第1部 第2章(4)パウチゼリー
第一部 第二章(四)パウチゼリー
悟郎は咄嗟に槍を手放し、片膝立ちのまま後方に跳ねた。その動きは、後方から悟郎を襲撃してきた男には意外だったらしい。悟郎と男が大きな音を立ててぶつかる。男は空振りし、襲撃の勢いを殺せず、悟郎の上に倒れ込んできた。
悟郎は一本背負いの要領で男を投げ、その拍子に立ち上がる。盾を持った男を警戒しつつ槍を拾った。悟郎を後ろから襲ってきた男は、頭を強打して昏倒、悟郎と盾を持った男との間で伸びている。
盾を持った男は、伸びた男が邪魔になって悟郎の方に行けない。
悟郎と束の間視線を交わす。盾を持った男は歯がみをしている。一方の悟郎は、思いもかけない出来事により窮地を脱することができて、得意げな表情を浮かべた。
悟郎は背を向け、その場から遠ざかった。がなり声が後ろから響く。その後、鈍い男がしたので、盾か剣で伸びている男にとどめを刺したのだろうと悟郎は思った。
槍を構えたまま悟郎が小走りしていたところ、同じく槍を構えたまま小走りしている男の姿が目に入ってきた。その男も悟郎の姿を認めた。対峙し、両者の目が合う。
このような馬鹿げたデスゲームに参加しているにもかかわらず、悟郎と対峙した男の目は澄んでいた。兜も鎧も濃紺色で、前立や面頬は簡素で、実用重視のようだ。
どちらからともなく視線を外し、両者は別々の方向に向かった。
悟郎と同じような行動原理に基づいているように感じられた。覚えず、悟郎は親近感を抱いた。この男の方が例外なのかもしれない。勝ち残ったとしても、依代になって自分を失うのであれば、やけになって享楽的に刃を振るう方を選ぶのかもしれない。
悟郎の向かった先に、立っている者はいなかった。血まみれの死体があちこちに散らばっているばかりだ。血の臭いにも慣れた。
悟郎はほっと一息つき、場内を見渡した。観覧席から1階へと下りる坂の回りに動きは見受けられず、108名全員がこの1階に降り立ったと見える。その中で、今も動き回っている者は20名程度のようだ。終盤にさしかかったというところか。
観覧席から「そんなところで油を売っているな! やれ!」といった罵声が聞こえる。しかし、悟郎は気にしない。休憩ぐらいさせろ。
悟郎はベストのポケットからパウチゼリーを取り出し、口に運ぶ。その間も周囲の警戒を怠らない。
死体が散らばる中で悠然と栄養を摂取するとは、いよいよ自分も狂ってきたのかと悟郎は自問する。まぁ、狂っていようが何だろうが、生きて帰る、それだけだ。
飲み終え、ベストのポケットにゴミをしまう。
「さてと」
悟郎は体に異常がないか確認する。背中や膝などに多少の違和感があったものの、大したことはない。師匠との稽古で痛めつけられたときのことを思えば、どうってことない。
続いて槍の状態も確認する。あちこち細かい傷がついているが、大きな傷はなく、穂先のぐらつきもない。
「さてと」
もう一度そう口にし、剣戟の響きがする方へ、歩みだした。
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