第5話 テンプレなんざクソ喰らえ
俺は今公園のベンチに腰掛けて、先ほど購入した『ヒノキの棒』を虚ろな目で眺めている。
実はあの後すぐに、俺はホームセンターへと向かった。
その理由としては、武器屋では『ヒノキの棒』という商品名で角材が1200ゴールドで販売されていたが、果たしてホームセンターで全く同じような角材は何ゴールドで売られているのだろうと気になったのだ。
300ゴールドだった。
俺はその値札を見た瞬間、手に持っている1200ゴールドの木の棒を真っ二つにへし折りたい衝動に駆られた。
まあそんなわけで、ほとんどボッタクリであることを知ってしまったため、俺は今少々へこんでいるのだ。
……気分を入れ替える為に、今の状況を簡単に整理してみようかな。
取り敢えず、ここが異世界だという事は分かった。
そして、俺はこの異世界に勇者として召喚された、という事も。
何はともあれ、まずは装備を整えなきゃいけない!けど、渡された金は1500ゴールド。
その内、1200ゴールドは武器代(ヒノキの角材)に消えていった。
金がない以上、そこら辺に落ちてる装備を見つけたりする事くらいしか出来ねぇな……。
…………ん?
ここである事を閃いた俺。
ゲスい笑いを浮かべながら早速行動に移るため、今来た道を引き返して街の方へ歩を進める。
俺は街に向かって歩きながら、王の言っていた話を何度も頭の中で反芻する。
『―――お主には勇者として魔王を倒して来てもらいたい』
そうだよ、俺は勇者なんだよ。
なんでもっと早くこの方法が思いつかなかったんだ。
俺は今までゲームの中で培ってきた経験と、ゲーマー的直感を駆使して『勇者としてしなければならない事』を考える。
そして、早速行動に移す事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王は一人、自室兼執務室にある椅子に腰掛け紙の上でペンを走らながら思慮を巡らす。
勇者を送り出してから約4、5時間ほどが経過した頃だ。果たしてあの男は本当に世界を救えるのだろうか。
とその時、自室の扉をコンコンとノックする音が聞こえてきた。
それから数秒遅れて声が聞こえてくる。
「セバスです。陛下にお伝えしたい事が」
「……入れ」
それから数秒遅れて扉が開き、その向こうからタキシードを身につけた『セバス』と名乗った白髪の男性が入ってくる。
セバスは静かに室内に入り音を立てずに扉を閉めた。
「失礼致します、陛下。実は衛兵隊長殿が至急、陛下に会わせてほしいと仰っているのですがいかが致しましょうか」
「構わん、すぐにここに呼んでくれ」
「畏まりました」
――しばらくすると頭部以外を銀の鎧で覆った屈強な男が現れた。
「―――国王陛下、お久しぶりでございます。この度は………」
衛兵隊隊長が礼儀正しく挨拶をしようとした動作を、王は途中で片手で制する。
「今回はかしこまった挨拶はいい。それよりも、何か急を要する事態が起きたのだろう?」
「はい。それが……先ほど勇者を名乗る者を拘束致しまして……。本来であれば陛下のお手を煩わせず我々で処理する問題なのですが、前々から話で聞いていた『異世界から勇者を召喚する日』が今日だったという事もあり念の為にと……」
衛兵隊長は続ける。
「そもそもこの情報は各組織のトップを含むごく一部の人間にしか知らされていないはずなので、本来であればこのタイミングに勇者を騙る者などいるはずがないのですが………」
嫌な予感を感じた国王は。
「………とりあえず、その者を連れてこい」
「はっ!承知しました!直ちに連れて参ります!」
そう言うと衛兵隊長はくるりと踵を返し、扉を開いて部屋を一旦後にした。
それから数分と待たずに再び扉が開かれた。
開かれた扉から隊長の姿が最初に目に入った。隊長は片手に縄を持ち、こちらからは扉の影になって見えないが、確かに誰かを連れて来たようだ。
「さぁ、早く中に入るんだ」
