第50話 お前にセリフは言わせない


 ――ここは、魔王城のとある一室。

 今、この部屋には魔王をはじめ『七つの大罪』を司る魔王軍の幹部達が一堂に会していた。

 そこで彼らはある衝撃的な情報を耳にする。

 

 「ふむ……あのアンパン魔人がやられたか……」

 

 魔王の部下である『リッチー』のビフロンスから、アンパン魔人についての情報を聞いた魔王は、玉座にどっかりと腰掛けたまま静かに呟いた。 

 そして、同じくそれを聞いていた魔王軍幹部の一部が、不気味な笑みを浮かべる。

 

 「フッフッフ……奴は魔王軍幹部の中でも最弱ッ!」

 

 「人間ごときにやられるとは魔王軍の面汚しだなぁ!?」

 

 ワッハッハといかにも悪役っぽい高笑いを上げる一部の幹部達。しかし、それを黙って聞いていた幹部の一人が割と真面目な顔と声で、

 

 「……あいつ、幹部の中ではそこそこ強い方じゃなかった?」

 

 冷静な発言を聞いた途端、目が泳ぎ出し落ち着きがなくなる一部の幹部達。

 

 そんな分かりやすく狼狽する幹部もいる中、一人の幹部が席から立ち上がり、固く握りしめた拳を高く突き上げた。

 

 「ならばァ!次は私が出ようッ!この魔王軍幹部の一人ッ!七つの大罪の『遺伝子改造』を司るイナゴライダー175号が勇者を屠ってやろう!変身ベルトが直った今、私の敵などもはや存在しなぁい!!」

 

 自信たっぷりの様子でそう語るイナゴライダーに、魔王も納得した表情でゆっくりと頷いた。

 

 「よかろう。ならば次は175号、お前が勇者を倒すのだっ!奴らの息の根を止めてこいっ!」

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 ――俺たちはアンパン魔人やらその他諸々の話が終わって出発の準備をある程度整えた後、長居は無用とばかりにスタコラサッサとあの街を出た。

 そして今は、別の町に向かうために森の中を通る一本道を歩いている。

 俺の前を歩くデイモスとヴェルデ。

 しばらくすると、今まで無言で歩いていたデイモスが話しかけてきた。

 

 「そういえば今ってどこに向かってるん……っておい、太郎お前……なんだその背中のバカでかいスプレーは」

 

 「ん?あ、これはね超強力殺虫スプレーだよ。ここら辺にかなり厄介な虫モンスターが出るらしいって話を聞いて、ちょうど安売りしてたから対策の為に買ってきたんだ。携行式のロケットランチャーみたいでカッコイイでしょ。っていうか、操作もほぼロケットランチャーそのまんまなんだけど。……ほら、この先端を敵に向けて引き金を引く、それだけでいいらしいよ」

 

 背中に背負ってたスプレーを降ろし、実際に撃つ体勢を作りながらすごい丁寧に2人に教えた。

 ……実は実際に構えてみるのはこれが初めてだったりする。くっついていた説明書に記載されてた使い方の部分だけは読んだので、まあなんとか使えるって感じだ。

 

 片膝を地面に付けて体勢を安定させた今、いつ敵が来ても即座に撃てる状態だ。

 

 …………。

 

 「このタイミングで虫モンスター、出てこないかなぁ……」

 

 何気なくポツリと呟く俺。

 

 「そんなタイミング良く出てくるわけねぇだろ。こんな物騒なもん構えてる奴のところに来るのは余程のアホぐらいだぜ――」

 

 デイモスがヘラヘラ笑いながらそう言った次の瞬間、道の横にある草むらから勢いよく巨大な何かが飛び出してきた。

 

 パッと目に入ったのはバッタを彷彿とさせる特徴的な顔面と、まるでもやしのような貧弱な人間の腕が4本、そしてその腕とは対照的に異常なまでに筋肉が発達した人間の足だった。

 

 しかもこのモンスター、その二本足で直立してる。控えめに言っても、すごく気持ち悪い。

 想像してみてほしい。

 人間よりも大きな二足歩行のバッタが、目の前で人間のような4本の腕をわしゃわしゃさせている。

 

