8話 メイド服
「……ごめんなさいね斎藤君」
雪乃が翔に対して達也の事情だが実はすべてを素直に話したわけではなかった。
これは雪乃が翔の事を信用できなかったからではない。
むしろそれとは対極に位置する感情の物であった。
雪乃は、 翔を巻き込みたくなかったのだ。
実は達也が得た感情はもう一つあったのだ。
その感情の名は復讐心。
達也は、 妹を不当に奪われた悲しみからかいつしか世界そのものについて深く憎むようになっていったのだ。
それがきっかけなのか当初は、 自分の任意では外せなかった脳のリミッターも自身である程度は解除可能になっていた。
無論完全には制御できるわけではないため、 先程みたいに妹の名をだされると達也自身の力で暴走は、 抑えることはできない。
そんな彼だが復讐心を得たあの日から今まで世界に対抗するための力を傭兵まがいな真似をしながら着実に集めてきた。
その間に達也は、 政府の計画の生贄になった者が達也の妹以外に十一人おり、 その全員が世界で抜きんでた頭脳を持つ子供達であることを知った。
それを知った達也は、 自身と同じ境遇の人間を探し、 世界を飛び回った。
結果彼は、 自身と同じ境遇の者達のみで構成される反政府組織リベリオンズを作り上げた。
組織の創設には、 雪乃も一枚かんでおり、 雪乃は組織内では達也に次ぐ立ち位置であった。
ただそんな事を翔が知ればきっと止めようとするであろう。
翔は、 ドが付くほどのお人好しである。
そんな彼だからこそ自身の友が間違った道に進んでいると知った時は、 意地でも止めようとする。
それが例え互いに敵対する関係になってもだ。
それが翔という人間の本質であった。
だからこそ雪乃はそのような光景を見たくなかったのだ。
翔と話している時の達也は、 態度こそツンケンしているが、 彼は翔に対して心の底から笑顔を向けていた。
それは雪乃が何年かけてもできなかったことであった。
もしそんな翔と敵対してしまったら達也が安らぎを得ることのできる場所が本当になくなってしまうと思うとと雪乃には、 どうしても翔に全ての事を話すことができなかったのだ。
「はぁ……だめね。 またネガティブな考えになってる」
雪乃は、 自身の後悔の念を無理やりねじ伏せると今度は、 達也にどう自分を意識させるか考え始める。
まず彼女が思い浮かんだのは、 先程翔にも宣言した通り単純に達也に夜這いを仕掛けることだ。
だがその考えを雪乃はすぐ不採用にする。
実は雪乃は、 前に達也に夜這いを仕掛けたことがるのである。
その際雪乃は、 自身の持ちうる下着の中で最も自信のあった下着。
いわゆる勝負下着を着て達也に迫ったのだ。
普通の男性ならば雪乃のほどの美少女に迫られれば一発で落ちるのだが、 そこは達也である。
落ちるどころかむしろその逆であり、 雪乃の事を心配し始めたのである。
その際の達也の自分を本気で心配するような目に雪乃は、 内心酷く傷つきもした。
この経験から達也にエロ系が通じないと判断した雪乃は、 別の考えを思いつく。
それは、 雪乃が普段着ないような服を着てギャップを狙うと言ったものであった。
雪乃は、 服にあまり頓着を持つようなタイプではない。
その為雪乃の服装は、 学校の制服か組織で着ている服かネグリジェの三択しかなかった。
一応普通の女の子がきるような服を雪乃は、 もってはいるのだがどうもそう言った服を着るのが雪乃には恥ずかしく、 今まで敬遠してきたのである。
「ふぅ……よし‼」
雪乃は、 自身の部屋にあるクローゼットを開き自身に似合う服を見繕いはじめる。
クローゼットの中には様々な服があり、 中にはメイド服やチャイナドレスなどのコスプレ用の物まであった。
雪乃の服は、 基本組織の人間が買ってくる。
組織の構成員の半数は女性であるのだが、 たまに男性の職員も雪乃の美貌にあてられて服を買ってくるのである。
その男性陣の服の内容のほとんどがコスプレ用のものか過度の露出があるものなのだ。
無料でもらった手前雪乃は、 断ることもできず今ままでこうしてクローゼットの中に眠り続けてきたのである。
「……にしても女の子にこういった服を渡すって考え物よね。 でも……」
-達也も男の子だしやっぱりこういったものが好きなのかしら……
そう考えると雪乃の手は知らぬ間に、 それらの服装へと手が伸びていた。
そして雪乃が気が付いた時には、 雪乃はメイド服に身を包んでいた。
「うう……やっぱり恥ずかしいわね……」
