15 気づいてしまった

 得意げな顔をしている本田さんと、その横には厳つい顔の男子二人。

 一人は、側頭部を剃り上げて、他の髪はツンツンと逆立てている。

 もう一人は、金色に限りなく近い茶髪のアシンメトリーな髪型をしている。

 どちらも、明らかに私より髪にお金がかかっている感じだ。そして、二人とも眉毛が半分しかない。

 どうして眉毛がないんだろう。そういう部族なのだろうか。何かの組織に所属する証として、眉毛を半分、差し出したのだろうか。そんな妙な部族とか組織とかと、接点を持った覚えなんてないのだけれど。


「え、えーと……」

「ちゃんと『用があるならてめぇが来いよ』って言ってやったからね!」

「えー⁉︎」


 言ってない言ってない! と、私は慌てて否定する。怖い。本田さんの中には一体どんな翻訳機能がついているのだろう。ポンコツじゃねーか。

 そんなふうに言われて連れて来られたからか、男子二人はムスッとしていた。ただでさえ愛想のないお顔が、さらに近づきにくいものになっている。

 それでも来たということは、私に用があるということか。


「それで、何の用……?」


 ヤンキーに縁はないんだけどな、と思いつつ、私は尋ねた。だって、これまで品行方正なただのオタクで生きてきたのだ。頭の中以外で悪さをしたことはない。


「お前、涼介と仲良いんだろ?」


 ツンツンのほうが、まず口を開いた。


「北大路がどうかしたの?」

「いや、俺たち軽音部なんだけど……」

「パンツか⁉︎」


 アシメの口から軽音部という言葉を聞いて、私は慌てて二人から距離をとった。

 あぶねぇ。危うく私はまたパンチラ写真を盾に脅されるところだった。


「は? パンツ? ……俺たちさ、盛田から話を聞いて……」

「見たのか⁉︎」


 おのれ許すまじクソビッチ!

 あのとき消したと見せかけて、このヤンキーたちに私の恥ずかしい写真を見せたに違いない。

 何が悲しくて、私が私のためだけに履いているパンツを人に見られなければならないのだ。私が一体何をしたっていうのだ。


「あの、メーちゃん落ち着いて。この人たちの話を聞いてあげよう?」


 怒髪天を衝く勢いで拳を握りしめる私を、サナがなだめにかかってきた。何でそんな野生動物に立ち向かうみたいな姿勢なの? と思ったら、私の鼻息が尋常じゃなく荒々しくなっていたからだった。


「軽音部の人が、盛田さんに一体何の話を聞いて私のところに来たの? 言っとくけど、脅しになんて屈しないからね!」


 どうどう、とサナに制止されながら私は眉毛が半分しかない二人に言ってやった。

 けれど彼らは、まるでわからないという顔をしてこちらを見ている。


「涼介がバンド辞めた本当の理由を聞かされたんだよ。今までてっきり、あいつが悪いって思ってたけど、そうじゃないなら戻してやってもいいかな……って思ってさ」


 ツンツンがそう言って、それにアシメがうんうんと頷いた。あ、パンツじゃないんだ、と思ったら安心したけれど、冷静になると今度はその上からの物言いが癇に障った。『戻してやってもいい』って、一体何様のつもりなのだろう。北大路は、盛田さんとの出来事を伏せて、自分の意思で退部したのに。


「姫川さんに何て口聞いてんだよタコがっ」


 私がイラッとしたのを感じ取ったのか、本田さんが半眉二人に痛烈なキックを食らわせた。しかも口調が…… 。それを見て「あ、この人って根っからの舎弟気質なのか」、と気がついた。


「で、北大路をバンドに戻してやってもいいっていう気分になったのはいいんだけど、それが私に何の関係があるの?」


 本田さんをなだめつつ私はそう言った。とりあえず話を進めないと、この状況から抜け出せないから。

 私は周囲の視線を感じて落ち着かなくなっていた。教室で作業している人たち全員が、こちらに神経を集中させている気がする。

 そりゃ、こんな半眉が他クラスから出張って来てたり、その半眉を本田さんが蹴っ飛ばしてたりしたらワクワクしちゃうだろう。でも、だからって一緒になって好奇の目に晒されるのは嫌だ。