 そんな感じで気になる事は山ほどあるが、一番気になるのは……。そうして俺はこのモンスターの腰に視線を落とす。

 

 ……なんでこいつ、仮面ライダーみたいなベルトしてるの?いや、元ネタ的にはあれもバッタか。

 

 けど、アンパンマンのパチモンも普通にいる世界だしあまり深くは考えない。というか、考えたくない。

 

 変身ベルトのようなものを身に付けた二足歩行の巨大なバッタが、わしゃわしゃとその口を動かし何かを話そうとする。

 

 「ハッハッハァ!貴様がゆうs――」

 

 「――喰らいやがれぇぇぇぇぇ!!!!でやああああああああああああああ!!!!!」

 

 俺は容赦なく構えていた超強力殺虫スプレーを噴射した。

 

 ……彼はおそらく登場シーンをかっこよく決めたかったのだろう。そして戦闘前に話しておきたい事も色々あったのだろうが……。

 

 そんなことを考えながら、俺は二チャリと下品な笑みを浮かべる。

 

 そりゃあもう躊躇なんかは全くせずにぶちかましちゃうよね。

 敵が隙だらけの状態でベラベラ喋ってる話を、ご丁寧に最後まで聞いてやる義理はないわけで。本当に勝ちたいのであれば、そんな絶好の機会をみすみす見逃すわけが無い。

 

 不意打ち上等!騙し討ち最高!

 

 この言葉を頭の中で繰り返し叫び、「ウハハハハハハハハハハ!!!!」と幸せそうな表情でドスの効いた笑い声をあげる。

 

 ……デイモスとヴェルデが蔑むような視線をこちらに向けてくるのだが、何故だろうか。

 

 まあいい。

 

 噴霧された大量の殺虫剤でバッタ型モンスターの姿が完全に覆われる。

 辺り一面が真っ白になってモンスターの姿は視認できないが、

 

 「ぎゃあああああああああああああああああああああ――――!!」

 

 と、いかにも断末魔の叫びっぽい声が聞こえてきたから多分効いてる。

 

 しばらくすると殺虫剤も薄くなり、何故かヤムチャのポーズで息絶えたモンスターの姿が見えてきた。

 

 「おおおっ、すげぇなこのスプレー。本当に効果あるんだな」

 

 倒れたモンスターの姿を見て、デイモスが至って冷静な口調で呟くように言った。

 

 「お前、もしかしてこのスプレーの事、信じてなかった?……あっ、てかヤバい。このモンスター1匹に3分の1も使っちまった」

 

 残量を確認すると、さっきまではMAXだったメモリが今は3分の2にまで減ってしまっていた。

 

 「それにしてもこのモンスター……一体なんだったんだろうな。俺が噴射する時に何か言いかけてたけど……ってちょっとヴェルデ、さすがにそんなに近づくのは危なくないか?」

 

 ヴェルデはちょこちょこと倒れたモンスターに近寄り、その死体をいじくって何かを調べているようだ。

 

 「残念……そこそこ魔法の耐久もあるみたいだし、私の魔法の実験台に丁度よさそうだったのに……。そうだ!ねぇ、このモンスターの腕、4本もあるんだし1本だけもらっていいかな?」

 

 俺の予想の遥か上をいくサイコパスっぷりに思わず絶句してしまう。

 俺の代わりにデイモスがため息をつきながら、渋々首を縦に振った。

 

 それを確認したヴェルデは嬉嬉として、一体どこから取り出したのかサバイバルナイフを右手に持った。

 

 やっぱりこいつは仲間にしてはいけないタイプの人間だった……ッ!と、後悔の念に駆られながら、腕をもぎ取る生々しい音を聞かないように耳を塞いでさっさと一本道を歩き出した。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 「魔王様、ご報告があります」

 

 ビフロンスは玉座に腰掛けた魔王の前で、跪座の形を取りながらそう言った。それを受けた魔王は、すぐに何のことについての話かを察したようで驚愕の表情を浮かべた。

 

 「……まさか175号の奴、もう勇者を倒したのか!?つい数時間前に倒しに向かったばかりではないのか!?」

 

 「いえ、違います。175号が勇者に倒されました」

 

 「……えっ?」

 

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