第2話 Jelly 柔らかくて透明な (2)
*
俺の話をしよう。
他の誰でもない、この俺の話だ。
俺の名前はジェリー・フッカー。
黒髪黒目でバリバリの日系人だが、名前はクリスチャンの母親に寄せられたわけだ。
そんな俺は子供の頃から、他人が頭の中で考えてることや感じていることを読み取ることができたり、ちょっとした念動力が使える超能力エリートだったわけだが、母からしてみれば悪魔の子だった。
外に出てみれば他人のどうしようもない感情に振り回され、家に帰れば実の親に悪魔扱いされる。
唯一の味方だった父親は、俺が十歳の時に死んだ。交通事故だった。俺はまともでいられなくなったし、世界そのものにウンザリしていた。
俺の本質は皮肉の殻に覆われて変形した、憎悪だった。
誰にも尊重されなかった孤独が、俺をそうした。
俺の能力は俺を特別にしてはくれなかった。出る杭は打たれるという言葉があるが、俺はその言葉を聞くたびに嫌な気持ちになる。
誰だってそうだろう? 幸せじゃなく惨めさだけを再分配して何になる? もっとも、俺以外はそうは考えなかったらしいがね。
「死にてえ~」
思わず言葉が口を突いて出た。それは本音だったし、同時に言い訳でもあった。
実際のところ、死んだ方がマシだとは思っていたが、二度とあんな痛みを味わいたくはないというのもまた本当だった。
俺は一度、元の世界で死んでいる。通り魔なんかだったら悪意が読めるからいくらでも逃げられるのだが、俺を殺したのは居眠り運転のトラックだった。さすがに俺にも偶然をかわすほどの力はない。
ただほんの少し、「これでもう解放される」という思いがあった。それと激痛。
俺は父と同じように交通事故で死んだ。
そこで意思が途切れていれば一瞬メチャクチャ痛かっただけで済んだのだが、俺は転生することになった。
ただ死んでいたかった俺は、魂をつかさどる女神に魔王を倒すため、ミンチにされた肉体ごと今の世界に再構築された。
何か特別な能力を与えましょうとか言っていたが、うさんくさいし結局俺は自前の超能力で充分だった。
それが五年前。
魔王を倒し、俺の死から最低限の尊厳を奪った女神と敵対したのが三年前。
とにかく色々あって(今は細かい話をしたくないってことだ。察しろよな)俺はSランク冒険者になったし、今はここ、第七迷宮都市アスフォガルで唯一のダンジョン探偵をやっている。
俺は重い気分と身体を引きずって、冒険者ギルドの門を開いた。
鉄と皮と汗のにおいが混ざりあったものがむっと鼻を突いた。
この世界は俺がいた世界とは違い、いまだに鉄と火の理が、そして元の世界にはなかった魔の要素がすべてを動かしている。冒険者はその象徴だ。
俺はフードを脱いだ。こそこそする理由はいくらでも思いついたが、どれも気に食わなかった。
周囲の視線が俺に突き刺さる。この国では黒髪黒目は珍しいし、先述の通り俺は有名人だ。目立つことこの上ない。
視線だけじゃあない。俺には彼らの思っていることが手に取るようにわかる。
『Sランクのジェリーだ』
『精神魔導士だ。心を読まれるぞ』
『あのムーン・レイカーか。意外と普通の格好じゃないか』
『何が探偵だ、クソッたれの屍拾い。また誰かが死んだのを嗅ぎつけたのか』
『あいつにしか解決できない事件がまた起きたってこと』
『
見当はずれの方角へ膨らんだ畏敬、自分を高く見積もったやつの侮り、その他諸々。
気に入らないのは俺の方だ馬鹿め、と言いかけてやめた。代わりに腰帯に吊るした剣がカタカタと震えたので、柄を抑えた。
俺の魔剣は振るい手への侮辱を許さない。
怠惰を抱えた者、つまり自らを高めることを怠り他人の足を引っ張る類の人間を殺していいものと思っている。つまりは、冒険者ギルドなんかとメチャクチャに相性が悪いのだ。
異世界なのに英語が普及しているのは、俺よりずっと以前に転移して冒険者の祖として成り上がったアキラとやらが持ち込んだかららしい。
きっとダサい必殺技のネーミングがそのまま広まったのだろう。センスのないやつのすることはどれもたかが知れている。
この世界では、言葉が意味と価値を強く結びつける。
始めに言葉ありき。言葉が世界を作ったのだ。
言葉によってつながった意味と価値は、現象までもねじ曲げる。真の力持つ言葉、すなわちそれが魔法だ。
だから言葉の扱いには慎重にならざるを得ないし、普段はスラングでお茶を濁すことになる。
俺がSランクなんて馬鹿っぽい呼ばれ方をしているのもそのせいだ。
ボソボソ仲間内でやりあってはいるものの、誰も俺に直接声はかけない。名誉が鎧のように俺を守り、程度の低い連中を遠ざけているのだ。
こんなところは元いた現代社会と同じだが、こっちの方はレベルが違う。
Sランクの冒険者に喧嘩を売るなんて自殺と同じだ。
こんな時ばかりは、つくづく魔王をぶっ殺しておいてよかったと思う。余計な争いを避けられるからだ。
まだほとんどの連中がジロジロとこちらを見ながらも、人だかりが割れて俺を窓口まで導いた。まだ並んでいた冒険者たちも俺に先を譲る。
最初っからそうしてりゃあいいんだ。
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