第九話 世界の仕組み
1.祈り
ラエルナ女史と別れ、僕たちが川沿い亭に戻る頃にはもう二〇時を回っていた。
意気消沈。
この言葉がこれほどまでに似合う状況が他にあるだろうか。追いかけ続けた可能性が再び閉ざされ、またゼロになったのだ。
僕にもジャム・ストライドにも、もう何のアイデアも残ってはいない。まったくの空っぽだ。
食堂の椅子に三人とも腰を下ろす。
「……クソっ、どうやったんだよ」
ジャム・ストライドは恐らく切断について言及したのだろうが、その言葉に返事をする者は誰もいない。誰も答えられない。あれだけ聞き込みをして探し尽くして、結局、何も見つからなかったのだから。
「お帰りなさい」
ディアヌさんの優しい声に胸が痛む。
「寒かったでしょ? お腹すいてない?」
そう言われて夕食を摂っていないことを思い出したが、空腹感はまるでなかった。ねっとりと張り付くような徒労感が空腹を感じる余裕を奪い去っていた。
「困ったときは美味しいものを食べることですよ。食べて元気を出してください。元気があれば何でもできます」
屈託のない彼女の笑顔に救われる思いがした。やっぱり君の笑顔は最高だ。冬の朝の太陽のように僕の心に張った薄氷を溶かしてくれる。
「……スープ、あんのか?」
ジャム・ストライドが尋ねる。彼はここ数日ずっとランチの残りのスープを飲んでいる。よほど気に入ったのだろう。
「ちょうど三人分ぐらいなら。温めますね」
ディアヌさんはそう言ってコックコートのエプロンをポンとはたいてみせた。ぱたぱたと足早にキッチンに入る。でもその直後に「あらやだ!」という声が聞こえた。
「ごめんなさい、遅い時間で火を落としちゃってるみたいで。すぐに付けてスープ温めますね」
着火には石を使う。藁と組み合わせて種火を付け、薪へと移してゆく。僕たちがスープにありつくにはもう少し時間がかかりそうだ。
カツン、カツンと石のぶつかる音が食堂にまで響く。
「あれ? 火が付かない……あ、そっか忘れてた。お祈りしなきゃ」
彼女はかまどに火を付ける時はいつも胸元のアミュレットを握り、神に祈りを捧げる。きっとそれを怠ったのだろう。ちゃんと祈りを捧げないと時々こうして火が付いてくれないことがある。
祈りを捧げ終えたのか、再び石のぶつかる音がした。今度は無事にかまどに火種が点いたようである。
突然だった。急にガタリと派手に椅子が動いた。ジャム・ストライドが立ち上がったからだ。
「……そうか、そういうことなのか」
その時の彼は謎を解いたというよりは、何かに驚いたような不思議な表情をしていたのをよく覚えている。
「レポートよこせ」
それを聞いた僕は、部屋の鍵をオートマタに預けた。彼女は風のような速さで四階まで駆け上がり、僕の部屋から聞き込みの調査票を持って食堂へと戻ってきた。
彼女からそれを受け取り、ジャム・ストライドが無言で目を通し始める。
無論、調査票は何ら変わっていない。今朝あれだけ読み込んでいたのだ。今更新しい発見などあるはずがない。
にも関わらず、調査票を全て読み終えた彼は左手を強く握り、こう言った。
「切断方法が……わかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます