まどか 乃木坂学院高校演劇部物語
武者走走九郎or大橋むつお
1『序章 事故・1』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・1
『序章 事故・1』
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
思わず声が出た。
講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。
「潤香先輩!」
思わず駆け寄って大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息をしていない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「救急車呼びましょうか……」
わたしの蚊の泣くような声。
「早く」
マリ先生は冷静に応え、弾かれたように、わたしは中庭の隅に行き携帯をとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えた……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この「事件」を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。
病院の時計なので、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。
ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。まだ何人かは病院の玄関のアプローチのあたりにいる。ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているのだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんと、マリ先生、教頭先生がやってきた。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は、許可を得るように教頭先生と、お母さんに目配せをして答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにがおかしいんですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわよ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に声をかけた。
「ですね、今年の春だって、自分で怪我をねじ伏せた感じ。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
「……ウワーン!」
夏鈴が爆発した。夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。
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