第204話 交わらない想い

【 楓・美波・アリス 組 ?日目 ??? 洋館 東棟 地下1階 地下牢 】




翁島香登との戦闘が終了すると視界に明るさが戻る。闇に包まれた空間から先程まで私たちが居た地下牢へと帰還した。

左右を見ると美波ちゃんもアリスちゃんもちゃんといる。良かった。私は心底安堵した。


「みんな、無事だったのね。」


「はいっ!」

「はい!」


2人の元気な返事がとても心地良い。”元”リッターを相手にしても勝ち切れる、強くなったわね。


ーーだが大団円とはいかない。

まだこの地下牢にはもう一人いるのだから。



「へぇ、随分と強いプレイヤーなのね。」



ーー地下牢の奥からの声に3人は身構える。


そうだったわね。まだ残っていた。それもかなり格の高い相手が。戦って勝てるとしたら私しかいない。だけどブルドガングを抜きにして果たして勝ち切れるのだろうか。私の見立てが間違っていなければこの女は夜ノ森葵よりも強い。

そんな相手に私は……ううん、弱気になっちゃダメ。私がみんなを守らないと。しっかりしなさい。


ーーだがそんな楓の心を見透かすかのように緒方瑞樹が優しい口調で話す。


「そんなに身構える事は無いわよ。さっきも言ったけど私は戦うつもりは無いわ。この牢から外へ出なければ強制戦闘にはならない。それよりも少し話さない?ここでの生活が長いし、男たちしかいなかったから退屈なのよ。ほら、ガールズトークってやつ!」


…騙し討ちをしようとしてる訳では無さそうね。ならば下手に刺激をしないでここから無事に出るように努めるべきね。


「ど、どうしましょうか…?」


「話ぐらいならいいわよ。何か情報が得られるかもしれないし。」


「そうですねっ!」


私たちは緒方瑞樹の牢の前まで行く。牢の中を見るが特に何かがあるわけでも無い。毛布が地面に置いてあるだけでトイレすら無い劣悪な環境だ。


「ふふ、驚いた?酷い環境よね。でもトイレとシャワーはラウムから出せるから臭いわけじゃないのよ?食事もラウムにちゃんと支給される。でも退屈よね。何もする事が無いんだもの。何年も、何十年も。」


「そんなにあなたはここにいるんですか…?」


美波ちゃんが緒方瑞樹の言葉に反応する。


「ええ。長過ぎて日にちを数えるのもやめたわ。でも歳は取らないのよ?便利よね。」


緒方瑞樹の見た目は私より一つ二つ上ぐらいに見える。それで老化しないのならそこだけは正直羨ましい。


「あなたたちは何か悪い事をしたの?」


別に感情移入した訳では無いが職業柄なのかつい聞いてみたくなってしまった。何十年もここにいなければならない程の悪事というものに興味が湧いてしまったのだ。


「彼らは主人の責任を背負っただけよ。私は…中での争いに負けて罪人に仕立て上げられたって感じかしらね。オルガニ…組織の為を思ってやったのだけれど…負けたら謀反人よ。」


