第274話 雷

【 2日目 PM 8:03 儀式の間 】



ーー異形の騎士が一歩一歩慎太郎たちを目掛けて前進する。敵は1体だけだが、シュッツガイストが放つ禍々しい空気が慎太郎に伝わり警戒を強める。


「…嫌な予感が強まってるな。出し惜しみはやめよう。楓さん!美波!”具現”でアイツを抑えて下さい!」


「「了解!」」


ーー慎太郎の声に楓と美波はすぐさま呼応する。2人の身体から金色のエフェクトが弾け飛び、楓の前方に形成した魔法陣からは剣帝ブルドガングが現れ、金色のオーラを纏いながらラウムから聖剣を取り出す。

最初からその場にいたノートゥングも美波のスキル発動と同時に金色のオーラを纏い、ラウムから聖剣を取り出す。

2人は戦闘態勢に移行し、異形の騎士へ向けて剣気を放つ。


『ノートゥング、一気にケリつけるわよ。』


『……。』


『ん?どうしたの?』


『あのモノも何処かで見た事がある…一体何処で妾は見たのだ…?』


ーーノートゥングが何かを考え込む。大事な何かを、忘れてはいけない何かを思い出そうと考える。だが思い出せない。何とも言えない気持ち悪さをノートゥングは抱えていた。


『あんな奴なんだっていいわ。どうせ大した圧も感じないし雑魚に決まってんでしょ。アンタが行かないならアタシだけで行くわ!!』


ーーブルドガングが聖剣を構え地を蹴る。


『待てブルドガング!!様子を見てからにしろ!!』


『必要無いわ。一撃で終わらせる!!』


ーーノートゥングの制止を聞かずブルドガングは異形の騎士へと向かって行く。

それに気づいた異形の騎士は腰に差してある剣を鞘から引き抜く。ブルドガングが手にしている神聖さが溢れ出ている聖剣とは対照的に、邪悪さが滲み出ている黒い剣。それを右手の一本で握り締め、ブルドガングへと対峙する。しかし、異形の騎士からは戦意が感じられない。禍々しさは感じられても戦う意思は全くと言っていいほど感じられない。そこがまた奇妙であった。

だがブルドガングは特にそれを気に留める事は無い。最速の剣で斬り伏せればそれで終わる、そう思っていた。

異形の騎士との間合いが近くなるとブルドガングの全身に雷のエフェクトが纏わり出す。そしてそのまま走る事をやめずに異形の騎士へと突っ込みながら聖剣を振り被る。


『ーー刮目しなさい、ブリッツ・シュタイフェブリーゼ。』


ーー捉えたのは一瞬であった。

ブルドガングが振り被るのと同時に異形の騎士の体が縦から真っ二つに裂ける。そのブルドガングの速度についていけたものはノートゥングしかいなかった。ブルドガングは特に変わった事をしたわけではない。ただ剣を縦に振り下ろしただけ。それをなす為の速度の強化を高めただけ。ただのそれだけ。最速の剣をブルドガングは放っただけの事であった。純粋なスピードに関してはブルドガングが現時点で最速。それを単独で捕捉出来るモノなど存在しない。二つに裂けた体は力無く地面に叩きつけられ、異形の騎士は沈黙した。


『楽勝。』


ーーブルドガングはそのオッドアイをキラキラさせながらドヤ顔で嬉しそうにしている。


「おぉ…!流石はブルドガングだな!楽勝じゃん!嫌な予感してたのは気のせいだったんだな。」


『……。』


ーー戦いが終わってもノートゥングが険しい顔を緩めない。いや、それどころかより一層険しさを強める。


「本当にあれで終わりなんでしょうか…?」


ーー美波が不安げな顔で楓に尋ねる。


「どう…かしらね…あの娘の技をもってして倒したのだから終わりって思えるけど…随分と淡白だったわよね。」


ーー楓も府に落ちないのだろう。自身のパートナーであるブルドガングの実力は疑わない。だが自身の直感も疑わない。異形の騎士から感じた得体の知れない恐怖感はこんなにあっさりと片がつくようなものではなかった。それはヘンカーと対峙した時のような恐怖感を少なからず感じていた。それなのに呆気なく終わる戦いを納得する事は出来なかった。


「終わったんでしょうか…?」


ーー後方にいるアリスが同じく後方にいる牡丹に尋ねる。


「…わかりません。ですが私の感覚はまだ警戒を解いておりません。伏兵がいるのか、それともまだ終わっていないのか。」


ーー牡丹もノートゥングと楓同様にこの状況を解せないといった具合だ。


ーー勘の鋭い者たちはこの状況に違和感を覚え、慎太郎のように呑気な者はとりあえずの安堵を覚える。


ーー戦闘が終了したブルドガングが前衛にいる楓、美波、ノートゥングの元へと戻って来る。そしてやや後方にいる慎太郎がブルドガングを労おうと前へ出る。


「いえーい!ブルドガング!いえーい!」


ーー呑気な慎太郎が右手を上げてハイタッチの体勢を取る。


『いえーい!』


ーーブルドガングもニコニコしながら慎太郎へと近づきハイタッチを交わす。この2人の知能指数は同じなのかもしれない。


「流石。剣帝の名は伊達じゃないな。」


『フフン、まーねー!アタシにかかればあんなのお茶の子さいさいよ!』


「スピード超速いのな。絶対ブルドガングが最速じゃん。全然見えなかったもん。」


『出そうと思えばまだ速く出来るわよ?』


「スゲェな!?もうスピードスターの二つ名も襲名しちゃえよ。」


『そんなに褒めたって何にも出ないわよ?フフッ。』


ーー実はブルドガングとはそんなに絡みのなかった慎太郎だが、褒めちぎる事でその距離を一気に縮める。思考回路が基本的に子供なブルドガングは褒められるとめちゃめちゃ嬉しくなる。それによりブルドガングの心理的距離も一気に縮まる。その様はハタから見るとイチャイチャしているようにしか見えない。やっぱりコイツは天性の女誑しである。

そしてそれを後方から見ている牡丹の目からは若干ハイライトが消えていた。


ーーだがお遊びも終焉を迎える。


ーー儀式の間一帯に重苦しい圧が発生する。その発生源である異形の騎士の死体を見ると切断面から黒い蔦のようなものが生え、それらが互いに結びつき縫合されていく。一瞬で縫合が完了すると何事もなかったかのように異形の騎士は立ち上がる。


「ゲシュペンストと同じ不死身タイプかよ…」


ーーそれだけでは終わらない。シュッツガイストの身体から雷のエフェクトが弾け飛ぶ。ブルドガングと全く同じ雷のエフェクトが。


『ククク、始めようか。我らが王の”贄”となり給え。』

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