ひとときの休息
貴族的な感覚でいえば、最後に生まれた
けれど一人、また一人と有名な教師を迎え入れ、ひたむきな努力を重ねてすら一向に扱えない姿を見ていたからこそ。
いつしか大人たちがまとう空気に、諦めや呆れの色が混じり始めたのに気付いてしまいました。
それからはより一層必死になりました。
来る日も来る日も家の蔵書を読み漁り、使えもしない魔法式を学び続けました。
けれど魔法はいつまでも使えず、足りない何かを探して様々な努力を重ねました。
そこで得たのは『無能な努力家』という不名誉な称号――ですが、わたしは止まれません。
「ティアナ!」
強く呼ばれ、揺さぶられる感覚に目を開ける。
目の前には心配そうにわたしを見る、
場所は借家のベッドの中。
看病でもしてくれていたのか、ヴェルターは脇に椅子を置いて座っていました。
汗を拭うための水とタオルがサイドテーブルに乗せられています。
「うなされていたようだが大丈夫かね?」
「少し、夢を見ていました」
あの頃の、とてもとても嫌な夢。
三歳にもなれば第一位階の魔法を使い始める家系に生まれ、五つを越えて何も使えなかった頃の。
魔法の使えない者に『ヴァルプルギス』を名乗れず、
月日を跨ぐごとにわたしの存在感は薄くなり、近しい親戚ですら知らない人も居ることでしょう。
それでも貴族位を剥奪するにはまだ早く、失敗作とはいえ利用価値が高いわたしは、一時的に魔法士の居ない男爵位の『デュカル』の家名を貸し出されている。
学園に入ったのもこの家名で、実技以外で在籍し続けるわたしの隠れ蓑にはもってこいなのでしょう。
「夢か。このタイミングで見るのなら、それが君の根源かもしれないね」
「根源、ですか?」
「根源、源泉、何と呼んでも構わないが、ティアナが生きる芯となるものだ。
それが
「芯……っぅ!」
身体のあちこちからミシミシと軋みが聞こえる。
成長痛と言えばいいのでしょうか……内側から這い上がるような、熱さとも痛みとも判断しにくい何かが、ぞわぞわと撫でまわしてきます。
ベッドに沈むわたしの額に手を当て、ヴェルターの講義が始まりました。
「まず言っておくが、
事前に説明した魔力による改変が行われているだけだからね」
「我慢しかない、ということですね?」
「そうだね。ただ本来ならもっと劇的な変化が起きるはずなのだが……」
「え、十分つらいですよ?」
腫れぼったいというか熱っぽいというか。
全身がウズウズとして落ち着かなく、脈動よりも小刻みに、小さく揺れるようなそんな違和感。
もっと劇的な何かであれば、変な話ですがちゃんと我慢もできるのですが、気持ちの悪さだけが前に出て、とても落ち着きが悪い感じです。
ベッドに寝かされている今も、気持ち悪さを解消するために走り回りたい思いに駆られるほどです。
「魔素は何にでも変わり得る、万能に近しいエネルギーだと話しをしたね?」
「けれどそれだけでは何にもならいとも聞きました」
「よろしい。魔素は魔力が空気に混じった状態だとも付け加えておこう。
つまり魔素は濃度が薄く、密度を増したものが魔力と考えて間違いない。
ではそんな万能エネルギーである高密度の魔素……魔力を取り込めばどうなるか? そう、
「どうにでも……?」
「たとえば火を使いたいと思えば火が出るし、水が欲しいと願えば水が滴る。
魔力は何にでも変換可能な実に変動幅が広い物質であり、だからこそ危険でもあるのだよ」
魔法や魔力の暴走とか、そういう感じの話をしているのでしょうか。
過去に起きた大規模な崩落では、大質量の土砂を文字通り消し飛ばしてしまった事故で起きたなんて話もありましたね。
出すのも消すのもできる力……その分の魔力は必要ですが、逆に言えば魔力量さえ足りていればどうにでもなってしまうわけですよね。
「そんな魔力がティアナの中に、それも制御できない量がねじ込まれている」
「――ッ!!」
「だというのに、君は
「原型、って何ですか? もしかして異形や魔物になるなんて未来も……」
「あるにはあったね。そして確率が低いながらも、これからもあり得る話ではある」
えぇっ! たしかに『元の身体から変わる』、『一生もの』のところだけ抜き出したらその通りですけど!
それって
ちょっと感性を疑いますよ?!
「何か失礼なことを考えていそうだね」
「いえっ!?」
「そう? なら構わないけれどね。
ちなみに内外に多大な変化が出ても、私が調整する予定だったよ。
むしろ調整が不要だとは思っていなかったから、今すごく驚いているんだけれどね?」
「わたし、化け物になるの確定だったのですか……」
「そうさせないために私が居るのだが……信用がないね?」
「信用していますよ! けれどそんな問題ではありません!」
「そうかな? 内外問わず『ティアナの雛形』は計測済みだから、どうなっても戻せるのだけれど……」
何てことでしょう!
骨格や体重、スリーサイズどころか内臓まで知られてるってどういうことですか?!
というかいつ!? そんな時間はなかったし、触れても見せてさえいませんよ!?
「ヴェルター!? あなた、デリカシーが無いとか言われませんか!?」
「うん? あぁ、そういえば?」
「女の敵ですね!」
「かもしれないが、私は
「うぐぅ……そ、そうですね……」
まさか真正面から撃ち返されるなんて……思わず頷いてしまったじゃないですか。
本当に何なんですかこの人は!!
「異界の賢者さ」
「わたしの心を読まないでください!」
「いやなに、ちょっとした推測だよ?」
「だったらわたしの思いを少しでも汲んでくださいよ!」
「たかだか一個人の私に随分と高い望みを掛けるね」
掛けられる笑顔に何も言えません。
身体は相変わらず微妙な悲鳴を上げ続けているのに、なぜだか安心してしまいます。
そういえば学園に入って一年以上経っていますが、こんなに気が抜けることってなかったかもしれませんね……。
「何かあれば私が何とかしておくから、とにかく今は休みなさい。今日の疲れが明日に残れば予選すら突破できなくなりますよ」
わたしは小さく「はい」と答えて目を瞑り、改めて額に添えられた手に心地よさを感じます。
苦痛が少し和らいだような気がし――わたしは眠りについたようです。
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