8.ロティール精肉店 肉職人 カナル・ロティール 

名前【カナル・ロティール】

性別【男性】

年齢【二十五歳】

職業【肉職人】

外見【肥満体 顎髭 右手親指爪伸張】


 ロティール精肉店は三代続いた歴史のある肉屋である。昔は牛肉といえばここ、というぐらいに有名で人気があった。部位による旨味の違いを打ち出し、街に牛肉という文化をもたらしたのは間違いなくこの店の功績だ。ちなみに今は牛をまったく扱っていない。


 ――いらっしゃいませ。今日はどういった……ああそういうことですか。あの事件の。おつかれさまです。それにしても迷惑な話ですよね。そもそも浮浪者がいるからこんな事件が起こるんですよ。彼らにもっと国が支援をするべきだと思いますよボクは。

 あの日の夜ですか……家にいましたけどね。あの雨でしたし。店もとっくに閉めてましたよ。うちは十八時には閉めるので。翌朝が早いですからね。店を開けるのは十時からですけど、七時にはもう仕込みで動き始めますから。そうやって朝に締めた鶏を昼に並べるって感じですね。

 肉ですか……ご存知のとおり今はもう鶏しか扱っていません。ボクが生まれる前は牛も豚も羊もやっていましたけど……実際、もう無理なんですよ。吊るして皮を剥いで部位ごとに切り分けてスライスして……食肉が食卓に登るまでには沢山の行程があって、その全てに刃物が必要なんです。それが一切合切できなくなりましたから。

 その点、鶏は羽を毟って糸で切り分けられますからね。いや、簡単ですよ? 関節に糸を巻いて、キュッと引くんです。糸は魔法の糸を使用しています。鬼蜘蛛の糸を魔化してあると聞いています。骨は硬いですけど関節で切るだけならこの魔法の糸で十分です。そんなに力もいりません。鳥の骨格さえ理解していればすぐに出来るようになりますよ。

 ボクですか? 九歳の頃からやってます。当時は朝二十羽捌いてから学校に行く感じでしたね。……嫌でしたよ。手に鶏肉の匂いが付いちゃって洗っても洗っても取れないですから。それでいじめられてた時期もありましたし。今はもう慣れましたけどね。鶏をヒネるのも。匂いが付くのも。まあ、仕事ですから。

 鶏の構造についてもう少し、ですか? 要するに身体は内臓や脳を除くと肉と骨と関節で構成されているわけです。で、関節は曲がらないといけないので骨と骨で軟骨を挟んで繋がっているんですよ。切り分けるならそこがポイントな訳です。軟骨は組織的に柔らかいですから。力がどうというよりは、そのポイントに糸を入れてやる感じですね。いや、言葉で説明するより実際にやってみるのが一番わかりやすいですけどね。まだバラしてないのあったかな……あ、いいですか。じゃあまあそれならそれで。

 爪ですか? 伸ばしてますよ。親指です。ほら。まあそうですね、この指が一番力が入るので。鶏も人もですけど、首のあたりに頸動脈っていう太い血管が走っていて、鶏を逆さに吊してその血管を切って血抜きをするんです。この血抜きで肉の味が決まるんですよ。朝一でひねって血抜きします。その時に親指で。そういうことです。そういう意味では爪の長さはそんなにいらないんですよ。動脈まで届けばいいだけなので。 

 あ、爪ですけど折るとかして指先から離れてしまうと切れなくなりますからね。人体の一部として存在している間だけ例外的に切ることが許されているのでしょうねきっと。神様に。

 ……念のために言っておきますけど、ボクは殺していませんよ。確かにボクはある意味で毎日生き物を殺してはいます。恐らくですけどボクが人の頸動脈に深く爪を立てたら殺せると思います。鶏と同じように。でもボクは人を殺そうとか殺したいとかは思ったことはないです。仕事でも毎朝必ず神に祈りを捧げてから始めるようにしています。それが命を頂いて生活しているものの務めだと思っています。命を奪う代わりに、美味しく頂き、頑張って生きる。それ以外にないと思いますけどねボクは。

 あ、ひとつ聞いてもいいですか? シャトーブリアンって食べたことありますか。あ、それです。牛の希少部位の。今はそういうのを切り分けたりできませんから。ステーキにすると最高らしいですね。あ、そうなんですか。いいなあ。父からも母からも話は聞くのですが、家族でボクだけが食べたことがなくて……さぞかし美味しいんでしょうね。一度でいいから食べてみたいなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る