組んでいない方から呼び出し、最後は妾を呼ぶだろう。』


「……なんでそう思うんですか?」


『カエデかボタンならちょっと1人にしても敵を蹴散らせると思うからな。ミナミだとやはり危険が大きい。戦闘中なら即返さなければならない。そうなれば使用回数が減るだろう?日付が変わるギリギリに妾を呼べばその問題は解決する。あの馬鹿ならそう考えるはずだ。』


「……なるほど!」


「……。」


『あの阿呆から呼び出しが終わったら出るぞ。それまで身体を休めておけ。』


「……はい!」


「……。」



ーーアリスは特に気にしてないが、美波はなんだかノートゥングに対して不満がいっぱいだった。


私の方がタロウさんの事わかってるんだからねっ!!


ーーと、ぶりっ子全開などうしようもない奴である。

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