中編



  俺たちはその後、ラブホテル街を抜けて映画館のある通りへやってきた。

  だが映画館には入らずに、近くのチェーン系カフェへ。


「それで健太くん、何か目星はついているのかな?」


 席に着くなり、さっそく優香さんが切り出してくる。

 残念ながら目星など全くついていないので、徐々に検証するところから始めさせてもらおう。


「優香さん、結論を急がずに、まずは『男がブルマ姿になる理由』から考えてみましょう」

「理由……何があるのかしら?」

「さっき言った女装趣味や罰ゲームが動機じゃないなら、それ以外で思いつく理由は……」


 俺はスマホのメモ帳を開くと、思いつくままそこに書きこんでいく。


――――――――――――――――――――

①ブルマしか着るものがなかった

②ブルマを着るよう強要された

――――――――――――――――――――


「……パッと思いつくのはこの二つくらいですね」


 書き込んだスマホを見せながらそう語ると、優香さんは首をひねる。


「この①の案って、そんな変なシチュエーションあり得るの? ブルマしか履くものがないなんて、どんな状況か想像がつかないんだけど……」

「……ですよね」


 優香さんの言う事はもっともだ。

 となると、まずは②案が正解と仮定して推理してみよう。


「あのブルマ男は、犯人に何か弱みを握られ、脅されて仕方なくブルマを穿いた。②案が正解だと仮定してそう考えた場合、考えられる犯人の動機は……被害者をブルマ姿にして辱める事でしょうか?」


 ……うん、思いつきながらいい線言ってるんじゃないか?


「例えば犯人が、ブルマ男の前に姿を現さず、全て電話やメールなどで脅迫していた場合――。これなら誰がどんな恨みを持って脅迫したかまでは分からないから、ブルマ男の『知るか! こっちが聞きたいわ!』という言葉とも矛盾しないはず。そう考えれば事件に全て説明がつくんじゃないですか?」


 俺のその見事な推理に、優香さんが大きく頷く。


「確かに……それならあり得るかもね」

「やった! 正解っスね!」


 だが――


「でも……残念ね、健太くん。キミはもう一つ、他の可能性を見落としてるわ」


 ――またもや優香さんが、オレの推理を否定してきた。


「な、何ですか、もう一つの可能性って?」


 すると優香さんは、俺からスマホを奪い――――


③嫌々でもブルマを穿くのが彼の仕事だった


 ――――とメモ帳に書き加えた。


「……はぁ? 仕事って……?」


 あり得ない可能性に、思わずそんな声が出てしまった。

 ブルマ姿になる仕事って、それどんな職業?


「ねぇ健太くん、あの男の顔をよく思い出してみてよ」


 だが優香さんは引き下がらない。


「私もさっき気付いたんだけど……あのブルマさん、どこかで見た顔だと思わない?」


 そう言われて男の顔を思い出そうとする。だが……。


「……ダメだ、ブルマしか思い出せない」


 ブルマの印象が強すぎて、それ以外の事がすっ飛んでしまってるよ……。


「仕方ないわねぇ」


 呆れた様子で優香が教えてくる。


「あの男はね、クランキー土谷っていう若手芸人よ」


「クランキーって……あっ! 思い出した!」


 優香さんの一言で、すっ飛んでいた記憶がよみがえった。

 そうだ、TVで見た事がある!

 確かにあのブルマ男は、最近売り出し中のお笑い芸人、クランキー土谷だ!


「ねぇ健太くん。芸人だったら仕事でブルマ姿になる事もあるんじゃない?」

「た、たしかに……」


 一度は否定した③案だけど、こうなってくると話は違う。


「例えばあれがテレビのドッキリだったら、騙されてるんだから『知るか! こっちが聞きたいわ!』って台詞もおかしくないよね?」

「……そうですね、優香さん」


 なるほど、優香さんの言う通り。

 こうなるとむしろ、それ以外に答えは無いって気になるな。


「ブルマ男の謎……アイツが芸人なら、テレビのドッキリってのが一番正解っぽいなぁ~」

「……あれ? 納得しちゃったの、健太くん?」


 すると優香さんは、いたずらっ子のように目を輝かせる。


「じゃあ、今日のラブホテルは無しかしら?」

「うぇえっ! 何で?」

「だってラブホテルは、健太くんが謎を解いたらって条件だったじゃない。でも今のが正解だとすると、謎を解いたの私って事になるじゃない」


 し……しまったぁああああっ! そういえばそんな条件だったっけ?

