11 扉はどこにでも

 あんまり楽しくない授業やHRが終わり、ようやくやってきた楽しい放課後。

 部室に到着すると、待ってましたとばかりに北大路が私の隣に陣取った。

 白川たちのことがあって、教室では話しかけるのを自重してくれているようだ。そうはいっても、私とサナが部室に向かおうと教室を出ると走ってついてくるのだから、全然自重できていない気もするけれど。

 それにしても――


「なあなあ、姫川」

「何? 近いよ」


 長机の上にペンケースやノートを取り出していると、ズイッと北大路が身を乗り出して話しかけてきた。

 隣に座っているだけでも近いのに、こいつはいつもそこからさらに距離をつめてこようとする。ニキビひとつないツルンとした美肌を至近距離で見せつけようというのか。腹が立つ。


「何だ? 俺のカッコイイ顔が近くにあると照れるのか?」

「調子に乗るな!」


 ニヤニヤしながらさらに近づいてきたから、思いきりチョップをしてやった。ナルシスト発言がムカついたのもあるけれど、何より自分の肌を近くで見られるのが嫌だった。一応洗顔なんかには気を使っているつもりでも、肌のきれいさに自信があるわけじゃないから。


「で、何で話しかけてきたの?」


 そんなに痛くしたわけじゃないのに、北大路はチョップをくらった場所をさすって何も言わないから、仕方なく水を向けてみた。するとヤツは、嬉しそうに笑う。


「そうだったそうだった。今日はな、俺の好きなバンドのCDを貸そうと思って持ってきたんだ」

「え、何で?」

「だって、この前の土曜、仲良くなるためにお互いのことをもっと知ろうって話になったじゃないか」


 そう言って、北大路はカバンからCDを取り出して並べ始めた。

 普通、人に何か音楽を勧めるならまずはアルバム数枚から始めるだろうに、北大路は十枚以上持ってきていた。これをすべて持って帰って聴けというのか。私は帰ったらアニメを見るのが忙しいのに。


「見せて見せてー。あ、これ、アニメのEDエンディングだったやつだ!」


 隣からひょいと顔を覗かせたサナが、並んだCDの中の一枚を指差した。


「本当だ。あ、こっちもだ」


 一枚一枚手に取ってアーティストや曲名をよく見てみると、聴いたことがあるものが結構あった。しかも、アルバムかと思ったらマキシも多い。私はよほどのことがないと音楽はダウンロード購入で済ませてしまうことがほとんどだから、北大路が本当に音楽が好きなのがわかる。


「これは今季アニメのOPオープニングだね。こっちは、あれの劇場版挿入歌だ」

「あたし、これ好きー」

「え? バンドの曲がアニメに使われることってあるんだな」


 私とサナが自分の好きなバンドについていろいろ知っていることに、北大路は驚いている様子だ。

 売り出し中のアーティストの曲がOPやEDに使われることは結構あるから、オタクの私たちでもそれなりに流行りのバンドなんかは知っているのだ。もしかすると、出てきたばかりのアーティストは、非オタな人たちよりも詳しいかもしれない。


「これ、見てみて。適当なタイアップってアニメの内容に全然合ってなくて作品のファンときてはイラッとすることが多いんだけど、これは監督とかとバンドがコンセプトについて話し合って作った書き下ろしらしくて、すっごく世界観に合ってるんだよ」


 私はスマホを取り出して、アニメを見るためのアプリを立ち上げた。それから、お気に入り登録してあるアニメ一覧から、今話題にのぼったものの二話目をタップする。

 最近のアニメは冒頭で引きつけるためなのか、OPを飛ばして本編から始まることが多いのだ。だから、OPを見るには二話目以降が確実だ。でも、私はOPはそのアニメの顔だと思うから、ネタバレ回避とかよほどの事情がない限り、一話冒頭からOPを見せてほしい。


「おお! カッコイイ! 最近のアニメは動くんだなー」


 OPムービーが流れ始めると、なぜか北大路はおっさんみたいなことを言う。でも北大路の中のアニメというものが幼稚園児や小学生のとき見ていたものなら、仕方がないかもしれない。子供向けのアニメというのは、あまり画(え)が動く印象がない。


