バケ塾の日々 〜キツネミーツタヌキ編〜
山田真椰
第1話
齢500を超える化け物界の巨匠・
その多彩な変化の術により人間界に多くの逸話を残す化け狸の刑部先生が、次世代の化けを体現できる若い化け物を育てるべく創立した“バケモノ塾”。
人間界から結界により隔てられた山奥の、小さな学舎には“化け物”になることを目指す才ある獣や精霊たちが集い、日々、技を磨き合っていた。
バケモノ塾において、美雲は自他共に認める優等生であった。
優秀な化け狐である母と、神の御使い狐を多く輩出した伝統ある一族の血を引く美しい白狐の父を持ち、幼い頃より神に仕える狐になるべく様々な教育を受けてきた。
しかし、美雲は神の御使いの座を得るために、母から継いだ化けの才能を活かすと固く決めたていた。
それが類いまれなる化けの能力を持ちながら「どこの馬の骨どころか狸の骨かもわからないぽっと出」と母の出自を馬鹿し続けた父方の親戚を見返すことになると信じている。
「美雲ー!おっはよー」
小さな足をバタバタと忙しなく動かしながらこちらに走り寄ってくる紅葉は精霊の一種であるコロボックルの女の子だ。
「おはよう。紅葉」
紅葉はぴょんと美雲の肩に飛び乗ると、頭に抱き付いてくる。
「んー。もっふもふ。今日も美雲の毛並みはサイコー!」
「リュックを蹴らないように気をつけてよ。お弁当がぐちゃぐちゃになったら困るもの」
「はーい!ひとの背中には乗り慣れてるから大丈夫っ!」
「自慢にならない!まったく。ちゃんと飛翔の術、練習してる?」
「そうだね。早く僕がいなくても通学できるようになってもらわないと」
声のした方をみやると、月の輪熊のワッカが大きな前足を上げながら近づいてきた。
「おはよう、ワッカ」
「おはよう、美雲。本当、紅葉には早く飛翔の術を覚えてもらいたいよ。ロクな才能もないのに、こんなに長くここに通っているのは僕くらいのもんさ」
「えー!ワッカが一緒に授業を受けてくれないと宿題のレポートを手伝ってくれる相手がいなくなっちゃうじゃん」
紅葉がぷくりとフグのように頬をふくらませた。
「私もワッカが来なくなったら寂しいよ。だからって、紅葉が飛翔の術を覚えなくていいとも思っていないけど」
美雲は笑ったが、紅葉がわざと飛翔の術を練習していないことを知っていた。
紅葉は常にワッカと一緒にいられる理由が欲しいのだ。
ワッカと紅葉は幼馴染で、優しいワッカは小さな紅葉が通学だけで疲れ果ててしまわぬように住処の森からモノノケ道を通り塾に来るまでの間、紅葉を肩に乗せて歩いてくれている。
最初は紅葉の送り迎えだけだったが、毎回、欠かさず紅葉を送り迎えする彼の実直さに目を止めた刑部先生が塾へ招き入れたのだ。
化けの才はあまりないワッカだったが、世話好きで聞き上手の彼は相談役として塾でも男女問わず人気のある生徒になった。
「ありがとう。友達に会えるのは楽しいよ。先生の講義もね。最近は紅葉の送り迎えがなくても来たいと思うようになってきたんだ」
ワッカは歯を見せて笑った。
いい笑顔だが少し怖いのが玉に傷だ。
勤勉なワッカは刑部先生の指導のお陰で一種類の人間の姿なら取れるようになっていた。
今は小さく化けれるように練習をしている。
ワッカの言葉に紅葉はほっとした様子を見せたが、すぐにそれを隠して、話を変えた。
「ねえねえ、美雲。聞いた?今日、新しい生徒が来るんだって」
塾に学年はなく、数人のクラスに別れ先生の講義を聞く他は、個人指導となる。
だから、新しい生徒が入ってくることは珍しいことではない。
もちろん、その逆も。
目的を持って塾を卒業するもの、自分の才に見切りを付けて塾も去るものも後を絶たない。
だから、美雲は人の出入りにあまり頓着しないことにしていた。
もちろん、仲良くしていた子が教室を去るのは悲しいことだけど、自分とて不定期で開催される神の御使い狐の採用試験に受かった暁にはこの塾を去ることになるのだ。
「狸だって噂ね」
「男の子だって!どんな子かな?今度の子は長続きするかな?仲良くなれるかな?」
「紅葉。そんな調子で新しい子に詰め寄ったらダメだよ。シャイな子だったら怯えてしまうし、繊細な子だったら気にしてしまうよ」
ワッカが嗜めると、紅葉はへへといたずらっぽい笑みを浮かべた。
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