 このままだと童貞卒業できないじゃないか!

 何か考えろ! 何か方法は……。

 ……アレ? 待てよ……。


「ねぇ健太くん、何か反論はあるかな?」

「も……もちろんです、優香さん! このブルマ男の謎、まだ疑問が残ってますよ!」


 挑戦的な態度の優香さんに、慌てて思いついたことを言ってみる。


「もしあれがドッキリなら、近くにTVカメラがなければおかしくないですか?」

「んー、ドッキリの撮影なんだから隠し撮りじゃないの?」

「それでもおかしいです。あのときブルマ男は、警官を突き飛ばしてましたよね?あんなのテレビじゃあり得なくないですか? 問題を起こせば放送もできなくなるっていうのに」

「ガチのドッキリならハプニングくらいあるでしょ?」

「でもその後、スタッフとか誰も出てこなかったじゃないですか。あの場面で何の

フォローもないのはおかしいですよ。テレビの撮影とは思えません」

「それじゃ警官はエキストラだったとか?」

「いいえ、あの警官が交番に戻っていくのを見ました。あれは本物の警官に間違いないです」

「うーん……」


 考え込む様子の優香さん。

 ……どうだ? 納得したか? まだチャンスはあるのか?


「……なるほどね、たしかに撮影と決めつけるのは早計だったかも」


 ――よっしゃあっ! 童貞卒業チャンス復っ活!


「でも……じゃあどうして土谷くんはブルマ姿だったの? その謎が解けなかったら、今日はこのまま解散よ?」

「で、ですよねー」


 結局はそこなんだな……。

 こじつけでもいい、何とか優香さんの納得のいく答えを見つけ出さないと……。


「……よし! もう一度最初から考え直してみましょう」


 俺はもう一度ノートを広げる。


「優香さんの③案は今の意見で否定されたとして……」


――――――――――――――――――――

①ブルマしか着るものがなかった

②ブルマを着るよう強要された

③嫌々でもブルマを穿くのが彼の仕事だった

――――――――――――――――――――


「さっきは①案を却下して②案を選んだけど、被害者が芸人ならブルマ姿程度は恥ずかしくないだろうし、恥をかかせるという犯人の動機もなくなるんじゃないかな?」


 俺がそう言うと、優香さんがポンと手をあわせる。


「……そうね、たしかに健太くんの言う通りかも。だとしたら②案も却下かしら?」

「そうですね、優香さん。②案もナシだとすると、可能性が残るは①案だけになるけど……」

「だけど健太くん、①案って……どうやったらブルマしか着るものがない状況になるの?」

「それは……」


 言われて必死に考えてみる。


「例えば……誰かブルマ男に恨みを持った人間が、彼の服を全部処分してしまったとか?」

「……だけどなぜかブルマだけは残してあげた? あり得なくない、そんなの?」


 あり得ない、か……。

 いや、待てよ……。

 ――っ! そうか、解ったぞ!


「分かりました、優香さん! ラブホですよ!」

「……? ラブホテルがどうかしたの?」

「ラブホだったらコスプレ用のブルマがあってもおかしくないじゃないですか!」


 そうだよ! なんで気付かなかったんんだ、俺は?


「俺の推理はこうです――

 まず犯人は、騙してクランキー土谷をラブホに連れ込み、睡眠薬などで眠らせました。

 そして着ているもの全てを奪い、身ぐるみ剥いで裸一貫にし、ラブホに放置して帰ってしまった。

 その後、睡眠薬の効果が切れて起きだした彼は、自分のものが全て奪われているのを知り、仕方なくレンタル衣装のブルマを借りて外に出た。

 ――そう考えれば辻褄は……」


 そんな俺の推理に、だが優香さんは「合わない合わない」と手を横に振って否定する。


「いくら身ぐるみ剥されたからっていったって、店の電話を借りてマネージャーでも呼び出せば済む話じゃないかな? わざわざブルマ姿で外に出る必要はないと思うけど?」

「それは……」


 言われてみればその通りだ。

 他に何か理由が……いや、そうじゃない!


