クコは立ちあがる 6

 父さんの沈黙は続く。僕はグミに向かってうなずきバトンを渡した。

 出番を待っていたグミは、テーブルに手をつき身を乗り出した。


「俺、学校に行きたい」


 グミの切り出しに、父さんたちの顔色がふっと変わるのを僕は見た。


「友達と遊びたい。『外』に出たい」弟は、つたなくも一生懸命に気持ちを伝えようとする。「ちゃんと勉強するから。先生に叱られないようにするから。俺、約束するからっ」

「グミ……」


 母さんは声を詰まらせるように次男の名前を口にした。


「だいじなことが抜けてるぞ」と僕は、うっと顔をそらすグミを、少し意地悪な目で促した。「言うって決めたんだろ?」


 紅潮気味で体をくねらせグミは逡巡した。やがて意を決して父さんたちを見た。


「ミリーに会いたい。一緒に遊んで仲よくしたい。ケンカばっかりはもう嫌だ」幼なじみへの思いを訴えたあと、グミは僕をにらみつけた。「今の、絶対ミリーに言ったらだめだぞ」


 わかったわかったと僕はグミをなだめる。


 父さんと母さんは、今や熱心に僕たちの話に耳を傾けていた。

 次は僕の番だ。グミが勇気を出したように僕も思いをさらけ出さなければ。


「僕もマリーに会いたい」


 恥ずかしさを抑えて両親に打ち明ける。


「会って話をしたい。いろいろケンカで言ったたくさんのことを謝りたい。仲なおりして、そのあとはふたりで出かけたい。街のいろんなところへ行きたい。彼女と一緒にいたい。――僕は彼女が好きだ」話しながら頬に火が灯るのを感じた。「あ、いや、親友として……」


 最後は弱々しくなって顔を伏せた。グミが肘で脇腹をつつく。茶化すな。


 食卓は静まり返った。

 誰もが食事の手を止めていた。中断された料理は次第に冷めていく。それはもはや、冷えきった家庭を象徴するものにはなりえないことを、父さんと母さんのまなざしが示していた。

 ふたりとも、憑きものが落ちたような穏やかな顔で僕とグミを見ている。


 先に口を開いたのは母さんだった。

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