37『火事の痕跡』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・37   




『火事の痕跡』



 あの火事騒ぎから一週間。わたしは久々に学校へ行った。


 久々という感覚は人によって違うんだろうけど、なんせひいじいちゃんの忌引きで、小学校のとき二日しか休んだことのないわたしは、本当に久しぶり。

 地下鉄の出口を出て、百メートルほど歩いて

「え?」

 斜め向かいのお店が並んだ一角が工事用シートで囲まれていた。シートに隙間があって、中が見える。シートの中は……更地になっていた。更地……つまり何もない空き地。


 こないだまで、ここには何かのお店があったはず……はずなんだけど、思い出せない。駅の出口を出ると、ちょっと行って乃木神社。道路を挟んで乃木ビル。ブライダルのお店、飲み屋さん、コンビニと続いて……あとはそんなに意識して歩いているわけじゃないから記憶もおぼろ……パン屋さん。うん、あそこは覚えてるってか、時々お弁当代わりにパンを買っていく。で、その隣り……へー、建築事務所だったんだ。その上は五階までテナントの入ったビル。ビルの名前は街路樹に隠れて見えない……で、その隣りが、シートで囲まれた更地。

 一週間前には、何かがあった。もう半年以上この道を通っているのに思い出せない。

 気になるなあ……と、思っているうちに通り過ぎてしまった。

 コンクールの明くる日は、ここをダッシュで走ったんだ。三百メートルを五十秒。

 思えば、あれで汗だくになり、オッサンみたいなくしゃみ……あれがインフルエンザの始まりだったのかもしれない。



 学校に着いて、そのままグラウンドに行ってみた。


 焼けた倉庫は、きれいサッパリ片づけられていた。


 土まで入れ替えられたようで、火事の痕跡は、コンクリ-トの塀と、側の桜の木が半身焼けこげて立っているだけだ。

 知らない人が見たら、ただの更地だ。そこに戦争の空襲からもGHQの接収からも逃れた古ぼけた倉庫があったなんて想像もできないだろう……。

 わたしは、この倉庫とは半年あまりの付き合いしかなかった。でも、その思い出の中には、潤香先輩への憧れ。マリ先生の厳しい指導。里沙や夏鈴とのズッコケた失敗なんかが……そして、なによりわたしはここで死にかけた。それを救ってくれた忠クンのことといっしょに、思い出というには、まだ生々しい記憶がここにはある。


「まどか、もう予鈴鳴ったよ!」


 中庭から、わたしを呼ばわる里沙の声がした。夏鈴が横にくっついている。

 わたしは予鈴が鳴るのにも気づかないで二十分近く、そこに立っていたようだ。



 里沙がノートをパソコンで送ってくれていたので助かったけど、やっぱり授業というのは受けてみないと分からないものなのだ(受けていても、分かんないこといっぱいあるんだけど) 休み時間も昼休みも、友だちや先生に聞きまくり。

 最初にも言ったけど、わたしってひいじいちゃんの忌引きで、小学校で二日休んだだけ――授業分かんないのは休んだからだ……と、思いこんじゃうわけ。もともとそんなにできるわけじゃない、だから、ちゃんと授業受けていても結果的には変わんないんだけど。潜在的には「わたしは、デキル子」という、身の程知らずのオメデタイとこがある。だから、コンクールのときでも潤香先輩のアンダースタディーに手を上げちゃうし、先週の倉庫の火事でも、半ば無意識とはいえ、飛び込んじゃうわけ……で、結果は意気込みほどじゃないことは、みなさんもよくご存じの通りってわけなのです。


 やっと放課後になって、クラブ……に直行したかったんだけど、掃除当番。それに担任の鈴木先生に、狸の薮先生からもらった登校許可に関する意見書(インフルエンザは法定伝染病なんで、登校するのには、正式には診断書。これだとお金かかっちゃうので、意見書でいいことになっている)を渡さなければならない。朝ドタバタして渡し損ねたのだ。

 鈴木先生は女バレの顧問。体育館に行くと、練習前のミーティング。それを終わるのを待って、ようやく手渡し。先生も朝、言葉がかけられなかったので、慰労と励ましのお言葉をくださる――はしょってください――とも言えず、神妙に聞いていると、もう四時二十分。とっくにクラブが始まっている。


 急がなくっちゃ!

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