告解

 シスター・アンゼリカは「今度」と言っていたけれど、僕はそのまま話を聞くことにした。抱えて帰るには気になるものを聞きすぎた。踏み込みすぎてしまったかもしれないと思いつつ、僕はシスターに導かれるように懺悔室の中へと入る。

 懺悔室には向かい合う僕とシスター・アンゼリカ。二人が向かい合っただけで手狭さを感じる辺り、懺悔室は本当に狭くて息苦しい。ロッカーに年頃の男女が閉じ込められて……などというラブコメを思い出したけど、僕は今、シスターに欲情できるほどのゆとりがない。空気がそれを許さないというか、冗談や下卑た思考は教会の外に追い出されていた。

 シスターは許しを乞うように、床に膝をついて両手をきつく結ぶ。祈りであり懺悔の姿。瞑目し、静かに吐き出されるシスターの呼吸ひとつでさえ、僕は聞き逃すまいと耳をそばだてる。


「神の仔よ、告白します」


 僕を「神の仔」と呼んだシスター・アンゼリカは、その罪を告解する。


 ***


 私の罪を一言で言うのなら……罪を見逃し続けていること、なのでしょう。私はシスターとして、神に身を委ねた者として、すべての人を隣人のように愛さねばならないのに、それができずにいるのです。


 世界は天秤で成り立っています。右と左に、不安定な皿があって、そこにみんなが大切な何かを載せている。片方ばかりに傾かないようにバランスをとるのが世界の秩序であると、昨今の経済学者は説いていたでしょうか。

 私は生産的な社会には適応しきれなかった、罪深い女です。その天秤を歪めている、片方の天秤から取り除くべき重石を握りしめている。それが社会に許されないことだとしても、私は守りたいと願ってしまったのです。


 私には親友がいます。幼い頃から家族のように育った、とても大切な娘です。彼女は――レベッカは鼻の上のそばかすが印象的な、快活な少女でした。敬虔なキリスト教の家に生まれた私とは家庭環境が異なり、彼女の両親は彼女に「自由たれ」と育てていました。施しも、祈りも、何を選びとるかはレベッカ自身が決めればよいと。だからレベッカは私ほどキリスト教徒として……言い方は悪いですが敬虔ではなかったし、恋多き少女でもありました。

 レベッカは特段華やかな顔立ちをしているわけではありませんでしたが、持ち前の明るさと社交的な性分が奏功し、多くの人間関係を咲かせていました。女の子からは話していて楽しい少女に見えたでしょうし、ボーイフレンドもたくさんいました。レベッカは自由な人間関係を築き上げ、その花が咲いては散っていくのを私は少し離れたところで眺めていたように思います。キリスト教のシスターになる未来が約束されていた私にとって、レベッカは羨ましくもあり、恐怖でもありました。


 レベッカが私の家である教会に飛び込んできたのは、寒い日の夜明けのことでした。十五年前の三月七日――まだ朝晩の冷え込みが厳しい時期だったのを、はっきりと覚えています。

 教会の奥にある自宅で眠っていた私は、何やらドタドタと騒がしいフローリングの音で目を覚ましました。「温かいシャワーがあるわ」「バスタオルもすぐに用意する」「そうしたらスープでも飲みなさい、心配しないで、ここに君の敵はいない」会話しているのは私の両親です。シャワー室の扉が開かれ、水音がタイルに跳ね返る情景が想像できます。

 どうやら両親は誰かの世話をしているようです。人目を憚る時間に教会を訪ねるものは少なくありません。抱えきれない罪の懺悔や身寄りのない子供が置き去りにされていたりと、そのたびに両親は慌ただしく動き回るのです。隣人愛を実践するのもありましょうが、それを抜きにしても両親は甲斐甲斐しい人間でした。


 ただ、返ってきたか細い声に私は息を呑みました。泣きじゃくって上擦っていても私にはわかりました、確信を持っていました……それがレベッカのものであると。

 私は寒さも忘れてパジャマのまま、部屋から飛び出しました。


 突然現れた私にレベッカも両親も困惑していましたが、すぐに両親は気を持ち直して私にも手伝うよう命じました。私がテコでも引かないことを知っていたからでしょう。私は言われたとおりにレベッカの着替えを用意して、スープを火にかけました。シャワー室に消える彼女の首筋には、赤黒い痕が刻まれていました。


 私たちは、当時十三歳でした。初潮を迎え女としての身体に変質していく過渡期に、レベッカは女としての暴力を受けたのです。

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