第32話 悩んだっていいじゃないか 人間だもの

 ギルドから逃走してきた俺は、今は結構大きな公園に設置されているベンチに座って、ガックリと項垂れている。

 

 ――俺は初めに『ギルド』と聞いた時、若干ではあるが期待していたんだ。

 

 「きっとギルドに加入してからが、俺の異世界生活の本当のスタートなんだ!」と。

 もちろん『最強の魔法使い』がいるという期待もあったけど。

 

 ……だって、ここまで起こった出来事なんて本当に信じられないような事ばっかりだったから、正直ぶっちゃけるとそう思わないとやってられなかった部分が大きい。

 

 魔王の手先のドラグノフに、ドラゴンゾンビの二連続でのドラゴン戦。そして、ハルマに来る途中にわらわらと集ってきた大量のモンスター。

 

 人外じみたチート能力も、誰もが度肝を抜くような特殊能力も持っていない俺に出来る事は何もなかった。

 なんなら、魔法も使えなければ戦闘力としては赤ちゃん以下らしい。

 ドッデ村で会った討伐隊のベルドルム隊長も言っていた。

 

 『魔法が使えなければ赤ん坊以下だ。そして、人間として扱われない事もある』

 

 確かこんなニュアンスのことを言っていたはずだ。

 そう言われた時はあまりピンと来なかった。宴会の場で酒が入っていたから、というのもピンと来なかった理由の一つだろうけど。

 けど、隊長が言っていたこの言葉と同じような事をデイモスにも言われた。

 

 『俺以外に魔法が使えない事を絶対言うんじゃねぇぞ。周りに知られたら何をされるか分かったもんじゃねぇからな』

 

 ……何だか物凄く恐ろしい事をサラリとのたまったデイモスに、バレたら何をされるのか恐る恐る聞いてみたが、あいつはただヘラヘラ笑っていただけだった。

 

 この世界の人間は魔法を使えるのに、勇者として召喚された俺が使えない訳が無いだろう。

 だから、ギルドに入ればきっと俺の中にある何かしらの能力が目覚めて、本当の意味での勇者になる事が出来るんだ――。

 

 そう思っていた時期が私にもありました。……あのギルドを見るまでは。

 だが、あのギルドの様子を見て俺は瞬時に察した。察してしまった。

 

 ここでは俺の期待するような事は絶対に起こらない、と。

 

 それすなわち、赤ちゃん以下の戦闘力しか持たない勇者確定の瞬間だったわけで。

 そして、それを理解してしまった俺は頭が真っ白になり、その勢いのままハローワーク……じゃなくて、ギルドから飛び出したのだ――。

 

 

 俺は呆然と疎らに雲がかかった空を見上げながら、重たいため息を一つ吐いた。

 

 これまでの出来事を通して自分の非力さは思い知っていたはずなのに、ほんの僅かでも希望が見えれば過度な期待を持って飛びついてしまう。

 どうせ俺はこの世界の普通の人と比べるとちょっとだけ悪知恵が働く程度で、後は魔法も何も出来ない一般人以下のクソ雑魚勇者だってのに。

 

 そんなことを考えていると、不意に正面から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 「ようやく見つけた……ったく、余計な手間ぁ掛けさせやがって」

 

 その声を聞いて俺は見上げていた空から、目の前の声の主へと視線を向ける。

 

 「……デイモスか」

 

 「……どうしたんだよ、いきなり奇声を発しながらギルドを飛び出したりして……。とりあえずほら、自販機からお茶買ってきたからそれ飲んで一旦落ち着けや」

 

 デイモスはそう言ってペットボトルに入ったお茶を手渡してきた。

 俺は「サンキュー」と呟き、受け取ったペットボトルのキャップを開けてゴキュゴキュと喉の奥へとお茶を流し込む。

 

 「……っ……っ……ぷはーっ!お茶うめぇ!」

 

 「そうかい、そりゃ良かったな。これで少しは落ち着いただろ」

 

 ため息混じりにそう呟いたデイモスは次の言葉の間を一呼吸開けると、真剣な眼差しで俺を見つめながらこう言った。

 

 「……太郎、ギルドでのお前の様子は明らかに普通じゃなかった。あの時お前に一体何が起こったのか、俺に話してくれねぇか?」

 

 「…………」

 

 これに対して俺は無言という返答を返す。

 何を言えばいいのか分からない。ありのまま、この葛藤を口に出せばいいのか、だが信じて貰えるとは思えない。

 何故なら俺の葛藤は『異世界から勇者として召喚された』事が前提となっているからだ。

 少なくとも俺だったら、いきなり言われてあっさりと信じるなんて出来ない――。

 

 顔を俯かせて悶々と考え続ける俺を見たデイモスは「ふぅ」とひとつ吐息をつき、俺の隣に静かに腰掛けた。

 

