落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

第一章:そして彼女は賢者と出逢う

プロローグ

 大きな執務机には決裁書や提案書が積み上げられ、今か今かと出番を待つ。

 午後の審議に出す資料を求めて秘書官が入れ代わり立ち代わりバタバタと走り回いた先ほどまでとは違い、静かになった執務室ではカリカリと紙の上をペン先が走る音だけが聞こえる。


「エネイルの救援?」


 要望書をつまみ上げ、部屋の主がいぶかしげな表情で内容を読み込んでいた。

 そこには自然災害によって大打撃を受けた地域への救援要請が記されている。


「……こんなもの、自国で対処すべきものでは?」


 溜息をこぼして否決……つまり却下の箱へと投げ入れる。

 詳細な被害報告も上がっていたが、他国との関係性は親密ながらも一定の距離を取らねばならない。

 首を突っ込みすぎるとすがられたり嫉妬されたりと面倒ごとしか生まない。


 特に今回のように国からではなく、対象地区からの要望というのが問題だ。

 これでは自国に力がないと喧伝しているようなもので、手助けをしてしまえば国交に亀裂を入れてしまうことも考えられる。

 何も知らない地域住民には悪いが手を出せない内容としか言えず、部屋の主からするとこんな内容すら弾けない文官たちの質の低下が悩ましかった。


 次の書類へ手を付ければ、そこには『通貨交換の承認可否』と銘打たれた提案書だった。

 これが緊急案件に上がる理由に首を傾げていると、どうやら新興国の通貨も両替しあつかってほしいとのこと。

 新興国からすると巨大な後ろ盾を得る機会であり、自国からは手助けした分の経済発展のあがり・・・が見込めるとの内容だ。


 確かに良い取引になり得るかもしれないが、これ以上この国に力を持たせても周辺国に嫉妬させてしまいかねない。

 むしろこの状況であれば、情勢が不安定だからこそ『通貨交換うしろだて』を欲しているに違いない。

 また、その地域に欲しい特産物や商業価値の情報が添付されていない。

 調査不足なのか、はたまた存在しないのかは読み取れないが、未だいさかいの絶えない政権の肩を持つリスクには見合わない。

 一々判を押している時間も惜しく、先程と同じく否決の箱へと投げ入れ、次の資料を手元に引き寄せる。


「へぇ……ジギルが? これは少し手を出しておかないといけないか」


 戦火の兆しあり……諜報関連の資料を適当に置いているのも彼の執務室だからだ。

 内容は子飼いの商人や貴族を使い、水面下で食糧と金属を買い集めているというもの。

 物資を求める理由はいくつかあるが、一番目に浮かぶのは戦争であるのは間違いない。

 国内情勢が落ち着いてきた矢先にきな臭い動きをするジギルには辟易してしまうが、わかり易い動きをしている分、対応も簡単にとれるのも事実だ。

 机の端に追いやっていた呼び鈴ベルを揺らし、秘書官を呼び寄せた。


「ネフィル。急ぎこの書類にあるジギルの対策を」


「はっ! いかなる結果をお望みでしょうか!」


「それは私ではなく議会が決めることだよ。

 ともあれ、第一目標は秘密裏にジギルがいくさを起こせない状況に追い込むことかな。

 戦火など誰も望んでいないし、もうそろそろ地図を書き換えるのも面倒になってきただろう?」


「その通りです! しかしすでに準備をしているのでは間に合わない可能性が高いと思われます!」


「硬いぞネフィル。もう少し肩の力を抜きなさい」


「はっ!」


 直立不動で全く分かっていない様子で答えるネフィルに、どうにも面倒な立場になったものだ、と執務室の主は溜息を零す。

 立場を鑑みれば仕方ないものの、これでは肩が凝って仕方がない。

 どうにか緩和されないものか、と彼は話しながら考える。


「ならば第二目標はジギルの企みをそれとなく周辺国に流すことか。

 警戒されていれば実行するのは難しくなるし、たとえ行動を起こしても各国の初動がまるで変ってくるからね」


「委細承知いたしました!」


「いや、私の『意見』であって『命令』ではないのだが?」


「ですが賢者様の言うことであれば説得力が違います!」


「そういうのが私は困るのだけれどね。

 あくまで私は『補佐』だ。そう、たとえば私がふわりと消えても国の業務が滞ることなどあってはならない」


「どこか別の国へ向かわれるのですか!?」


「そんな話はしていないが……まぁ、私一人が抜けて国が倒れるというならそれも仕方ないかもしれないな」


 そんなぼやきと共に窓の外へと視線を向ける。

 抜けるような蒼穹を眺め、改めて溜息を吐いた。


 その時――執務室の床に緑の線が走る。

 新緑を思わせる色を放つ線を眺め、賢者と呼ばれた部屋の主は『これはこれで好都合か』とほくそ笑んだ。


「な、なんだこれは?!」


「ネフィル、どうやら私はまた・・呼ばれているようだ」


 慌てる秘書官ネフィルをよそに、一日で一杯になる量の問題が押し寄せる執務室せんじょうを見渡して賢者が告げる。

 荒療治だが仕方ない……いや、滅ぶことすらも視野に入れ、


「私の留守を頼んだよ?」


「賢者様っ?! まっ――」


 残酷な言葉を残して賢者は忽然と姿を消し、残された秘書官ネフィルの慟哭が室内に響き渡った。

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