「すごいな。曲だけ知ってるときはそんなふうに思わなかったけど、今のを見たらもうこのアニメのための曲なんだっていう気しかしなくなったな」

「ね、カッコイイでしょ」


 北大路が感心するのが嬉しくて、つい自慢っぽくなってしまった。私はいちファンで、作ったわけじゃないのに。でも、やっぱり嬉しいものは嬉しい。


「キンヤくん、これは声優アーティストですねー」

「そうなのか? CD屋で流れてるのを聴いて、カッコイイと思ったから店員さんに尋ねて買ったんだ」


 OPのかっこよさに夢中になっていた北大路に、サナがあるCDを指差して言う。それはヴォーカルとギターで構成されているユニットで、たしかにヴォーカルのほうが声優だ。


「あ、これこれ。この今、しゃべってるキャラがヴォーカルさんね」


 私はスマホでその声優が出ているアニメを流す。それを見て、北大路はまたびっくりした顔をしている。


「すごいな、この人。良い声で歌もうまいのに、演技もできるなんて」

「いやいや。本職は声優だから。演技ができる人が歌までうまい、が正解だよ」

「そ、そうか」

「最近は歌モノブームもあって、歌える声優さんがメキメキ頭角を現してる感じだねー」

「へえ」

「アイドルモノのアニメだけでもかなり数があるし、ミュージカルモノもあるね。本編に関係なくキャラソンもどんどん出てるしね」


 サナも交えて、声優談義に花が咲く。北大路の好きなバンドの話をしていたはずなのに、ヤツは気にした様子もなく楽しそうに聞いている。


「ところでキンヤくん、女性アイドルに興味はある?」

「え、ええ、まあ」

「最近は歌がうまい声優も増えてるし、結構可愛い子もいるんだよぉ」


 私たちの会話を聴いていたらしく、部長とべっち先輩が北大路の背後に立った。ニヤニヤと楽しそうにしていることから、先輩たちが北大路を自分たちの趣味に引きずり込もうとしていることがわかった。


「さあ、メーさん。例のものをキンヤくんに見せてあげて」

「わかりました」


 部長に指示され、私はまたスマホを操作した。さすがにお気に入り登録はしていなかったから、検索窓にタイトルを入れて、部長の言っているアニメを表示させる。

 流れ始めるのは、きらびやかな衣装に身を包んだ女の子たちが歌って踊るアイドルアニメ。OPは、とにかく女の子たちが動く。しかも、最近は3Dモデルを動かしてよく動く画面のように見せているアニメが多い中、このアニメは客席のサイリウムの動きすらきちんと描かれたものらしい。

 私も部長の強い勧めで見たけれど、過剰に萌えを狙ったキャラデザではないし、お色気的な演出もなく、頑張る女の子たちの姿に好感が持てた。サナなんて、このアニメのリズムゲームにハマってしまっているくらいだ。

 という感じで女性ファンも多く獲得しているアニメだから、二次元にあまり耐性がない北大路も、どうやら抵抗なく見られているようだ。


「キンヤくん、どうかね。誰か気になる子はいたかね」

「どの子がタイプだ?」


 北大路がドン引きした様子がないのがわかると、先輩たちはノリノリで尋ねる。どうやら、北大路を沼の住人にしたくて仕方がないらしい。


「まだ見始めたばかりなので、わかりません」

「えー? 見た目は? パッと見で好きな子は誰よ?」

「顔で好きになるわけじゃないですよ」


 ウザい絡み方をするべっち先輩に対して、北大路はマジな返答をする。それに対して先輩たちもムキになって、「別に僕たちだって嫁の顔だけが好きなわけじゃないからなー」と言っているのがおかしかった。