連れてこられた者は隊長の指示にきちんと従っているようで、ピンと張っていた縄が徐々に緩んでいく。
そしてその者の姿が見えた時、王はあまりの衝撃に絶句した。
現れたのは、つい数時間前に旅立ったはずの勇者――手錠を両手にはめられた山田太郎だった。
「すんません王様、なんか捕まっちゃいました」
あっけらかんとそう述べる勇者を、王は呆然と見つめる。
「……この者は、なぜ捕まったのだ?」
王はなんとか声を振り絞って衛兵隊長に尋ねた。
すると、隊長は懐から折り畳まれた書類を取り出し、それを淡々とした口調で読み上げ始めた。
「……まずは、壺や樽などの器物損壊が三十一件、さらに不法侵入と強盗が合わせて七十八件、挙句の果てには職務中の王国職員に執拗に話しかけたことによる公務執行妨害。しかも、これ全部をたった1人で三時間の間に起こしています……」
隊長はさらにその補足説明を加えた。
「被害者の話を聞くと、男は『こんにちはー!』など挨拶をしながら堂々と玄関から侵入。そのままの足でタンスやクローゼットに向かい、室内を物色。あまりの事に驚き硬直していた住民に、『薬草とかってあったりします?』、『ちいさなメダルはないのかぁ……』などの意味不明な発言を繰り返し、強盗や器物損壊を繰り返したようです。……よくもまあ、この短時間でこれだけの事が出来るもんですね」
「まあ、勇者ですから」
「いや、お前の言っている意味が分からん」
隊長は冷徹にそう言い放つ。
しかし、勇者は何故かこの発言に対し非常に興奮した様子で。
「人ん家のタンス漁ったり、置いてある壺をぶっ壊すのは勇者の特権だろうがァ!!」
「いや何そのお前の中にある歪んだ勇者像。知らねーよ」
「しかもだ!公務執行妨害とか言ってるが、俺が話しかけたのは村人だけだ。断じて公務員なんかじゃなかった!」
「お前に執拗に話しかけられて邪魔されたと、被害を受けた本人が言っているんだ!覚えていないのか!?」
しばらく考え込む勇者。
すると突然ハッと顔を上げおずおずと話し始めた。
「………それってもしかして、あの街の出入り口近くにいた何回話しかけてもニコニコして『ここはフツーノ王国です!』しか喋らないあの人のこと……」
「そうだ、あの人はきちんとした王国職員だ」
「ヒエッ、マジかよ。てっきり何回か話しかけたら、チート武器が手に入る隠しイベントが発生するんじゃないかと思ったんだがなぁ……」
「そんなわけないだろう!それになんだ!隠しイベントって!」
「隠しイベントをご存知でない!?………それはだな――」
「――もういい。こっちまで頭がおかしくなりそうだ……」
「あぁ、そう……ん?今、俺の事を遠回しに頭のおかしい奴っつったか?」
「おっと、そう聞こえたか?これは申し訳ない。私も自分の本音を隠し切れないとはまだまだ未熟者のようだ」
「ふ、ふーん、そうなんだー。それじゃあ精神と時の部屋とかそんな感じの場所で、あと100年くらい自問自答を繰り返せば一人前になれるんじゃねぇかなぁ?」
数センチの至近距離で睨み合い今にも殴り合いになりそうな二人に対して、王はため息混じりにこう言った。
「もう良い。それよりも……、勇者よ。今回の事は私の方で何とかしておこう。これからはくれぐれも気をつけてくれ」
「あ……はい、すみませんでした。…………それで、あの〜……俺が町中走り回って見つけたアイテムって、どうなるんですかね……」
「すべて没収して本当の持ち主に返すに決まっているだろう」
「…………そっすよねぇ」
すごく残念そうに肩を落とす勇者を見た王は呆れたような表情で衛兵隊長に指示を出した。
「このおと――勇者殿を外までお連れしてあげなさい」
その指示を受けた隊長はすごく嫌そうな表情を一瞬見せたが、言われた通り勇者を連れていった。
――その後、一人部屋に残された王が頭を抱えて盛大なため息を漏らしたのは言うまでもないだろう。
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