「――思い出した! 昼の生放送だ! クランキー土谷って今月からその番組のレギュラーになったはずなんですよ!」


 毎日昼の十二時からやってる、国民的な生放送番組。

 そのレギュラーになるなんて、売り出し中の若手芸人にとって一世一代のチャンスだろう。

 遅刻してトチるなんて事は許されないはずだ。

 だからこそクランキー土谷は、ブルマ姿になってでもテレビ局に向かったんだ。


 時計を見ると、今は十二時十分。

 たしか俺が最寄りの駅に着いたのが十二時より十分ちょっと前。

 だとしたら俺たちがブルマ姿のクランキー土谷を見たのは十二時の十分から五分前ってところだろう。

 

 ちなみにその国民的番組は、この場所から1.5キロほどの距離にあるテレビ局で撮影されている。

 1.5キロを五~十分。

 走ればギリギリ間に合う距離だろう。


「だからアイツは、仕方なくブルマ姿でダッシュしていたんですよ!」


 俺は優香さんに、まとめながら思い付きを語って聞かせる。


「睡眠薬で眠らせたのも、荷物を隠したのも、彼に生放送に行かせない罠だと考えれば、犯人の動機としても辻褄は合いますよ! つまり動機は怨恨です!」

「うーん……そうね。確かに辻褄は合ってるかも……」


 よっしゃきたぁ!

 優香さんが納得する答えをひねり出したぜ!

 俺がそう喜んだのもつかの間――


「でもその場合……犯人は昏睡強盗の可能性もあるんじゃない?」


 ――と優香さんが言い出した。


「優香さん、昏睡強盗って……?」

「睡眠薬で眠らせてから、盗みを行う強盗犯の事よ。目的は金銭で、服まで盗んだのはただのいたずら心。そう考えた方が納得できないかしら?」

「それは……」

「ね、その方があり得そうじゃない? 私はそう思うけどなぁ」


 俺が悩むそぶりを見せると、優香さんはなおも言い募ってくる。

 だけどそれって……。


 ……いや、深く考えるのはよそう。

 目的は優香さんを納得させることだっただろ?

 このあと童貞卒業できれば、それでいいじゃないか。


「うーん、たしかにそうかもしれませんね」


 だから俺は優香さんの話に合わせる。


「だとしたら犯人も馬鹿ですよね~」

「……? どうして?」

「だって昏睡強盗って、被害者が泣き寝入りする事が多いおかげで発覚しにくい犯罪ですよね? それなのに犯人が金だけじゃなく服まで盗んだせいで、被害者がブルマ姿で警官を突き飛ばすなんて珍行動を引き起こしてしまった。ここまで大ごとになっちゃったら、警察も本格的に捜査しなきゃならなくなるんじゃないかなぁ?」

「……そういえばそうね」

「犯人は自分で自分の首を絞めちゃったわけだ、馬鹿ですよねぇ」

「たしかにそうね。ところで……」


 何かを思い出したように、話を変える優香さん。


「今、私の意見に納得したよね、健太くん? という事は……ブルマの謎を解いたのは私って事でいいのよね?」

「へっ?」

「という事は……約束通り何もせず解散って事になるのかしら?」

「そ、そんな! ここまで推理してきたの俺っスよ! ラブホに行くって約束は?」


 ご褒美は? オレの童貞卒業は?


「もちろん無しね」

「そんな……せっかく頑張ったのに……」


 思わず膝から崩れ落ちる。

 ちくしょう、信じてたのに!

 こんな……こんな理不尽が許されていいのか……?

 

「嘘ウソ。冗談よ、健太くん」


 そんな落ち込むオレに向かって、優香さんはアハハと笑いかける。


「そんなに私としたかったの? 仕方ないわね、それじゃ約束通り、今からラブホテルに行きましょう」

「……マジで?」

「ええ、マジで」


 よっっっしゃキタァアアアアアア!

 ついに俺も童貞卒業だぜ!


「それじゃ行きましょう」


 優香さんに連れられカフェを出て、俺はラブホ街へと戻っていった。

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