5・五十四分三十秒のリハーサル・3

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・5   


『五十四分三十秒のリハーサル・3』




「開始!」


 山埼先輩の号令で始まった。


 フェリペの計時係りの子と山埼先輩が同時にストップウォッチを押した。上手の壁のパネルから運び、八百屋飾りのヌリカベを運ぶ。パネルはサンパチと言って、三尺(約九十センチ)八尺(約二百四十センチ)の一枚物。これを、なんと女の子でも一人で運んじゃう。重心のところを肩に持ってくれば意外にいける。


「パネル一番入りまーす!」

 と声をかける。

「はい!」

 舞台上のみんなが応える。


 不測の事故を防ぐための常識。そして袖から舞台へ。

 次にヌリカベ。さすがに四人で運ぶ。そうやって上手から順に運び、がち袋(道具係が腰に付けたナグリというトンカチなんかが入った袋)を付けた夏鈴たちが、背中にNOGIZAKA.D.Cとプリントした揃いの黒いTシャツを着て、動きまわっていく。

「一番、二番連結しまーす!」

 夏鈴が叫ぶ。バディーの宮里先輩と潤香先輩が続いてシャコ万という万力でヌリカベを繋いでいく。キャストだって仕込み、ばらしは一緒だ。

 壁のパネルはヌリカベにくっつけるものと、ヌリカベの上に乗せるものがある。乗せるものは、ヌリカベの傾斜プラス一度の六度の傾斜のついた人形立を釘を打って固定する。そして劇中移動させるのでシズ(重し)をかけていく。

 その間、照明チーフの中田先輩は調光室でプリセットの確認。インカムでサブの里沙に指示して、サス(上からのライト)やエスエス(横からのライト)の微調整。

 その合間を縫って、音響の加藤先輩が効果音のボリュ-ムチェック。

 客席の真ん中でマリ先生が全体をチェック、舞台監督の山埼先輩が、それを受けて各チーフに指示。

 わたしは、決まったところから明かりと道具の場所決めを確認してバミっていく(出場校ごとにバミリテープの色が決まっている。ちなみに乃木坂は黄色と決まっていて、地区では貴崎色などと言われている。パネルの後ろに陰板(開幕の時はパネルに隠れている役者……って、わたしたちコロスってその他大勢だけどね)用の蓄光テープを貼り、剥がれないようにパックテープ(セロテープの親分みたいの)を重ね貼りして完成!

「あがりました。十七分二十秒!」

 山埼先輩がストップウォッチを押した。

「うーん、二十秒オーバー……まあまあだね。ヤマちゃん、二十分場当たり」

 マリ先生の指示。

「はい、じゃ幕開きからやります。ナカちゃん、カトちゃん、よろしく。役者陰板。幕は開くココロ(開けたつもり)十二、十一、十……五、四、三、二、一、ドン(緞帳のこと)決まり!」

 山埼先輩のキューで、去年と同じように、あちこちからコロスが現れる。今年は「レジスト」ではなく「イカス! イカス!」と叫びながら現れる。



 この「イカス」には意味がある。勝呂(すぐろ)先輩演ずる高校生が進路に悩む。主人公の高校生が、キャンプに行って、土砂降りの大雨に遭う。キャンプ場を始め付近の集落は危機に陥る。それを救ったのが陸上自衛隊の人たち。中には、たまたま演習にきていた陸上自衛隊工科学校の生徒たちも混じっていた。彼らは、中学を卒業して、すぐにこの道に入った者たちばかりだ。主人公は彼らにイケテル姿を見る。すなわち「イカス」である。彼は、卒業後自衛隊に入ろうと考える。

 しかし主人公に好意を寄せる潤香先輩演ずるところの彼女の兄は新聞記者で「自衛隊は本来、国家の暴力装置である」と意見する。

 最初、兄に反発し彼を応援していた彼女も、海外派遣されていた自衛隊員に犠牲者が出たというニュースに接して反対に回る。人生を活かすにはもっとべつの道があるはずだ……と。ここで、もう一つの「イカス」の意味が生きてくる。そして、ドラマの中盤で彼女が不治の病に冒されていることが分かり、彼は彼女を生かすために苦悩する。ここで第三の「イカス」が生きてくる。


 実は、このドラマは、この夏休みにコンクール用の脚本に考えあぐねたマリ先生の創作劇なのよね。

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