Episode4-3 陽炎の新しい日常(2)
放課後、私は小此木百合の記憶を辿って自宅へと帰ることにした。橘結芽に対してまだまだ事情の説明や、悪魔への対策など話さねばならないことは多々あるが、現実社会において学生が長期間自宅を留守にすればそれなりに問題が起きる。
帰宅するとそこには母しかいなかった。私は記憶の通りに小此木百合として振る舞い、自室にあるパソコンを使って情報収集に勤しんだ。高度に発達した情報網は、悪魔との戦闘を怪異現象として察知した人間がそれを共有することを可能にした。かつてはほら吹きだと嘲笑されたようなことも、このインターネットの世界では相応に面白いものとして捉えられるらしい。あてにならない情報も多いが、やはりこの近辺で人が居なくなったとか道はあるのに行けない場所があるなんていう投稿が寄せられている。
「百合―! お父さん帰ってくる前にお風呂入りなさい!!」
一時中断だ。にしても……昨夜は無断外泊だというわりに特に何も言わないことが少し気がかりだ。もっとも、私に親の気持ちが分かるよしもないのだが。
簪を外し、着ているものを全て脱ぐ。服に関しては存在の力で記憶から取り出した存在で、実体があるわけじゃないが、母親もしくは父親が脱衣所に入った時、何もなかったら不審に思うだろうから、実体化を解除せずに置いておくことにした。
小此木家の風呂は橘家の風呂よりは狭いが、近代的で使い易いものだった。小此木百合はどうやら入浴剤とやらが好きなようで、記憶の中から最も気に入っていたであろう入浴剤を一錠、浴槽に入れてみた。
花の香りがするそれを満喫していると、玄関の開く音がした。どうやら父親が帰ってきたらしい。記憶によると小此木百合の父親はこの街の役場で働いているらしい。中間管理職ということで多少、帰りが遅いようだ。母親は在宅でライターをしているようだ。そこそこ不自由ない生活を送ってきたようだ。
ほどなくして私は浴室を出て、手間だがきちんと身体の水分を拭う。パジャマを纏い、簪は刺さないでおく。この後もう出掛けないのだから、髪をきちんとセットする方が違和感を覚えるだろう。
ほどなくして食卓につくと、父親の方から昨日の外泊について言及してきた。どうやら放任主義な母に対して父は少し締め付けを強めたいらしい。私は未だ十全では無い力を紡いで、言葉を発する。
「私、しばらく家を空けるから」
死神が民間人に対して行うちょっとした催眠術のようなものだ。この先の行動に支障が無いように、言葉に力を込めて理不尽なことすら納得させる。
「……仕方ないか」
「頑張るのよ」
ひとまず両親を納得させた。これが失敗するほど存在の力が枯渇していなくて安堵した。
これで拠点を橘結芽の家に移すことが出来る。ただ……シュレイドを撃破し任務を完遂した暁には小此木百合の存在は完全に消えるだろう。この夫婦が子育てに費やした十六年を無に帰すことになるのは……なかなか心苦しいものがあるな。
「ごちそうさま」
三組ずつ揃えられた食器を見て……何を思うのだろうか。
自室であらかたの身支度を調えた私は、再び橘結芽の邸宅へ向かうのだった。
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