第63話 グリーンハーブは用法・用量を守って正しくお使いください
あれからしばらく周辺を探し回ってみたが、正常な人間は見当たらなかった。
「こりゃダメだな、多分この街の奴らは全員やられてるぞ」
デイモスは冷静にそう言った。それを聞いた俺は力なく項垂れて、ひとつため息をついた。
「だろうなぁ……もしかしたらあの賢者もやられてるかもしれないし……っていうか、それよりもあの訳のわかんない化け物たちだよ!なんだよあれ!これじゃまんまゾンビ映画の世界じゃんか!ちょっと!誰かショットガン持ってきて!」
ギャーギャーとやかましく騒ぐ俺のことは完全スルーで、ヴェルデがデイモスに問いかける。
「アンデッドのデイモスなら、同じアンデッドのゾンビたちとも意思疎通が出来るんじゃないの?」
しかし、これにデイモスはゆっくりと首を横に振った。
「いや、無理だった。何度か試しては見たんだが全く反応がなかった……あいつらはゾンビでも、ましてやアンデッドでもない。――ただの人間だ」
「んなわけあるか!思い出してみろ、あいつらどっからどう見ても完全にゾンビだったじゃねぇかよ!」
「でもよ、それしか考えられねぇんだよ。どれだけ低能なアンデッドでも、こっちが問いかければ必ず何かは返すんだ。……太郎、ドラゴンゾンビは覚えてるか? 」
突然出てきた『ドラゴンゾンビ』というワードに一瞬ピンと来なかった俺は一旦首を傾げたが、すぐにデイモスと初めて出会ったゾムベル共同墓地で遭遇したあの化け物のことだと思い出した。
「……あぁ、はいはい!墓地で戦った時のやつでしょ?覚えてる覚えてる!」
「あいつは意思疎通が出来なかったけど、返事は返ってきたって言っただろ?『かゆい……うま』って。あのレベルの知能のやつでもできることなのに、出来たてホヤホヤのゾンビが全く反応しないのはおかしいだろ」
深刻な表情でデイモスは言った。
……うん、まぁ言いたいことは分かる。
つまり、街中に溢れているゾンビ……デイモスの話からいくと、ゾンビと呼んでもいいのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎるが、呼び方はとりあえずゾンビにしておく。彼らがアンデッドである可能性は、デイモスの話を聞く限り、非常に低いといえるだろう。
であればだ。一体何が原因で、この街の人間はあのような状態になっているのか。
今、俺が考えている可能性としては、ざっくり2通りある。
1つ目は、未知のウイルスによる感染が人々をゾンビのような状態にした、という……まぁ、ゾンビ映画とかアニメにありがちなパターンがひとつ。
そして、2つ目の可能性が――
「――麻薬に何か仕込まれてた、とか?」
ヴェルデは軽く首を傾げながらそういった。
「……先に言われちゃったけど、俺も麻薬が怪しいんじゃないかと思う」
俺もヴェルデの意見には同意だ。
ここの奴らは街の至るところで麻薬を使用していた。感覚的にはこの街の半分……いや、それ以上の人間が使用していたんじゃなかろうか。
しかし、疑問は残る。
それは、今ゾンビのような状態になっている者全てが本当に麻薬を使用していたのかどうか、という点だ。
もし、ゾンビ全員が麻薬を使用していたということであればこれ以上ゾンビが増えることはなく、討伐隊やらなんやらが直に収束させるだろう。
だが、ケースとしてもっとも最悪なのは『噛まれたら伝染る』こと。
万が一、伝染るパターンだった場合はゾンビの数が無尽蔵に増えるだろうし、何より俺も噛まれたのが非常にヤバい。死ぬのは嫌だが、死ぬまで死肉を貪り食らうゾンビにはなりたくない。
加えて、『噛まれたら伝染る』が仮に正解だったとして、その原因は一体何なのか。
ゾンビが対象を噛むことで体内の麻薬を流し込んでいるのか?それとも『噛み付く』という行為を通して対象に魔法や呪いをかけている?
