参考にならないボス戦

 地面に広がり続ける真紅の池と散らばる果肉、蕩け出す半液物に混じる骸。その絵を描いたにしては異様に少ない空の箱。酷く凄惨で人の手よりも獣の仕業かと見紛うほどに一方的に作り上げられたものであった。

 散弾は狭い通路の中で荒れ狂い容赦なく賊の脳髄をズタズタにした。屋内制圧戦でショットガンが使われるわけだ。銃弾にしては特殊な点ではなく面での攻撃。射程が短い分至近距離ならば絶大な威力を誇る。相手は狭い道の中せいぜいショートソードくらいしか手にしていない。せめて弓でもあればいいものを馬鹿正直に突撃してきたのだ。そんなんじゃショットガンのカモである。即座に撃てる弾倉内の弾を撃ち切る時には目の前には死体が積もり邪魔な壁にもなっていた。その奥からも来たが、その山に手こずっている間に弾込めは終わり、例外なくそのまま潰れたザクロみたいになっていった。


 その光景に何故か快感を覚えているとどうやらご婦人方の着替えは終わったようだ。服装を見るに、カルナ含め捕らえられていた十人のうち四人はハンターのようだ。剣なんかを腰に差している。だがカルナとその友人は何かおかしい。カルナは以前のように火筒を背負っておらず、代わりに布に包まれた細長い物を背負っている。友人は腰にポーチと細長いカードケースみたいなのを付けているくらいで武器すらない。ただ見かけない手袋を付けているので魔法士なのかもしれない。

 シャリアの先導で道を戻って行くが、道の先からは今も戦闘音が聞こえる。ここは先に行って露払いをしておくべきか、そう判断しエルを連れて先へゆく。少し進むとすぐに外に出る。そこは賊と兵士たちとの激戦の真っ最中で双方何人も倒れている。人数差で兵士たちが若干有理か。しかし賊も負けてはいない。

 戦っている賊の中に一際デカいやつがいる。ボスかはわからないが、あいつが残っているから残りの賊たちも戦っているように見える。デカいバスタードソードを振り回しているデカブツは2メールは余裕で超えていそうな巨躯に似合わず素早く兵士たちを切り捨てていく。兵士たちが槍でちまちま突いたか傷はあるがどれも致命傷なんて程遠いものばかり。つまりピンピンしているのだ。


「くくっ、試すにゃちょうどいいな。遺跡じゃ使えなかったし……エル、周りは任せる」

「ええ任せて。でも大丈夫?ルルに怒られない?」

「怪我しなきゃだいじょーぶ。さ、やってくる」


 いつも通りニュクスとパンドラ……では無く手に持つのはトライアーとハティ。少々特殊な弾頭をトライアーへ込めながら乱戦の中背後へと近づいていく。デカブツは戦闘に夢中か、目の前の兵士を剣で切ることばかりで気づく気配すらない。おそらく振り向けば気づきもせず幽霊のように背後にいることに驚くのか、それはわからないが銃の間合いは長い。


 剣にだけ気を付けて3メール程度まで接近、そのまま銃口を後頭部へと向ける。このまま引き金を引けば火薬の燃焼によって発生した圧力によって放出した特殊弾頭が音速を超えて頭蓋骨をぶち抜く。

 決して参考にならないボス戦だ。だがこれは特殊弾頭の試射。命を懸けた戦闘において舐めプにも等しいがあくまでも実験だ。しっかりと効果を発揮できるようにするため、狙いを当てやすい胴体下部にする。太い血管も通るここならば問題なく効果が出る。そんな考えからためらいなく発射。この近距離で外すわけもなく背後から槍で貫かれたような衝撃を受けたデカブツは体勢を保つこともできずに倒れこむ。

 そのまま周囲の賊へ向けて散弾をばら撒き、特殊弾頭の効果が出るのを待つ。賊の数を減らして兵士たちを援護しているとデカブツがビクンと跳ねる。野郎が汗を振りまきながら跳ねる姿は見たくはないが、大量の汗と血管を浮かべ苦しんでいる辺り成功のようだ。


「ぐっ……っ!」

「うんうん、結果は上々。どうだ?猛毒の気分は」


 撃ち込んだのは植物性の猛毒を仕込んだ弾頭。トウの樹液でカバーを作って中に毒物を仕込むシンプルな物。まだ試作品で先端部分が割れてしまうこともある。だが撃ち込めれば目の前のように身体を動かせなくなる。即効性と強力さが取り柄の神経毒で、喰らえばまず動くことは出来ない。神経毒は昆虫が持つものが有名だ。獲物の中に流し込んで動きを止めてその間に捕食などを行う。個人的には様々な毒の中で一番怖いと思う。このように苦しみたくとも声も出ない。まあ魔物用を人間に撃ち込んでるんだから過剰なのは仕方ない。