「いや、それで、涼介と仲良いんだったら、姫川……さんのほうから話通してもらえればなって……俺たち、あいつが辞めるとき散々言ったから、今さら声かけにくいっていうか……」


 何かあればまた蹴っ飛ばしてやろうと腰を低くファイティングポーズをとっている本田さんと、ニヤニヤしながら眺めているサナの視線に怯えて、半眉二人は寄り添ってどんどん小さくなっていっていた。

 本田さんについては、私も怖いと思う。見た目とのキャラが違いすぎる。

 でも、サナはただ単に男が二人いたらどっちが右か左か考えるのが楽しいだけで、害はないのだから許してやってほしい。サナ曰く、「男ふたりが同じ画面にいたら、それ即ち恋の予感」らしいから仕方がない。


「もう、面倒くさいからここに北大路を呼ぶね。来たら三人で話せばいいでしょ? あと、本田さん。長く引き止めちゃってごめんね。作業に戻って大丈夫だよ」


 私はスマホで北大路にメッセージを送ってから、本田さんにそう言った。「また何かあったら言ってね」なんて嬉しそうに手を振って本田さんは去っていったけれど、あなたの姉御になった覚えはありませんよ! と言いたい。



 サナにギラギラした目で見つめられ続けて、ツンツンとアシメがいよいよ怯え出した頃、ようやく北大路が教室に戻ってきた。


「どうしたんだ姫川! 俺の姿が見えなくて寂しかったのか? もう戻って来たからな」


 北大路はそう言って、爽やかに手を振ってくる。

 ああ、これこれ! この殴りたい感じを待っていたのよ! と、さっきの長谷川くんに感じたイライラも含めて北大路にぶつけようと私は拳を握った。


「姫川は人手が欲しくて北大路を呼んだんだよな? 俺も来たから安心しろ」


 なぜかひっついて来ていた平山が、そんなことを言って話をややこしくする。何だかんだ言って、北大路と二人で作業をしていたらしい。目ざとく気づいたサナの目がキラリと光る。やばい。これは“恋の予感”認定されたらしい。


「平山に用はないから黙ってて。北大路、軽音部の人たちが話があるって」

「あ……」


 私に言われてようやく気がついたらしく、北大路はアシメとツンツンに視線をやった。

 でも、当然といえば当然だけれど、嬉しそうな顔はしなかった。

 無表情に見える顔で、北大路は二人を見つめている。二人も、居心地悪そうにしながらその視線を受け止めていた。


「この人たち、盛田さんに話を聞いてきたんだって。それで、北大路にバンドに戻って来ないかって」


 男三人が見つめ合ったまま、しばらく何も話し出す気配がなかったから、仕方なく私はそう言った。

 厳つい男子二人とイケメン北大路が見つめ合って無言だなんて状態、これ以上見ていられない。サナは、いつまででも見ていられるという顔をしているけれど。サナの目つきから解釈するに、たぶんツンツンとアシメからの矢印が北大路へと伸びているみたいだ。


「……なら、場所変えるか」


 北大路がそう言って歩き出したのを合図に、私たちもぞろぞろと移動を開始した。サナと平山までついてくるから、よくわからない御一行様になっている。




「……ツバサとケイは、どこまで知ってるんだ?」


 場所を体育館へ向かうための連絡通路に移して、北大路がまずそう口を開いた。ここなら人通りは少ないし、運良く文化祭の準備に使っている生徒もいない。

 半眉二人改めてツバサとケイは、顔を見合わせたあと、「全部」と答えた。

 つまりは、北大路が盛田さんに手を出したわけではなく、盛田さんのほうから北大路に迫って、それを誤解したコージと揉めて部活を辞めたという経緯を聞かされた……ということだろう。


「その様子だと、コージは?」

「……盛田がぶっちゃけたから知ってる。てか、あいつの浮気癖をわかった上で付き合ってんだから、最初からわかってたはずなんだよ」

「……そうか」


 ツンツン(たぶんこっちがツバサ)の言葉を聞いて、北大路は苦々しい顔をした。そりゃそうだ。コージが真実を知って傷つくことを避けるために、全部を被って黙って退部したっていうのに。盛田さんがぶっちゃけたとか、コージは最初からわかってたはずだなんて言われたら苦い気持ちにもなるだろう。