「何か先輩たちがごめんね。CD、聴いてみるね」


 下校時間になって、部室を出て昇降口に向かって歩きながら、私は部長たちのことを詫びた。あれから結局、北大路は部長たちオススメのアニメを見て過ごしていた。

 俺様ナルシストなのに、北大路はこういったことで文句を言わないどころか、嫌な顔ひとつしない。


「いや、楽しかったからいい。俺が仲間外れにならないよう、気を使ってくれてるんだろ」

「ま、そうかもね」


 思い出した。こいつな何でもポジティブに受け止めるんだった。サナは北大路のこのポジティブ発言にウケているけど、私はやっぱりちょっと引く。


「そういえば、さっき姫川が使っていたアプリを教えてほしいんだけど」

「え? アニメ見るやつ?」

「うん。姫川とか部長さんに勧めてもらったものを、そのアプリがあれば見られるんだろ?」

「まあ、そうだね」


 私が使っているそのアプリは、月額料金を払えば見放題メニューに入っているアニメなら好きなだけ見られる。現在放送中のアニメも大体は追うことができるし、旧作の取り揃えもかなり豊富だ。しかも、類似サービスの中でも飛び抜けて月額料金が安い。だから親も説得しやすかった。


「これね、このアプリ。初めの一ヶ月は無料で見られるから、本当に入会したいと思ったら親御さんにちゃんと相談してね。あと、動画見てると通信量すごいから、WiFi環境があるところで見たほうがいいよ。あ、入会してアカウント作ったら、パソコンでも見られるからね」


 アプリストアを開いて検索して、基本情報と注意事項を伝えると、北大路はニマニマしていた。サナもなぜかニヤけている。


「何? 何か変なこと言った?」

「いや。ただ、姫川は親切でいいやつだなあと思って」

「は? そんなこと言うなら、もう何も教えないよ」

「何でだ。褒めただけなのに」


 北大路とサナは顔を見合わせて、「なあ?」「ねー」と言い合っている。もうすっかり打ち解けて仲良しの雰囲気を出すこのふたりが、何だか癪だ。


「キンヤくん、とりあえず何から見始めるの?」

「あれだ、姫川が好きなやつ」


 サナの問いに、北大路は私の大好きなあのアニメのタイトルを挙げた。聴くといつも泣いてしまうあの曲が流れるアニメを。


「あれもアイドルアニメで、たくさん歌が流れるだろ? 歌のうまい声優をチェックしたいし、劇中歌を歌えるようになりたいんだ」


 なぜかそう言って、北大路はドヤ顔をする。歌を覚えて、カラオケで披露する気だろうか。また私を泣かす気か。


「メーちゃん喜ぶねー」

「そうだろ」

「別に嬉しくないし」


 慌てて否定したけれど、北大路は聞いていなかった。

 下駄箱に到着して、帰る方向が違うからそのまま別れることになる。


「キンヤくん、メーちゃんと仲良くなりたくて一生懸命だね」


 途中まで一緒の道のサナが、隣を歩きながらニコニコと言う。何だかいつも、北大路の話題になるとサナは楽しそうだ。


「私とっていうより、漫研の人たちとなかよくなりたいんじゃないの?」

「もーメーちゃん、そっけなーい。キンヤくん頑張ってるんだから、もうちょっと歩み寄ってあげなきゃ。一緒に音楽活動する仲間でしょー?」

「まあ、そうだけど……」


 そんなふうに言われてしまうと、返す言葉がない。たしかに、私は北大路と一緒に音楽をやる約束をしたし、別にそれを嫌だとは思っていないから。



 そんなサナの言葉があったから、というわけではないけれど、その日から私は勉強中に北大路に借りたバンドの曲を聴くようになった。これまで音楽は、アニメのタイアップ曲とかキャラソンやアニソンばかりだったから、そうして何もとっかかりがないものを聴くのは新鮮だった。そして、日頃聴かないぶん刺激があって、次に作りたい曲のアイデアがいくつも浮かんだ。

 新しい世界が広がった感じだ。

 それは北大路も同じだったらしく、例のアニメの最初のシリーズをあっという間に見終え、今はセカンドシーズンを見始めているらしい。『何で姫川があの曲で泣くのかわからなかったけど、アニメを見たらちょっとわかった。めちゃくちゃいい曲だな』というメッセージが来た。しかも私の推しキャラのスタンプつき。スタンプまで買ってしまうなんて、沼に片足をつっこんでいるのと同じだ。

 北大路にとっても、新しい世界が開けたらしい。

 新しい世界への扉は、どこにでもあるということだ。

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