……これ以上考えてもきりがない。
そう判断した俺はこれらの可能性についてはきちんと2人と共有し、その後で、
「ああああああ誰かああああああ助けてえええええええええ」
絶望しすぎて思わず叫んじゃった。
「うるせぇぞ!!あいつらにばれたらどうすんだ!!」
「そうだよ!!もうちょっと静かにして!!……そんなに不安なら、感染してるかどうか私が調べてあげようか?」
「え!?調べられるの!?」
ヴェルデからの思わぬ提案に俺が目を大きく見開いて、驚きの表情を浮かべる。
「できるよ~!……まだ1回も試したことないけど……。んじゃ早速やってみよう!」
「あれ?今なにか聞こえたような?あれ?ちょっ、ま――」
制止を呼びかける俺の声などまるで聞こえていないヴェルデは、そのままの勢いで――なぜかやたら嬉しそうに――俺に向かって魔法を詠唱した。
「――ヴェルデ魔法!『トゥルーアンサー』!」
その直後、俺の頭上には
『〇』『✕』
が、突如として浮かび上がった。
唖然とする俺とデイモスをよそに、ヴェルデは「やったー!成功だー!」とピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
その喜んでいる様子を見て、ヴェルデは俺を実験台として魔法がきちんと発動するかを試したのだろうとすぐに察した。肝心なことにちーっとも気が付かない恋愛漫画の鈍感主人公じゃないんだから、さすがに気付くって。
しかもヴェルデ、俺を魔法の実験台にしたのこれが初めてじゃないから。ちょいちょい俺を実験台にしてるからね。
…………それについては考えてもしょうがないので、さっさと本題に入ろう。
俺は思わず頭上の〇✕を2度見して、ポカンとした表情のままそれを指差した。
「あの……すいません、ヴェルデさん。俺の頭の上にあるこれは……なんですかね?」
わりとザックリした質問をヴェルデに投げかけた。若干混乱した俺の脳では、これ以上詳細に言語化することは難しかった。これはしょうがない。
そんな俺に対し、ヴェルデはニッコリと笑ってハキハキ答えた。
「これ?私の魔法!」
うん、それは知ってる。
俺が求めている答えとはだいぶ違う答えが返ってきた。やっぱり少し抽象的すぎたと思った俺は、少しだけ落ち着いた頭を動かしてもうちょっと具体的な質問をする。
「ヴェルデが発動させた魔法なのは分かった。それで、この魔法ってどんな効果があるのかなーってことも聞きたいんだけど……」
「あ、そっちか!この魔法を簡単に説明すると、どんな質問にも1問だけ〇✕で答えてくれる魔法だよ!」
「なにそれすごい!そんな便利な魔法があったのかよ!どんな質問にも答えてくれるとか、めっちゃ使える魔法じゃん!」
やたらと大きな声で興奮気味に喋る俺とは対照的に、ヴェルデは目を左右に泳がせながらボソボソとした小さな声で話し始めた。
「……その魔法、実は一ヶ月に一回しか使えないの。しかも、成功率が50%しかないから『ダメかもしれないな~』とか思ってたんだけど、まぁ成功したから終わりよければすべてよし!ってことで!」
「まだ終わってねぇけどな。……で、なんて質問するんだ?太郎の体内に人間をゾンビのような状態にする麻薬があるか、とかか?」
デイモスの冷静な指摘が入る。
「いや、まだ噛んだ相手に麻薬を流し込んでいると決まったわけじゃないから、その質問だと――」
『正しい結果は得られないんじゃないか?』、俺がそう言いかけた時。
「――あぁ、内容は別に『太郎はゾンビみたいになる何かに感染してますか?』くらいで問題ないよ」
「……えらくザックリしてるな」
「ザックリしてても大丈夫、これは魔法だからね。魔法がこっちの意図を察知して、なんか、こう、良い感じの答えをくれるから」
「……あぁ……魔法か……」
………………。ご都合主義?いえ、知らない子ですね。
とにかく!俺は余計なことはこれっぽっちも考えず、頭上の〇✕を見上げてこう呟いた。
「『俺はゾンビみたいになる何かに感染してますか?』」
俺が言い終えたその瞬間、〇が激しく点滅した。
「あ、感染してるね」
ヴェルデがボソッと呟いた声が、やけに響いて聞こえた。
………………。
………………。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!太郎が観葉植物食い始めやがった!気をしっかり持て!」
目の前のグリーンハーブに思い切りかぶりついた俺を、デイモスが必死の形相で引き剥がそうとする。やけに硬いがそんなことは気にしてられない。今は回復することが最優先だ。
俺はデイモスを振りほどき、視界に入った2つ目のグリーンハーブに飛びついて豪快にむしゃぶりつく。
「うるせぇ!!もっとグリーンハーブ持ってこい!……やべぇ、目を瞑ると赤色の心電図が見えてくるような気がする。あ、ハンドガン装備しなきゃ」
「やべぇぞ、幻覚まで見えてやがる!……コイツっ!こんな時だけ馬鹿力出しやがって!一旦冷静になれ!」
俺を羽交い締めにしようとするデイモスをそのまま振り回し、フードファイターも真っ青の勢いで次々とグリーンハーブを食していく。
そんな時だった。俺たちの背後から、どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえてきた。
「――おっ。……って、なんだあんたたちか。てっきり死んだかと思ってたんだけど」
俺たちは声が聞こえた方向を振り向き、その声の主を見たヴェルデが思わず驚きの声を上げた。
「……ッ!だ、ダリルさん!?」
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