自身の姿を鏡で見た雪乃は、 そう呟かずにはいられなかった。
雪乃のメイド服姿の破壊力は凄まじかった。
雪乃の容姿は可愛いらしいというよりは、 カッコいいといった女性である。
メイド服は、 どちらかと言えば可愛いらしい女性が着てくれたほうが似合うものではあるが、 今の雪乃の様に顔を真っ赤にして恥ずかしながら自分の好きな人の気を引くために着ているクール系の美少女というのは、 前者以上の破壊力があった。
「ええい‼ こうなったらもうやけよ‼」
雪乃はメイド服を着たまま達也の部屋へと足を踏みいれる。
普段の雪乃ならば決してこのような行動をしなかったであろう。
だが今の雪乃は、 羞恥心のせいでとても正常な状態とは言えなかった。
それだけではない。 彼女は翔に自分なりに頑張ってみると宣言したのである。
それが彼女にここまでの無茶をさせたのだ。
幸い達也はまだ眠っており、 規則正しいリズムで寝息を立てていた。
「全く……その寝顔は反則よ……」
達也は、 眠っている時だけは彼女が昔から知っている彼の顔であった。
達也のその安らかな顔が雪乃は、 昔から大好きであった。
昔の達也はいつもこの表情をしており、 雪乃を助けてくれた時もそうであった。
今でこそ眠っている時しかこの表情を見せない為、 雪乃は達也にバレないよう何度も達也の寝室に侵入し、 朝まで達也と同じベットで眠ると言ったことを繰り返していた。
無論その際は、 達也にバレぬよう達也が目覚める前にその場を離れるなど徹底して行動を心がけをしていたが……
雪乃はふと達也から目をはなすと机の上の一枚の写真を見つめた。
その写真には笑顔の達也とその隣に佇む椿が写っていた。
この写真は、 雪乃が昔とったものだ。
勿論雪乃もその中に移りたかったがその頃雪乃は、 達也と知り合って間もなかったため達也にそのようなわがままも言えなかったのだ。
「貴方は一体いつまで達也を縛りつけるのかしらね椿ちゃん……」
雪乃は、 写真の中に移る椿に少し恨めしそうな目を向ける。
達也が変わってしまったのは、 椿が悪いわけではない。
その事を雪乃自身理解はしているのだが、 今の達也を見ているとどうしても雪乃は、 そのような感情を向けたくもなるのだ。
雪乃と椿の中は、 それほど悪かったわけではないがよかったとも言えない少々複雑な仲であった。
何せ椿はあって早々雪乃の事を泥棒猫と呼んだのである。
いきなり見ず知らずの人にそのようなことを言われ、 そんな人間と仲良くできるかと言われると到底不可能である。
またそのやり方が巧妙であり、 椿は達也の目の前ではいかにも仲よさそうな感じで雪乃に話しかけてくるのだ。
端的に言うと椿は達也の前では猫を被っていたのだ。
その椿の二面性を知っているのは、 今も昔も雪乃唯一人だけである。
そんな時突然ベットから呻き声がなる。
「うう……ここは……」
達也の意識はまだはっきりとしないのかどこかふらふらとしていた。
そんな様子の達也に、 雪乃は達也がバランスをとれるよう自身の手を差し出す。
「……雪乃か?」
「ええ。 おはよう達也」
達也が目覚めたことに雪乃はホッとする。
だが当の達也には一つ気になることがあった。
「なぁ……雪乃。 なんでそんな格好……しているんだ……?」
その言葉に雪乃は、 今の今まで自身がメイド服を身に着けていたことを思い出す。
「ど、 どうかしら?」
雪乃は頬を赤く染め恥ずかしそうにしているが態度だけは強気を装っていた。
これは雪乃ができるせい一杯の強がりである。
もしこれで達也から変態など言われようものなら雪乃は、 耐えられる自信はとてもじゃないがなかった。
さて肝心の達也の様子だが雪乃の思ったものよりは、 柔らかいものであった。
「ま、 まあ。 似合っているんじゃないか……?」
達也のその言葉に雪乃は嬉しさのあまりその場で飛び跳ねたかった。
それを鋼の精神力で抑え込む。
「そ、 そう。 な、 なら今後もこういう恰好してあげましょうか……?」
達也は、 その質問に答えることはなかった。
けれど達也の顔は珍しく少し赤くなっており、 雪乃を直視しない為なのか目を少し逸らしていた。
その事に雪乃は、 自身の目論見が成功したことを確信する。
『やはり達也も男である。 こういった格好がすきなのだ』
そう思った雪乃は、 次はどのような衣装を着て達也を喜ばせようか脳内で考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます