落ちこぼれのお嬢様3

 苦節十年! やっと、念願の! 魔法が!!

 たとえどれだけの補佐ズルしても一回は一回ですよね?!

 召喚魔法どころか魔法自体を初めて使えたわたしは、部屋の中を飛び回りわいわいとはしゃぐ。

 それこそ見知らぬ殿方を置き去りにして――ハッ! この方は『何』なのでしょうか?


 物珍しそうに部屋の中を歩き回っていた殿方に声をかけてみます。

 いえ、召喚獣なのはわかるのですが……獣、でしょうか?


「あの……」


「おや、落ち着いたかな?」


 靴底を鳴らして室内を眺めていた殿方がこちらを向いて尋ねられました。

 貴族がこんなはしたない…顔を赤くするわたしは「は、はい!」と頷くしかありません。


「そ、それであなたは……?」


「おかしなことを訊くね? 君が私を召喚したよんだのだろう?」


「え、ですがわたしは人を呼んだ覚えは……?」


「ほぅ、では何を呼ぶつもりだったのかな?」


 そう問われて初めて気付いた事実がありました。

 あれ……わたしは一体何を呼ぶ予定だったのでしょう?

 召喚魔法の発動ばかりに気を取られて――。


「ではどんな問題が起きたのだろうか?」


 答えられないわたしに重ねて質問が投げかけられ、思わず「……問題、ですか?」と首を傾げてしまう。

 だって問題というなら『わたしが魔法を使えないこと』で、召喚が成功した時点で解決してしまったはずなのです!


「うん? 目的がない召喚……であれば実験でもやっていたのかね」


「はい、実は召喚するのが目的でした」


 わたし、やっと召喚したんですよ!

 実感するにつれて頬が緩んでいくのがわかってしまう。

 はしたないけれど、仕方ありませんよね?


 殿方は「なるほど」と口にして顎に手を当てて少し難しい顔を始めました。

 そうですね……用もないのに呼びつけたのなら落胆や怒りがこみ上げてきても不思議で――っ!?


 ちょ、ちょっと待ってください。

 召喚にそこまでの思考能力は備わっていないはずでは?

 そもそも彼はどう見ても『人型』ではありませんか!


 確かに『獣』と付いていますが、呼び出せるものは小さなものは昆虫や、動物以外に植物も呼び出すことができます。

 小さく動かないものほど簡単で、大きくなるほど難しくなるのは、異界に開ける門のサイズが大きくなっていくからです。

 通れなければ相手が素直に応じていても来れるはずがありませんからね。


 もちろんサイズだけでなく利用価値や難易度でランク分けもされています。

 大枠で植物、昆虫、動物と難易度が上がっていき、これに賢さの要素がプラスされます。

 動かない植物は召喚というより取り出すといった雰囲気で簡単……らしいです。

 それらを用途に応じて使い分けるのが召喚魔法の使い方になります。


 難易度の高い動物の中でも、人型に近付くほど強く別格の扱いになります。

 天使や悪魔といった位相の異なるモノから、人に化ける・・・物の怪のたぐいまで。

 ここに英霊や英雄といった方々も含まれることから、見た目が『人型』というだけで異常な難易度を誇ります。

 何より召喚主を超える知性を持っていては、何をされるかもわかりませんからね。



 で、その人型が・・・・・目の前に居る・・・・・・のです。



 そんな事実に行き当たり、静かに佇む殿方に視線が止まってしまう。

 無用な呼び出しに対する報復しかえしの可能性を考えると頬がひくひくしてしまいます。

 けれど改めて考えるとわたしの頭がおかしくなったと言う方が説得力がありました。

 一応、つねってみます……いたい。


「何をやっているのだ君は」


 呆れられてしまいました。考えなしが過ぎたかもしれません。

 反省しなくては…。


「しかし召喚実験で私を呼ぶとは……ちなみに何を召喚しようとしていたのだね?」


「特には……指定できるほど得意ではありませんので……」


「それであんな構築しきになっていたのだね。

 一応伝えておくけれど、『制限を設けない』よりも『不要な可能性の排除』をした方が成功率は高くなりますよ」


「えぇ、そうなのですか?」


「『何でもいい』といいつつ、実際は何でもよくないのだろう?

 そうなると無意識下で好き嫌いの判定が挟まって効率が悪くなる。

 食堂で頼むものを決めて向かうのか、メニューを見て決めるのかでは結果は同じでも大幅に時間が変わるものだ」


「な、なるほど?」


「加えて『不要なモノ』を排除していないのは非常に危険だ。たとえば屋内ここで火竜を呼んでしまえば大惨事になってしまうだろう?」


「そうですね……」


 自分がいかに馬鹿なことをしていたのかを思い知らされます。

 それも何故かわたしが召喚した相手から……いや、それはまずいのでは?

 すでに『自分よりも賢いモノ』なのは確定的です。

 が、状況だけ見ればわたしは稀代の召喚士になったのではありませんか?!


「さて、君に解決すべき問題が無いのなら、私は戻されるのが通例のはずだが?」


「だめです!」


 思わず跳ねるように口を突きました。

 このまま何もなく帰られては証明のしようがありません。


「どうしてだね?」


 ふいっとこちらに見透かされるような視線を向けて静かに問いかけられました。

 溢れそうになる涙を抑え、ギュッとスカートの端を握り締めて誠心誠意伝えます。

 目の前に立つ殿方は『よくないもの』かもしれません。

 けれど、せっかく手にしたチャンスが零れ落ちるのを黙って見ていられるわけがありません。


「だって……先生に魔法を使えたって認めてもらわないと……」


「先生? 認めてもらう?

 そうか、なるほど。実験というのも頷ける。試験か何かかの証明が必要なのだね」


「そ、そうです!」


「しかしれは随分と難しい相談だ」


「何故です?! 貴方をわたしが召喚したのは明白でしょう!?」


「あぁ、気付いていないようだね。君と私とでは正式な召喚契約は成立していない」


「え?」


 あっさりと放り込まれた恐ろしい事実に、わたしは頭が真っ白になってしまった。

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