8:『コスモスの花ことば』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・8   


『コスモスの花ことば』




 その時も、二人の顔は至近距離にあった。


 観覧車の、わたしたちのゴンドラがテッペンにきたときだった……。

「……オレ達、恋人にならないか!?」

「え……あ、あの……」

 この突然には予感があったんだけど、イザとなったら言葉が出ない。

「オレは青山学園、なゆたは乃木坂だろ、別れ別れになっちまうしさ……」

「う、うん……」

「だから、この際はっきりと……」

 わたしは「恋人」という言葉で、文化祭のときの、あの感覚がクチビルに蘇ってきてとまどった。

 わたしは、せいぜい「卒業しても、いっしょにいよう。つき合っていこう」ぐらいの言葉しか予感していなかった。

 うつむいて、言葉を探しているうちにゴンドラは地上に着いた。これが他の、もっと大きい大観覧車だったら、わたしも、それなりのリアクションできたんだけどね……。

 観覧車を降りると、なんだかみんなが二人のことを見ているような錯覚がした。順番待ちをしていたクソガキが「あ、アベック! アベック!」なんて言うもんだから、わたしは大急ぎで、気の利いたつもりで、こう言ってしまった。

「キミの名前と同じくらいでいようよ」

 彼は、わたしから「キミ」などという二人称で呼ばれたことないもんだから、コワバッて聞き返してきた。

「キ、キミの名前って……」

「自分の名前忘れたの?」

「え、ええ……?」

「大久保忠友クン」


 あらためて言っとくね、ヤツの名前は大久保忠友。


 ここで、ピンときた人はかなりの歴史大好きさんです。

 そう、ヤツは大久保彦左衛門(天下のご意見番で、江戸っ子ならたいてい、一心太助とセットで知っている)の子孫。彦左衛門の名前は正確には「忠教(ただたか)」で、代々の大久保家では、男の子の名前に「忠」の字がつく。そいでヤツは「忠友(ただとも)」ってわけよ。

 偉い人の子孫に織田信成ってフィギュアースケートの選手がいるのは知ってるわよね?

 彼はオチャメな人らしく、ご先祖の織田信長さんが「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」って言ったのをうけて、「鳴かぬなら、それでいいじゃんホトトギス」と言ったとか。ヤツには、そんなウィットがないもんだから「え、ええ……」になっちゃうわけよ。だから、わたしも言わずもがなの解説しちゃったわけ。

「大久保クンは忠友でしょ、タダトモ!」

 これ、なんか携帯のコマーシャルにあったなあと、そのとき頭に……ヤツの頭にも浮かんだみたい。

「それって、テレビのCMでやってたよな……」

「うん」

「ただの友達か、おれたちって……」

「……うん」

「そうか……」

 わたしたちは、意味もなく黙って園内を歩いた。

――そんなシビアな反応しないでよ。わたしはヤツの背中をにらんだ。


「あ、コスモス……」

 植え込みに、遅咲きのコスモスが一輪。わたしは機転を利かして、そのコスモスを手折った(われながら、ミヤビヤカだと思ったのだ)

「これ……」

「植え込みの花とっちゃダメだろ」

 

 ……ばか!


「いいじゃん、一つぐらい」

「で、なんだよ。この花?」

「コスモス。家帰って、ネットか辞書で調べなよ!」

 この唐変木!

 わたしは一輪のコスモスを不器用に持てあましているヤツを置いて、さっさとゲートをくぐり、一人で都電に乗って家に帰った


 コスモスの花言葉はね、「乙女の愛情」なんだぞ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る