第2話 王の苦悩

 太郎が出発してから3時間ほどが経過した頃、冷静さを取り戻した王は1人玉座に腰掛けながら頭を抱え、大きなため息をついていた。


「まさか、こんな事になるとは……。我々はこれで終わりなのか……?」


 ―――王がここまで深く思い詰めているのには理由がある。


 実は最近、魔王の率いている魔王軍が急速に力を付けてきているのだ。

 以前は、王国が組織する魔王軍討伐隊の戦力でも問題なく退けられていたのだが、今は敵1体に対してこちらは10人で攻撃しても倒し切れなくなっている。


 そこで考えた打開策が『勇者の召喚』だった。


 実は太郎を召喚する儀式には、あるアイテムを使用していた。

 『神器』と呼ばれるそのアイテムは、王家が古から代々引き継いできた世界でも一つしか存在が確認されていない大変貴重なものだった。

 さらに、その神器を使う事でしか召喚の儀式は行えない上に、神器は一度使用したら消えてしまうという制限がついていた。


 つまり魔王を倒す事が出来るかは、この一度きりの召喚の結果次第だった。


 王は神器を過信していた。


 このアイテムを使えば、世界は救われるのだと。

 だからてっきり魔法と特殊能力の両方が、この世界の者よりも遥かに優れた『勇者』と呼ぶに相応しい人物が来ると思っていた。


 だが、現実は違った。


 実際に来たのは特殊能力どころか、魔法すら使えないただの人間。


 ―――いや、魔法が使えなければ、この世界ではただの人間以下である。


 この世界の人間は老若男女を問わず、誰でも魔法を使うことが出来る。


  それこそ、赤ん坊ですらも。


  その根拠として、まだ生後間もない赤ん坊が魔法を発動した、という記録が年に2、3件は報告されている。


 つまり、この世界で魔法が使えないということは、赤ん坊よりも劣る、ということなのだ。


 そんな世界であるが故に、どんな役職でも昇格、昇進するには魔法の熟練度、特殊能力の効果が深く関わってくる。それゆえ、上位の役職には必然的に能力の高い者が集まってくる。


 『力なき者は上に立つ資格なし』


 魔法、特殊能力があるからこそ成り立っている、絶対的なまでの「魔法・特殊能力至上主義」の社会。

 その概念が現社会を組み立てている基盤の一部となっているため、『魔法が使えない』事に対する拒否反応は上位の者になればなるほど顕著にあらわれる。


 貴重な神器を使用したにも関わらず、現れたのは赤ん坊以下の力しか持たないただの男。

 王の感じた絶望は、筆舌に尽くし難いものであった。


 だが、王は諦めてはいなかった。


 アイテムが数多くある異世界から選び出したあの男の可能性を。

 何故、魔法や特殊能力を持たない者を神器は選んだのか。

 一体、彼の何が特別だというのか。


 『あの男が、世界を救う』


 そのとてもとても小さな可能性に王は賭けてみることにした。


「頼む、君だけが……世界の、全人類の希望の光だ」

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