そう話す緒方瑞樹の目は寂しそうだった。運営側の人間だった相手に同情なんてしてはいけないのはわかっている。だけど…私はなんだか可哀想に思ってしまった。


「湿っぽい話はやめにしましょう。それにしてもあなたたち強いのね?これぐらい強いプレイヤーなら私は把握していたはずなんだけど…最近始めたのかしら?」


彼女がどれぐらいの期間を指しているのかはわからない。そもそもオレヒスがいつからやっているのかすらも私たちは知らない。それならば最近と答えるのが無難だろう。


「そうね、最近始めたばかりよ。」


「そう。メンバーにも恵まれているみたいだしこのイベントも生き残れそうね。今は何のイベントをやっているの?」


「ゲリライベントよ。強制的に連れて来られたわ。」


「ゲリライベントで洋館が選択されたの…?なるほど…」


緒方瑞樹が何かを考えるような仕草をする。ゲリライベントでここにいるのはおかしいのだろうか。


「普通、ゲリライベントではここに来ないのかしら?」


「まあ…ね…私が堕とされて変わっただけかもね。」


何かを隠しているのは確かね。でもそれを追求して態度を変えられても困る。この話題はもうやめた方が良さそうね。

私が次の話題を探そうとした時だった。緒方瑞樹が思い詰めたような雰囲気で口を開く。


「実はね、あなたたちを呼び止めたのはお願いがあるからなのよ。」


「お願い…?」


「何も無理難題を頼もうってわけじゃないわ。伝言を伝えて欲しいのよ。それだけ、唯それだけなの。」


そう話す彼女の目には何とも言えない寂しさのようなものが映っていた。

甘いかもしれないけれどこんな牢獄から誰かに何かを伝えたいのなら私はそれを叶えてあげたい。そう思った。


「わかったわ。それを伝えられるかはわからないけど。」


「ありがとう。」


「で?誰に何を伝えればいいの?」


「もしリッターと対峙する事になった時に『四ツ倉優吾』という男と出会う時があれば伝えて欲しいの。『もう私の事は忘れてあなたの人生を生きて欲しい。あなたの忠義の心は死んでも忘れない。本当にありがとう。あなたの幸せを願っている。』そう伝えてもらえないかしら。」


私にはその言葉がとても悲しく、切ないものに感じた。恋人に別れを告げるメッセージ。そんな風に私は思ってしまった。


「わかったわ。その『四ツ倉優吾』という男に出会ったらそう伝えるわ。」


「ありがとう。もしあなたたちに敵意を向けて現れたとしても私の名前を出せば戦闘は避けられるわ。」


「出会えればいいけどね。」


「そうね…」


「あの、もしかして緒方さんとその四ツ倉さんって人は恋人なんですか?」


疑問に思ったのか美波ちゃんが緒方瑞樹に尋ねる。


「そういう間柄では無いわよ。そんなロマンティックなものじゃない。唯の主従関係よ。」


「でも緒方さんの目は寂しそうでした。あなたは四ツ倉さんが好きだったんじゃないですか?」


あまりにも美波ちゃんが突っ込むからか緒方瑞樹が少し驚いた表情を見せる。


「ふふ、随分聞くのね。」


「あ…!すみません…!!何だか切なくて…その…」


「いいわよ。初対面なのにあなたは優しいのね。それに一応は敵同士なのに。」


「今はガールズトークをしてる最中ですからっ!」


「ふふ、そうね。じゃあ私も本音で話そうかな。彼の事は好きよ。でもね、立場があるからそういう関係にはなれなかった。いっそのこと全てを捨てて仕舞えばいいのかもしれなかったけどね。だから…私がこうなったからこそ…彼には自由に生きて欲しい。間違っても私を救おうとなんて思わないで…彼の人生を自由に生きて欲しい。だからそれを伝えたいの。」


その言葉はとても悲しい言葉だった。彼女の立場は私にはわからない。でも…ううん、それは私が言う事じゃないわね。


「わかりましたっ!!必ず…必ず、私たちが伝えますっ!!」


「ええ、任せてちょうだい。」


「本当にありがとう。そうだ!自己紹介をしていなかったわね!私は”元”だけど”ヴェヒター”の緒方瑞樹よ。与えられた番号はドライだったわ。」


「私の名前は「相葉ナナミです!」」


「え?」


私が名乗ろうとした時に美波ちゃんが突如として割り込む。


「こちらは姉の相葉ナナミです!そして私が相葉ナミ!この子は従姉妹の相葉アテナです!」


私には意味がわからなかった。それはアリスちゃんも同じであった。なぜ美波ちゃんはそんな訳のわからない事を言うのだろう。

いや、美波ちゃんが意味も無くそんな事は言わない。きっと何かあるのだろう。そう解釈した私は話を合わせる事にした。


「相葉ナナミよ。」


「あ、相葉アテナです!」


アリスちゃんもそれを察したのだろう、私同様に美波ちゃんが考えた名前で自己紹介をした。


「姉妹だったんだね。一人は従姉妹か。うーん、やっぱり聞き覚えは無いわね。2人ともゼーゲンを持ってるぐらいなんだから”闘神”級よね。アレ…?あなた…どこかで…」


緒方瑞樹が私をじっと見る。私自身も今思い出したが、この女がドライならば私は一度会った事がある。バディイベントが始まる前に”闘神”が集められた席にて彼女と会話をした。もしそれを思い出したら私が偽名を使った事がバレてしまう。



