64. Beyond the Flame
「ハア、ハア……よし、これで邪魔者は消え去った……!」
籠愛は興奮していた。ひとつ、またひとつ、自分を阻む者が消えていく。そのかわりに自分の計画は、一歩一歩完遂に近づいていく。それが喜ばしかった。
「さあ、あとは貴様が暴走するだけ……その有り余る炎を、この現世に解放するだけだ!」
なおも苦しむキマイラに、籠愛は狂気の笑みを向ける。
「殺せ……わたしを殺してみろ。わたしが怖いのだろう? ならば、その炎で焼き尽くしてみろ。わたしはこんなにも小さい……巨躯の貴様からすれば、簡単なことだろう?」
煽るような口調で呼びかける。……が、キマイラは、否定するようにたてがみを振り乱す。先ほどの珠飛亜の声が効いたのかもしれない。後ずさりはしているが、それ以上のことはしてこない。
……籠愛の顔が険しくなる。
「……ふん、そうか。ならば――わたしが、貴様を殺すだけだ」
虫でも見るように、キマイラを見下ろし。冷徹な声色で、告げた。
『……GuU,GAAAAAAA!!!!!!!!』
途端、キマイラが咆える。籠愛の言葉を理解したかのように。
……いや、意味は解っていまい。だが、彼の纏ったその殺気が、尋常でないことはこの獣にも嗅ぎ取れたのだ。
『……GOOOOOOOOOOOAAAHHHHHHHHHH!!!!!!!!!!』
咆哮。と同時に、その両目がかつてなく大きく燃えあがる。だんだんとその巨躯が膨張し、地獄の窯の炎のように大きく燃え盛っていく。
「ハッハハハハハ! そうだ! それだ! 燃えろ、もっと燃えろ! 燃えて、燃えて、この世界を凍らせ尽くしてしまえ!!!! あっははははははははははは!!!!!」
籠愛の興奮も最高潮に達する。もう少し、あと少しで、この世界を滅ぼすという目的が達成される。忌まわしき人類社会に、幕を下ろすことができる。ほかでもない、自分の手で。
「ハッハハハハハ! これほどの『偉業』を成し遂げた英雄もほかにはいるまい! 人類の邪悪さを識り、自らの手で人類の歴史に幕を引く『人間』など、後にも先にもわたしひとりだ!! これほどの偉業が、功績が、他にあろうか!!」
これほどの高揚はなかった。人の中の悪を断つのではなく、人そのものを『悪』と断定し、滅亡させる……あのテセウスでも、このような偉勲は成し遂げられないだろう。
「わたしは未曽有の英雄になるのだ! かの大英雄ヘラクレスや、英雄王ペルセウスさえも超える英雄に! わたしは、唯一無二の英雄となるのだ!!」
「――いいえ。そんなものは、英雄ではない」
「……はっははは……は?」
籠愛の笑い声が、止まる。突然、どこからか聞こえてきた、男の声に。
「人類の邪悪さを知る? 人類を滅ぼすことが偉業、だと? ……勘違いもはなはだしい。それはただの殺人者です。英雄とは程遠い、
「誰だ……いや、この声は……!」
知っている。籠愛は、知っている。その低く通る声の持ち主を、彼はよく知っている。
「どこだ……どこにいる!」
混乱し、籠愛は辺りを激しく見回す。上か。下か。右か。左か。
が、そのどこにも、声の主は居ない。それもそのはず。
声は、
ぼふう。
「……!?」
キマイラのたてがみをかき分けて。豪雪の空に、その『影』は躍り出た。雪を、暴風をものともせず、その
耳まで裂けた口。猛禽類のように黄色く染まった瞳。鋭い爪を生やした、鳥の脚。だが、そこまで変貌していても、籠愛はその声の主が誰か、判別することができた。
なぜなら……その眼光の鋭利さは、彼の知る
「……テセ、ウス……!」
「そこまで堕ちたか、ヒッポノオス……!」
ぎろり、と。猛禽の瞳が、闇に堕した英雄を見下した。
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