第4話
俺の周囲は真っ暗だ。目を凝らすとそこは真っ暗な部屋のように見える。
遠くで派手な男が叫ぶ声と何者かが暴行されている音が聞こえた。小さな呻き声のようなものが聞こえる。
全身の力が抜け、立ち上がる気力すら湧きそうにない。
「クソッ、あの数の勇者であれば侵略も余裕であったのに」
とても不機嫌そうな男の声が、俯き項垂れる俺にもはっきりとそう聞こえた。
「まあいい、予定では一名の召喚だった。一人残っただけでも十分だ。
そいつは牢に繋いでおけ! まだ働いてもらう必要があるからな、手加減しておけよ」
不機嫌な男の声が近づいてくる。最初に話しかけてきた小太りの男の声だった。
「さて……ようこそおいでくださった、勇者殿」
「……」
何が勇者殿だ? ふざけんじゃねえ!
「我がヘルド王国は現在危機に瀕していてな。太古の時代より受け継がれる勇者召喚の儀式を行うに至った」
「……」
「受け継がれていたとはいえ、その知識の一部は喪失していてな。それをこの度修復することに成功した。そして漸く召喚に成功したのが君だ!」
「……」
「さあ、その名を聞かせてもらえないだろうか?
あぁ、失礼したね。私はこのヘルド王国の王太子である、第一王子がハインリヒ=アウド=ラーマイル=ヘルドだ。
君の名を伺おうではないか」
「……」
お前みたいな服だけ小奇麗な、汚ねえデブに名乗る名なんてねえんだよ。
「王子、この者の心情的に今は無理でしょう」
「まあ、よい。今日のところは疲れもあろう。食事と休養を取るとよい」
偉ぶった態度の第一王子だか王太子だかは、それだけ言うと俺の前を立ち去った。
「申し訳ない、勇者殿。何分立て込んでいましてな。
おい、勇者殿をご案内申し上げろ」
王子に意見していた瘦せぎすの男に呼ばれ、兵隊のような恰好をした男が近寄ってきた。項垂れる俺の腕を持つと立ち上がらせ、どこかに案内するらしい。引きずられるように、無理矢理に歩かされることになった。
これが絶望というやつだろうか? おぼつかない足取りは引きずられるままに任せたもので、何度転びそうになったものか。その度に脇を持つ兵隊に引き上げられる。
ぼーっと眺める程度にだが、室内や廊下の造りが目に映る。右を見ても、左を見ても、上を見上げても、下をのぞき込んでもどう見ても石で出来た何か。何もかもが石のブロックで出来ているようだ。
「こちらへ、部屋のものは自由にお使いください。只今、食事の用意をさせておりますので今しばらくお待ちください。では、失礼いたします」
案内された部屋は広かった。俺んちのリビングより遥かに広い。
豪華なソファに俺を丁寧に座らせた兵隊が部屋を出ていくと、代わりにメイドが入ってきた。メイドとわかる理由は、その服装にある。完全にメイド服だからな。
一言も口にすることなく、静かな動作でメイドが俺の前にお茶を淹れた。
湯気の立つ、淹れたての紅茶っぽい何か。一口、啜ると少しだけ落ち着いたような気がした。
「はぁ」
落ち着きはしたものの、出てくるのは溜息だけ。
何がどうなったのかは、あの偉そうなデブの言葉を考えれば、夢のような話ではあるが理解できなくもない。要は漫画やアニメみたいな話だろう。
あのデブ、勇者召喚と言ったか? それと侵略がどうこうと微かに聞こえた。
俺たちで、いや、俺を使って戦争をするつもりなのだろう。冗談じゃねえ、遊びに行くはずがなんで……。大体、ここはどこなんだよ?
落ち込んでいても仕方がないので顔を上げる。部屋の端に立ち、微動だにしないメイドが目についた。というか、そこしか注目するところがない。
都会にはメイドカフェなるものがあるらしいけど、それとは異なり本物だと思われる。じーっと見つめるもメイドは目を伏せているために、目が合うということもない。そんなこんなで時間を潰していると部屋の扉が開き、食事が運び込まれた。
木製のワゴンに載せられ運ばれる食事は豪華なもので、とても美味しそうに見える。実際に美味しいのだろう、何せ待望の勇者様に食べさせるために作ったのだからな。
ナイフとフォークを使うが箸が欲しいと感じる。テーブルマナーなんて知らないが、右手にナイフを左手にフォークを持った。しかし、このフォーク刺す部分が2本しかねえ。普段見慣れているのは四本くらいあったはず。
とても下らないことに対して気が付くだけの余裕が出てきた。食事のお陰なのだろうか?
食事を終えるとそのままベッドへと潜り込む。衣替えの直後だったこともあり、薄着でよかった。柔らかなベッドの感触がとても優しく、眠気へと誘っていく。
存在感を薄くし、空気になっているメイドはいまだ部屋の隅に佇んでいるけど、それが仕事なのだろうし無視することにした。
たぶん翌日、ベッドから起き上がるとメイドが寄ってきた。
一人だったはずのメイドが3人に増えていたのには驚いた。驚くのも束の間、俺に立ってT字に腕を広げるような姿勢を強要する昨日から居たメイド。新しい若いメイドは顔を濡れた布で拭い、うがいをするように水の入ったコップを差し出すと木の桶を持つ。
朝の支度や着替えされてくれるらしい。シャツを剥かれ、ズボンを……ズボンにはやや苦戦していたが、最後にはパンツ一丁にまで剥かれてしまう。
恥ずかしいが彼女らも仕事なので邪魔するのもどうかと思い、鋼の心を持って耐え抜く。実際、目をつむって素数を数えていたのは秘密にしてもらいたい。
服を着用したあと朝食が出ないものかと不思議に思っていると、扉を開けたメイドたちが無言のままどこかに案内をするかのようだ。
案内されるとなると、あのデブの元にだろうけどな。今日は何を言い出すのかと、少し気にはなる。
どんだけ歩かせるのかと問いただしたいがメイドは無言を貫き通した。立派な職業意識だと思う。俺には例え社会人になっても出来るか不明だ。
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