ーー3人に緊張が走る。



「…気のせいかしら。ごめんなさいね。」


私は心の中で大きく溜息をついた。


「気にしなくて大丈夫よ。一つ聞いてもいいかしら?」


「いいわよ。」


「”ヴェヒター”って何なの?」


緒方瑞樹が視線を逸らし考え込む。しまった、地雷を踏んだのかしら。踏み込み過ぎたのならマズかったわね…


ーー楓の背中を汗が伝う。努めて冷静なように振る舞うが心臓は破裂しそうなぐらい鼓動を強めていた。


「出来れば全て教えてあげたいのだけれど私にも立場がある。一部だけでもいいかしら?」


ーーその言葉を聞いて楓は心底安堵した。この沈黙の時間は生きた心地がしなかったのは言うまでも無いだろう。


「教えてもらえるだけでもありがたいわよ。」


「言える範囲で言うならば、”ヴェヒター”は俺'sヒストリーを運営する7人の調整者の事よ。そして番号が若い程権限が強まる。アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フンフ、ゼクス、ズィーベンこの順番にね。」


アインスとツヴァイ、この2人はコードネームだったのね。


アインスは私たちがいずれ倒さなければいけない存在だと夜ノ森葵は言った。運営の最高序列と言う事は大食堂でフェルトベーベルが言っていた”彼の方”というのはアインスの事なのだろうか?だから夜ノ森葵はアインスを倒して欲しいの…?いや、ツヴァイが最高序列になりたいから私たちを使ってその座を奪おうとしているのだろうか…?まだピースが足りなすぎるわね…


「そして”ヴェヒター”は直属のリッターをリッターオルデンから選ぶ事が出来るのよ。だから”ヴェヒター”は数名のリッターを従えているわ。私は…1人しか選ばなかったけどね。」


「四ツ倉さんですねっ!」


「ふふ、そうね。それと”ヴェヒター”は各エリアに直属のリッターを送り込む事が出来る。調査の為にね。」


「調査?あぁ、自分の担当プレイヤーを鍛える為にって事ね。」


「担当プレイヤー?そんなものはいないわよ?」


「「えっ?」」


私とアリスちゃんが声を被らせる。それは当然だ。この前に夜ノ森葵から聞いた話では担当プレイヤーがいるという話だった。


「あー、リザルトの時にツヴァイが来るからそう思ったのかしら?それはリザルトの担当がツヴァイなだけよ。全プレイヤーがリザルトではツヴァイと会う事になっている。だから担当プレイヤーなんていないのよ。」


緒方瑞樹と夜ノ森葵のどちらを信じるかなど考えるまでも無い。やはり夜ノ森葵は信用ならない。もう少し情報を引き出せないかしら。


「そうなのね、勘違いしていたわ。もしかして”ヴェヒター”を倒さないとゲームクリアは出来ないのかしら?」


「”ヴェヒター”と戦う事は無いわ。”ヴェヒター”はあくまでも調整者。ゲームクリアとは何の関係性も無い。」


「”ヴェヒター”と戦うイベントが発生したりしないの?」


「ふふ、そんなイベント無いわよ。説明は出来ないけど、万が一にだってそんなリスクを”ヴェヒター”は犯さないわ。」


戦わない…?ならどうして夜ノ森葵たちはアインスを倒させたいのかしら…やはりツヴァイを最高序列にする為に…?そもそもイベントが発生しないならどうやってアインスと戦うの…?


「あ…話し足りないけどそろそろ戻った方がいいわ。期間は72時間でしょ?」


私が考え込んでいると緒方瑞樹が退室を促す。


「そうだけどまだいくらも経ってないわよ?ここに入ったのは2日目の夜だし。」


まだそんなに情報は得てないのだからもう少し彼女と会話をしたい。引き出せるだけ引き出さないと。


「ならば尚更よ。恐らくは4日目の夜になっているはず。」


「え!?それは無いわよ、だってーー」

「時間の流れが違うのよ。」


私の言葉を緒方瑞樹が遮る。


「ここと外では時間の流れが違うの。囚人とプレイヤーでも時間の流れが違うわ。私の一年は外では一日程度。あなたたちの10分は外では一日程度になってるわ。もう二日ぐらい経ってるわよ。」


