ヴォーパル・ソードとは何ぞや?
ティアシオンとランベイルは、鞘から剣を抜く。出てきたのは、ファンタジー小説によくある、ありきたりな剣先。刀身が鈍い光を放つ。ルクアを名乗る女性、元祖ルクアが通信機越しに言う。
『そのヴォーパル・ソードはまだ未完成だよ。最後に、そのヴォーパル・ソードを手に入れたフィアとアリスが、望む結末をその剣に付与する必要があるんだ』
『望む……結末?』
フィアの不思議そうな声に、トゥルーが言う。
『……今目の前にいるジャバウォックに対して、思うお前たちの望むシナリオを、剣に語り聞かせるんだ』
『ああ、そういえばヴォーパル・ソードって、言葉で作り出した剣とか、致命傷を与える剣とか、諸説あるんだっけ。作者は明確な答えなんてないって言ってるみたいだけど』
ルクアが補足を加える。トゥルーが続けた。
『……そう。この世界でのヴォーパル・ソードは、仕上げは、言葉で作り上げる。物語修正師がジャバウォックに望む結末を伝えるという形で』
「それなら簡単ですわ。あたしがジャバウォックに望むのは、無論罪を償わせることですわ。この世界にこのまま野放しにしていたら、また悪さを働くかもしれません。それなら、さっさと始末することが大切でしょう」
アリスの言葉を聞いて、ランベイルの持つ剣先が先ほどとは異なる光を放ち始める。紫がかった光をまとったその剣をランベイルはしっかりと握りなおすと、躊躇いなくジャバウォックに投擲する。しかしジャバウォックが吐いた炎により、いとも簡単に地面に落とされてしまう。
「全然だめですわ、どうしましょう」
アリスががっくり膝を落として地面にへたりこむ。ジャバウォックが再び腹の底から笑う。フィアは、考え込みながら言葉を紡いだ。
「わたしが、彼に望む結末は……死じゃない」
それを聞いて、白の女王とハートの女王が驚いた顔をする。アリスもびっくりした様子で、フィアに詰め寄る。
「あんな怪物を野放しにしていたら危険ですわっ。始末しないとっ」
「でも、危険な生物であるのは元々の設定が原因だとしたら?」
「設定だとしても、この世界にその設定で存在している以上は危険に変わりありませんわ」
『つまりフィアは、この悪役と言えるジャバウォックを殺さずに収めたいんだね』
通信機からルクアの声が届く。フィアは頷いて言った。
「そうです。そうするためには、どうしたらよいのでしょう」
「なんかよくわからねぇけど、ちょっとずつ剣の色が変わってきてるぜ。これは、剣が呼応してるってことじゃねぇか」
ティアシオンが剣を見て言う。彼の持つ剣の刀身は、少しずつ淡い色を帯び始めていた。そこに、ルクアの声が響いてきた。
『私ももしその場にいたなら、フィアと同じことを考えてたと思う。今までたくさんの物語を見て思ってきたの。どうして悪役には悪役になるだけの理由があった人たちもいるのに、殺されてしまう人が多いんだろうって。物語修正師が作り出したそのジャバウォックは確かに、設定でそんな性格になっているんだろうけど、それはフィアの力で変えることはできるかもしれない』
ルクアの声の後押しを受け、フィアは決意した表情でジャバウォックに向き直り、言った。
「わたしは望みます。このジャバウォックの現在の『設定』だけを死亡させ、『ジャバウォック改』として、新たな『設定』で生き続けることを」
『設定を殺すだと? 愚かなことを』
ジャバウォックが口を開けて笑う。フィアは、そんなジャバウォックを睨みつけて言った。
「わたしは、本気です。今からわたしの考える、新しいジャバウォックさんの『設定』をこのヴォーパル・ソードさんに語り聞かせます。それですべては解決です」
そうして、フィアは静かに自分の考える『設定』を語り聞かせ始めた。
♢♦♢♦♢
「それじゃあ、私たちは魔力倉庫に向かおうか」
ルクアが通信機に声を拾われないよう、バッジを手で抑えながら小声で一行に言い、歩き始めた。トゥルーが、ルクアの傍らに足並みをそろえながら言う。
「……いいのか、行く末を見届けなくて」
すると、ルクアは笑顔でトゥルーを見上げながら言った。
「必要ないよ。今のフィアならきっと、最高のシナリオを描いてくれる。だから私たちはフィアたちが決着をつけたとき、すぐに元祖フィアのところに向かうことができるように、準備しておかなきゃ。私たちは、私たちでシナリオを紡いでおかないと。こんなところで油売ってたら、頑張ってるフィアに失礼でしょ」
「……信用してるんだな、フィアのこと」
「もちろん。だって、ここまで一緒に旅をしてきた仲間だもん。きっと彼女たちならうまくやるよ」
それを聞いて元祖ルクアとファクトも二人の後ろについてきながら言った。
「それなら、魔力倉庫まで案内するわ。この物語を一刻も早くいい形で終わらせるために私たちも協力は惜しまないよ」
「弟が死んでわたしだけ生き続けるなんて、夢見が悪いからねぇ」
「……勝手に殺すな」
トゥルーが不機嫌に言うと、ファクトは笑って言った。
「冗談だよ。……さ、そうと決まれば出発だ。先ほどの本から出てきた鍵は、持っているね? 今から向かう場所にはそれが必要になる」
ファクトの言葉に、ルクアが懐から鍵を取り出す。彼は頷くと、先頭に立って歩き始めた。
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