「それでさ、涼介のほうからコージに折れてくれたら、また一緒にやれるんじゃねぇかなって。……俺たちは何も知らなくてお前を責めちまったけど、悪くないってわかったから戻ってきて欲しいっていうか……」


 アシメ(たぶんこっちがケイ)は、もじもじしながらそんなことを言う。この言葉の中には『ごめんなさい』の意味もあるのだろうけれど、いい歳して素直になれない子供みたいで好感が持てない。自己主張の激しい髪型してるのに、肝心の主張がはっきりできないなんてどうかと思う。


「文化祭のステージもさ、適当に連れてきたボーカルに歌わせようって言ってたんだけど、やっぱり俺たちは涼介がいいんだよ」


 何も言わない北大路を、ツバサが懸命に口説き落とそうとする。けれど北大路は困った顔をするだけで、何も言おうとはしなかった。

 当たり前だ。黙って退部しただけでも十分すぎるほど北大路が折れているというのに、それをまたさらに頭下げろだなんて、はたで聞いている私でも納得できない。

 結局のところ北大路をこれまで悪者にしたまま、何の疑問も持たずにいたのだから、半眉二人も同罪だ。それなのに、そのことを謝罪しない上にまた北大路にだけ負担を強いるのはおかしい。

 ……北大路がどう考えているのかは、その表情からはわからないけれど。


「あんたたちさ、北大路がバンド辞めるってことになったとき、コージと一緒になって北大路を責めたんでしょ? 信じてあげなかったんでしょ? ……ならさ、まず謝るのが筋じゃない? 何で上から目線で『戻ってきてもいいぜ』みたいに言ってるの?」

「姫川……」


 あまりにも腹が立って、つい言ってしまった。北大路はそれにひどく驚いた顔をした。

 ツバサとケイもびっくりしたあと、ボソボソと「ごめん」などと言い、それに対して北大路も「別にいい」と返事をした。

 それっきり、また三人はだんまりになってしまった。

 もう、イライラする。いっそのことサナの描く漫画みたいに散々殴り合って、そのあと抱き合って仲直りしてくれたらいいのに。

 でも、現実はそんなに簡単じゃなくて、しばらく誰も何も言わない気まずい時間が流れた。

 その膠着状態を打ち破ったのは、平山だった。


「なぁ、コージって軽音部にいるギターのやつだろ? そいつと揉めて北大路がバンドに戻れねぇっていうんなら、俺がギターで入ってやるよ! そしたら北大路もバンドに戻れて、お前らも嬉しいだろ? もしコージが北大路を許せねぇってごねるんなら、追い出しちまえばいいんだし」


 三人の会話から大体の内容を察したらしい平山が、閃いたというように突然そんなことを言い出した。北大路に負けない俺様発言だけれど、この場においてはグッジョブと言わざるを得ない。


「……そうか」


 バンドの癌がギターのコージだということに気がついたらしい三人は、平山の言葉にハトマメ的な顔をした後、同時にそう言った。

 コージと盛田さんカップルによってバンドがかき回されていたのだから、場合によっては追放も止むなしだろう。円満解決が一番だけれど、何よりも北大路たちがバンドをやれることが大事だ。

 そのことに気づいたらしい三人は、平山も交えて楽しそうに話し始めた。



「男子ってさ、こういうところがシンプルでいいよね」


 目の前の男子たちを見て、サナがそう言った。

 妥協点を見つけたら揉め事を長引かせないというのが男子にありがちなことなのかはわからないけれど、北大路たちがそういうタイプで良かった。

 そうは思っても、トントン拍子で話が進んでいく様子を見ていたら、胸の奥にすっきりとしない気持ちが湧き上がってきた。

 北大路の歌声は、バンド音楽に合うと感じていたのに。

 北大路が嬉しそうにしているのを見て、安心しているのに。

 それでも、どこかでこの状況を喜べない自分に、私は気がついてしまった。


「よし、これでカラオケじゃない場所でちゃんと姫川に俺の歌声を聴いてもらえるな!」

「……うん、そうだね」


 私のほうを振り返って、それはそれは嬉しそうに北大路は言った。でも、私はそれにうまく笑い返すことができなかった。ニッと口角を上げては見たけれど、おかしな顔になっている自覚がある。


(どうして?)

 私はたぶん、答えを知っているのに胸が苦しくて、直視することができなかった。

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