第7話

 ぐおんぐおんという変な音が聞こえ、樽が斜めに傾く。

 樽を横にして転がすのではなく、立てたまま斜めにして回すように移動させているのかも。その後、せーの!という掛け声と共に、持ち上げられ何かに乗せられた。


 ゴトゴトと小さな音と振動を感じる。今度は何かに乗せられて移動しているのかもしれない。

 移動していた何かが止まり、音と振動がやむと樽の蓋が開けられた。どこかは知らないが、建物の中という感じだ。


「君、平気かい?」


「ちょっとお酒で気持ち悪いです」


「立てるかい? ミラ、手伝ってくれ」


 ミラと呼ばれたのは女性だった、人質となっていた娘さんなのだろうか。

 俺は虐待男と人質娘に両脇に腕を入れられ、樽から引きずりだされた。同時に荷馬車に荷台からも、降ろされた。

 仕方ないよね、未成年だし、お酒がすべて悪いんだ。


「君には本当に申し訳なく……」


「いや、もう謝らないでください。結果的に被害者は俺だけで済んだ、その功績はあんたのお陰だ。俺は感謝しているんです」


 そう、結果的に俺はどうにもならなかったのだ。一番乗りした運の悪い俺は。

 その代わり、俺が好きな女の子や友人が元の場所に戻れたと考えれば、十分じゃないか。


「第一王子派も馬鹿ばかりね。ユニークスキル持ちなら、本当の勇者様じゃない」


「彼らは怖いのですよ。四方八方に喧嘩を売っていますからね、制御下に置けそうにないユニークスキル持ちは特に」


「父上が仰ると、説得力がありますね」


 俺を挟んだ状態で親子の会話が為されているけど、娘さんの言葉には幾つか鋭い棘がある。


「あ、あの」


「ここは第二王子と懇意にしている商家ですので、今のところは安心ですよ」


「今は騎士団の警戒の穴を突く準備をしています。順調にいけば、夕方に発つことになるでしょうね」


 騎士団とか、兵隊っぽい人たちもいたよな? やっぱり、そういう世界なのだろうね。剣と魔法の世界? 魔法っぽい何かは見たっけな……、最初の召喚どうこうが何気にそれっぽかったけど。


「ああ、いけない。私はミラ、彼の娘です」


「すっかり忘れていました。私はライス=ホーギュエル、オニング公国で魔術学者をしておりました。ミラは助手というところでしょうか」


「良かったですね、娘さんまで助かって。俺は山田 勝利といいます。名前は勝利の方です」


 勝利と書いてカツトシ、名前負けしているとよく言われる。でも、挫けない男。


「カットスね、覚えたわ」


「カットス様ですな。この度は誠に……」


「本当にもうお願いですから、謝罪はやめてください」



「食事の用意が出来ました。こちらへどうぞ」


 気持ちが悪いのはお酒なのか、それとも馬車のような原始的な乗り物のせいなのか、俺はその両方ではないかと考える。

 両脇を抱えられた状態で、そのまま移動することになったけど、凄く格好悪いよね。


 商家で用意された食事は王宮で出されたものとは比べられないほど質素だったけれど、酔っ払いな俺の胃袋にはとても優しかった。

 窓の外の景色が夕暮れ時を示すように、赤く色づくと出発を告知された。


「服も着替えたし、気分もすっきりだ」


「そうね、かなりお酒臭かったものね」


 メイドさんに着付けてもらった豪華な服はお酒のシミが出来ていた。商家の者の話では結構上等なワインだったらしい。


「夕暮れ時は目が利きづらいですからね。この時間を狙ったのには訳があるのでしょう」


「いえ、この時間帯は王党派の騎士が正門を担当しているんですよ」


「父上、私、恥ずかしいわ。ね、カットス」


 俺の名前はカツトシなんだが……。カットスって、もしかして発音できないのか?

 父親の知ったかぶりが恥ずかしいらしいが、その父親の影のさす表情がみじめだ。


 その後、無事に正門を抜ける。街並みもそうだが、町を覆うように建てられている壁が凄い。俺の身長から換算すると、5,6メートルはありそう。

 中世のヨーロッパという感じだ。行ったことはないのだけど、テレビなんかで見る景色によく似ている。

 実際に騎士と呼ばれる人たちは剣を腰に下げているし、兵士と思われる人たちは槍を持っているので、中世だと感じてしまうのは強ち間違いでもないだろう。


 巨大で装飾の細かく施された門を抜けると、そこに広がっているのは草原と地面がむき出しの道だ。門からしばらくは石畳が存在したのだけど、100メートルほど進むと土の道になってしまった。正直に言おう、土の道は馬車が安定せずに揺れる。それも半端ではなく揺れるのだ。それでも道を逸れるよりはマシらしい。

 船以外では乗り物酔いなど経験したことのない俺だけど、この馬車による道程はかなり怪しい。酔わないように遠くの景色を眺めることにしよう。


「正門を無事に抜けましたね。今日は隣のアリガの宿場に泊まり、その後は野宿を重ねながら国境を越える予定です」


「どちらに向かうのですか?」


「ライス殿には申し訳ないですが、オニング公国では間者の存在も確認されています。なので、ラングリンゲ帝国を目指すようにと」


「ラングリンゲですか、オニングに次ぐ大国ですね。わかりました、よろしくお願いします」


 知らない単語が普通に飛び出す会話を聞いていると不思議なものだ。第一に何故俺はこの人たちの言葉が理解できるのか? ステータスプレートなる板の文字は読めなかったというのに。


「ライスさん、ちょいと疑問があるのですが。俺なんで言葉がわかるんですかね?」


「それはかなり細かい話をしないといけないわよ。宿場についてからの方が良いんじゃない?」


「簡単に言えば、スキルですね」


「スキルですか?」


「父上、中途半端に説明しても混乱するわよ。カットスは異界から呼び寄せられたのでしょうし」


 うーんと唸る虐待男ライスさんは答えを出せないようだった。

 スキルと言われると、ゲームによくある能力みたいな扱いと考えられるんだけど、合ってるかな?

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