クコの浮気 9

 超能力者はうちにもいた。

 夕食を食べているときのことだった。母さんがじっと僕の顔を眺めていたかと思うと、出し抜けに言った。


「クコ、またマリーとなにかあったんじゃないの」


 ぎょっとしてナイフとフォークが止まった。

 隣のグミと向かい側の父さんの視線も集まる。気まずくてテーブルに目を落とした。


「なんで?」との僕の問い返しを「顔にそう書いてあるわよ」と母さんはばっさり切り捨てた。どうやら女の人はみんな超能力が使えるらしい。観念して今日のプライの一件を白状した。

 勢い、食卓は家族会議の場となり、「マリーといういい子がありながらあなたって子は」「そんなどこの馬の骨ともわからない子に」「考えてにやけるのはその子じゃなくてマリーにしなさい」とこってり油を絞られた。主に母さんに。別にプライのことを考えたとき、にやけてなんかいないんだけど。

 グミひとりだけが兄の不祥事を面白がってにやついていた。おまえが今度叱られることがあってもかばってやらないからな。


 ひとしきり注意を受けたあと、父さんがマッシュポテトを口に運びながら僕に聞いた。「その子。プライ、か」

「うん、そうだけど」僕は歯ぎれ悪く答えた。一応終わりをみた話なのでもう言及してほしくなかった。父さんは隣の母さんを見て尋ねる。


「母さん、子供の頃、私以外からの求愛や、別の男の子に好意をいだいたことはあるかい?」

「馬鹿言わないでよ。私はあなたひとすじだったわ」少し照れたように母さんは答える。「ほかの男の子から告白も受けたことないわね。モテなかったわ。あなたは?」


 父さんは「まったく同じだ」と、のろけ話をにこりともせずに言った。


「おまえは――」テーブル越しにグミのほうを向いて父さんは首を振る。「まだ早いか」


 グミはきょとんとした顔で父さんと母さんを見た。


 めずらしい会話だ。

 父さんや母さんの恋愛話なんてほとんど聞いたことがない。特に父さんがみずからそんな話をするなんて初めてだ。どういう風の吹き回しだろう。


「まあしかし、それも見咎めるべきことではなくなるのかもしれんな」


 皿の上のポークソテーを見下ろして、ひとりごとのように父さんはつぶやいた。

 どういう意味なんだろう。僕と母さんが、尋ねるように父さんの顔を見つめたけれど、その続きを話そうとはしなかった。

 こういうときの父さんは多くを語らない。少し待ったのち僕も母さんも止めた手を再開した。


 なぜか、父さんの話が、釣り針のようにいつまでも頭のなかに引っかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る