「そ、そんな!?」


しまった。タロウさんと牡丹ちゃんはどうなってしまったのだろうか。2人であそこを生き残らせなければならない状態にしてしまった。早く戻らないと。


「マズいわ…!!タロウさんが…!!」


「他にも仲間が居たの?」


「ええ…リーダーともう1人…」


「ナナミがリーダーじゃないのね。でもリーダーが負けていたらあなたたちは支配下プレイヤーに置かれている。そうなってないのなら負けてはいないって事よ。」


「あ……」


そうよね、頭が回ってなかった。私たちが奴隷になってないのが無事な証拠よね。


「か…ナナミ姉さん!!早く戻りましょうっ!!」


「そうね。」


「来た扉を開けば戻れるわ。武運がある事を願っているわ。」


「ありがとう。緒方さんのーー」

「瑞樹でいいわよ。歳もそんな変わらないだろうし。」


「わかった。瑞樹の想いは必ず届けるわ。」


「お願いね、ナナミ。」


本名でない事に些か罪悪感を感じるが気にしないようにしよう。


「それと一つだけ忠告をしておくわ。残り時間的に行けないだろうけど首狩り村に行くのはやめなさい。」


…何そのホラーワード。


「な、なんですかそれは!?」


私よりも早く美波ちゃんが瑞樹に尋ねる。


「この洋館エリアはかなり広いのよ。そして洋館から出て山へと抜けると山村があるの。その村は首狩り村と言われているわ。そこに行くと追加の敵が現れる。かなり強力よ。絶対に行かないで。」


うん、絶対行かないわ。


「情報ありがとう。行かないようにするわ。」


「またどこかで会えたらいいわね。」


「そうね。じゃあ…またね瑞樹。」


「ええ、また。」


そう言って私たちは地下牢の扉を開けて洋館へと戻った。




洋館へと戻るとすぐに私は美波ちゃんへ先程の経緯を尋ねる。


「美波ちゃん、さっきはどうして偽名を?」


「……ノートゥングに言われてプロフェートを使って瑞樹さんの様子を伺っていたんです。そうしたら楓さんが本名を言った世界での未来が視えました。楓さんの名を知った途端に瑞樹さんが敵意を露わにして楓さんを斬ったんです。その後は私たちも斬られてあっという間に全滅でした。だからそれを避ける為に偽名にしてみたんです。何とか未来を変えられてよかったです…」


「そうだったのね…ありがとう美波ちゃん、助かったわ。」


「いえ。でも…どうしてなんでしょうか…」


「…予想だけど夜ノ森葵かツヴァイが何か絡んでるんじゃないかしら。きっと瑞樹が堕とされる要因になったのはそれよ。そしてそれには私たちが関わっている。」


「どういう事ですか?」


「バディイベントの前に私は瑞樹と”闘神”の会合で会ってるのよ。そしてそのバディイベントで私たちはありえない状況になったわよね。」


「あ…私と楓さんがバディのトラップスキルによって戦闘不能になりました!」


「そう。それを策略したのが瑞樹で、それをさせるに至らせたのがツヴァイならある程度辻褄が合うわ。経緯はわからないけどツヴァイが何か企んでいるのは確かよ。夜ノ森葵の話も嘘だった。私たちを巻き込んで何かをしようとしているのよ。」


「一体何を…私たちが何かツヴァイにしたんでしょうか…?」


「それはわからないわね。とりあえずこの話は後にしましょう。もうかなりの時間が経っているわ。タロウさんと牡丹ちゃんが心配。早く合流しないと。」


「そうですね!」


「あの、瑞樹さんとの約束はどうするんですか?私にはあの人が悪い人には思えませんでした…」


「…それは私も同じよ。甘いかも知れないけどね。その四ツ倉優吾と会う事があれば伝えてあげましょう。」


「はいっ!」

「はい!」


「じゃあ行くわよ。」



ーーだが楓たちがそれを伝える事は無い。

楓たちは知らない。黒の家4階層、実験場にて田辺慎太郎と交戦した相手が四ツ倉優吾だという事を。

そして四ツ倉優吾は島村牡丹によって討たれ、もはやこの世にはいない事を。

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