 「まあいいさ。人間なら誰だって人に話したくない事の一つや二つぐらいあって当たり前だろうよ。人のそういうもんを深く詮索してやろうと考えるほど俺は腐っちゃいねぇ。……腐っちゃいねぇ」

 

 『腐っていない』の部分をやたらと強調していた事はさておき、デイモスの率直な言葉を聞いた俺の心が激しく揺らぎ始める。

 俺は俯いていた顔を上げ、隣のデイモスを見た。

 

 「……今から話す内容はかなりぶっ飛んだ内容だぞ。お前は俺を信じてくれるか?」

 

 するとデイモスはフッと笑い、俺の肩をぽんと叩いた。

 

 「分かんね」

 

 白目を剥いて仰け反る俺に向かってさらに言葉を続ける。

 

 「分かんねぇよ。まずは聞かなきゃ判断出来ねぇだろうが。話を聞く前から『うん分かった!信じる!』なんて簡単にほざいてる奴ほど信用出来ねぇと俺は思うがね」

 

 そう言うとデイモスは、ベンチの背もたれにもたれかかって空を見上げる。

 

 「……ただ一つだけ言っておくが、たとえどんな話だったとしても俺はお前を見捨てねぇ。あの時、あの絶望的な状況の中で、お前が俺を見捨てなかったように」

 

 『こいつなら信頼出来る』

 

 直感的にそう思った。

 同時にデイモスに全てを打ち明ける覚悟も決まった俺は口元に小さな笑みを浮かべる。

 

 「……決めた。俺はお前に全てを話すよ」

 

 

 ――そうして俺はデイモスに、異世界に来てからここまでの重要な事は全て話した。

 

 これから一緒に旅をしていく仲間に隠し事をしたままでは何だか気持ちがモヤモヤするし、それに情報共有が出来ていなかった事が原因で万が一の事態が起こる可能性もある。

 そういった点を考慮しても、ここで話す事でマイナスにはならないと考えた。

 

 俺の話が全て終わった後のデイモスは、腕を組み神妙な面持ちになっていた。

 

 「――なるほど。魔法も何も無い別の世界から召喚されてきたとか、お前も色々と経験してきたんだなぁ」

 

 しみじみと呟くデイモスの様子を見て、俺はホッと安堵の吐息を漏らす。

 

 「……案外すんなり信じてくれたみたいで助かるよ」

 

 「そりゃあ目の前でお前があのドラゴンゾンビを倒した瞬間を見てるからな。『異世界から来た』とか『ドラゴン倒した』くらいなら驚きこそすれ疑ったりしねぇよ。ましてや討伐隊や村の連中もいたってんなら、竜王だかなんだか知らねぇが生きてるドラゴンを倒したって話も疑う理由はねぇだろ」

 

 「それでだ」と言葉を続ける。

 

 「こっから先はどうすんだ?お前の魔王討伐の旅はここで終わりなのか?」

 

 そういったデイモスは、まるで俺が次にどう答えるか分かっているかのように、こちらを見てニヤリと笑った。

 

 俺も負けじと口角を上げながら、座っていたベンチから勢いよく立ち上がる。

 

 「まだだ!まだ俺の冒険の旅は終わってなぁい!いっぺん決めたことは(極力)最後までやり通す!『努力・友情・勝利』!俺はこの三つのスローガンを掲げて、この異世界で勇者として魔王をぶっ倒してやんよぉ!」

 

 やたらとオーバーな身振り手振りを交えながら、俺は暑苦しくそう語った。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 あれからしばらく時間が経ったが、俺達は未だにベンチに腰掛けたまま動かずに談笑していた。

 

 「いやぁ、一時はどうなるかと思ったぜ。いきなり白目剥いて叫んだかと思ったら、今度はどっかに走って行っちまうんだからよぉ」

 

 「そういえば俺のいる場所よく分かったな。どうやって見つけたんだ?」

 

 首を傾げてそう尋ねた。

 するとデイモスは自信満々に語って聞かせてくれた。

 

 「ここの公園の名前を見てピーン!と来たんだ。お前さ、前から『勇者』っつってたろ?だからもしかしたらこの公園にいるかも!って試しに覗いて見たら本当にお前がいるんだもん!流石に吹き出しちまったぜ」

 

 思ってもみなかった話をされた俺の目は右へ左へ泳ぎ始めた。

 

 「えっ、この公園なんて名前なの?」

 

 「勇者公園」

 

 ツッコミどころが満載すぎたせいで俺の思考は考える事を放棄し、脳の動きを完全に停止させた。

 

 しかし、こういう時に限ってトラブルというものは起こる。

 

 しばらくして意識を取り戻した時、隣のデイモスからある言葉が耳に入る。

 それを聞いた瞬間、俺の脳は一気に覚醒状態まで戻ってきたのだった。

 

 「――あれってさっきギルドまで案内してくれた女の子じゃねぇか?なんか厳つい奴らに囲まれてんぞ」

 

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