第12話 オーク、蠢動す
コーネリウスは
「すみませんね、わざわざ足を運んでもらって」
里の中心に建つ集会場まで移動すると、コーネリウスは物腰柔らかく声を発した。
口角を微かに上げた精悍な顔立ち。しかし今、糸のように細い双眸だけが笑っていない。やはり里の防衛にかかわる案件なのだとオスカーは察する。
「いったい何があったんだ?」
「哨戒に出した
「……詳しく頼む」
瑠璃雀は蒼鏡の森に生息する小鳥の一種で、その名のとおり深い青色の羽をもつ雀だという。鳴き声の高低や長短を使い分けて仲間どうしで「会話」を行う習性で知られ、里のエルフたちは代々、この瑠璃雀を飼い慣らして諜報や連絡のために利用してきた。
そこまでは理解できる。
鳥を使うか獣を使うか虫を使うか、地域によって違いはあれど、こうした手法を用いる集落は珍しくない。オスカーのいた白亜の里でも木鼠を放って情報収集していたものだ。
それが「集まろうとしている」とはどういうことか。
「オークを追跡させていたんですよ」
オスカーは眉間に皺を刻んだ。
鳥にオークの動きを見張らせるという
となると、問題は――
「つまり、オークが移動しているという意味だな?」
「そういうことになりますね」
コーネリウスが首肯する。
「追跡役の二〇羽すべてが森の北側に向かっています。現在は連絡役の瑠璃雀を使ってこちらに戻させているところですが……どう考えます、オスカー殿?」
オスカーはいよいよ眉間の皺を濃くして思考を回す。
「瑠璃雀が働けるのは日中だけだな?」
「残念ながら。彼らは夜目がききませんからね」
ということは、自分が変身のルーンを使ったり、オークやリカントロープを屠ったりといった場面は見られていないわけだ。
好都合ではあるものの、さしあたって重要なのが自分のことでない以上、朗報とも言い切れない。
「つまり、オークは昼でも構わず動いているわけか……」
オスカーの知る限り、オークの活性が上がるのは夜だ。暗くなるのを待たずに行動しているということは、よほど急ぎの用があるとみえる。
「この森に何匹のオークが徘徊していたかは知らんが……無作為に選んだ二〇匹が例外なく一つの場所に向かっているというなら、やはり軍勢として何らかの目的に沿って行動していると考えるのが自然だな……」
術者である魔導士、もしくは統率個体となる亜人種が糸を引いている。おそらくは、そいつこそが不可侵条約の締結を持ちかけてきた張本人。
――繋がった。
オスカーは険しい顔でコーネリウスに詰め寄り、語気を荒げた。
「悠長に話してる場合じゃない。戦える人間を集めて先制攻撃をかけるべきだ、今すぐに!」
「ほう。それは何故?」
「教団がオークどもを一箇所に集めているのは、こちらを攻める手立てを整えようとしているからだ。奴らは森に火を放つつもりだぞ!」
さほど難しい話ではなかったのだ。
教団の主力であるオークは、森のマナから活力を得ることができない。いかに連中が肉体的に頑強だろうと、森に愛され森を知り尽くすエルフと事を構えようとしたら、まずは森という地形の不利を引き剥がそうとするはず。
下っ端のオークはともかく、指揮官となる魔導士や統率個体には、その作戦を練りあげられるだけの頭脳がある。
「――さすがですね」
コーネリウスは低く唸った。彼の口元からはいつしか余裕の色が失われ、そこから紡ぎ出される言葉は真剣そのものの語調を帯びはじめている。
「実は、私も同じ考えでした。先制攻撃となれば不可侵条約を破ることになるので、私ひとりの判断では提言しづらかったのですが……教団の手口を知るあなたと見解が一致するなら、間違っていないのでしょう」
「言ったはずだ。不可侵条約など奴らにとっては茶番でしかない」
「それも個人的にはまったく同感ですがね。ここ十年ほどの間に里は多くを失いすぎました。わざわざこちらから戦を起こしたくない、というのが皆の本音なんですよ」
「残念だが……」
オスカーは首を振った。
「戦わずして生き残る道はない」
「ごもっともですな。――然らばオスカー殿、あなたにも攻撃隊に加わっていただきたいのですが」
「むろんだ」
コーネリウスは満足したように頷くと、これから忙しくなりますよ、と言い置いて去っていった。実際、長老への進言に戦力の招集にと、彼がやるべき仕事は幾つもあるのだろう。
ヒルデガードとミヒェルの顔が脳裏に浮かんだ。
二人に事態を説明しつつ、準備を整えなくてはならない。コーネリウスに比べれば微々たるものだとしても、たしかに忙しくはなりそうだった。
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