 ひとまず、効果が出ることはわかったからこいつの処遇は兵士たちに任せるとしよう。


 振り返ると入口付近で救出した女性たちに兵士たちが声をかけている。女性兵士が居ないから仕方ないが……やはり男性に対して恐怖心があるようだ。まあ見た感じルルたちが取り成しているみたいだし任せよう。





 その後、救出した女性たちと押収した積荷などひ全て兵士たちに任せることとなった。よって救出の依頼はここでそのまま乗ってきた馬車に乗り王都に戻る───



「師匠、これお土産」

「カルナさん、私こっち来て大丈夫だったんでしょうか……」



 ───この二人以外。カルナの友人、名をメノフィラと言うらしい。さっき牢で見た時と違ってしっかりと武装している。軍服のような黒の衣装で、実在したとは思わなかったミニスカ+ガーターベルトを装着している。加えて、この世界そのものにあるとは思っていなかった眼鏡も掛けている。彼女曰く、眼鏡めがねではなく眼鏡がんきょうの方の読みらしいが。そのメノフィラが何故こちらの馬車に乗っているのかと言うとカルナがごねたからだ。救出した当人たちに加え友人ということもあって許可が降りた。と言うよりも押し切った。他に彼女の素性に関しても変に口外しないことを条件に既に聞いている。帝国軍諜報部とはまたまた大物だな。




「カルナ、何これ?」

「水霧竜の鱗。私と他に何人かで討伐した。火筒がその時に壊れたけど」

「竜の鱗……綺麗ね、こんなに透明だなんて」

「偶然立ち寄った湖沿いの村で襲われた。何とか討伐して、山分けした。その鱗はその中の一つ。師匠喜ぶと思って」

「きっと喜ぶわ。……そうだカルナ、アルブムは?」

「……忘れてた」


 一瞬の沈黙の後、空高く響き渡る指笛で彼女の相棒であるアルブムが姿を表す。デカいトカゲみたいだったアルブムはさらにデカくなって超デカイトカゲという方が良いか。しかし身軽なようでどうやら近くの木に隠れていたようだ。数ヶ月ぶりに見る白い身体。家でお留守番のウィオラとは真反対の色だ。


「あら、てっきり忘れられてると思ったけどまだ覚えてくれているのね」


 近寄ってきたアルブムは頭だけを馬車に突っ込んでルルの足に頭を擦り付け甘えているように見える。彼女はなんだかんだ動物に好かれる。それもあるのだろう。


 彼女たちは久方ぶりの再会を喜んでいるようだ。あの水霧竜の鱗とやら、すごい透明でまるでガラスのようでとても気になるが、我慢だ。ここで済ませておきたい事は済ませてしまう。


「さて一先ず落ち着いたわけだが、メノフィラさん。カルナがお世話になりました」

「い、いえ。私が助けられたりすることばかりなので」

「そう謙遜しないで。で、さっき貴女の素性は聞いた。帝国軍諜報部……というのは信じましょう。そして賊に捕まった経緯も。んで、なんでクビになったんだ?帝国軍諜報部……偏見だが優秀に優秀を掛け算したような連中しか入れないような組織だと思っているが」

「それはある意味では間違っていません。しかし本当に優秀なのはごく一部です。帝国軍諜報部……いえ帝国軍そのものは言わば完全個人実力主義です。昇格するにも単独での魔物討伐などが課されます」


 それからメノフィラさんはクビの経緯を語った。曰く、彼女は平民として帝国軍の兵士として入軍、得意とするものが本来は複数人戦なのだが個人実力主義の帝国軍の中で偶然単独で魔物を瀕死まで追い詰めてしまう。それが帝国軍上官の目に留まり、優秀な若い人材を欲していた諜報部がそれをスカウト、見事諜報部の入隊試験すらもクリアしてしまい諜報部に入ることになった。

 高給もあって最初は気分が良かったようなのだけど普段の訓練が単独での魔物討伐が多く、複数人戦を得意とする彼女は落第ギリギリの成績。しかし情報収集の腕はよく、それを見かねた上官が入隊してからまだまだ早いが任務を与える。そうして王国へ来たそうだ。そうして何年か経った後、帝国が戦争の用意をするとか言って彼女をクビにした……という訳らしい。クビを聞いた時かなり荒れたそうな。


 完全個人実力主義の中で集団戦を得意とするなら確かに大きく見劣ることもあるだろう。しかも諜報部どころか帝国軍上官は貴族ばかりの自称エリートばかりで平民から諜報部に入ったメノフィラさんは常に下に見られていたという。

 所属組織の思想によって実力を十全に発揮できないまま自身の身分と併せて常に下に見られ、唐突にクビになったのならそりゃあ怒りたくもなる。でもなんで複数人戦を得意とするのに魔物を単独で倒せたのだろうか。ふむ……戻って一休みしたら模擬戦でもして確かめてみるか。優秀な人材ならスカウトしたいしな。


 そんなことを思いながらも、心地よい馬車の揺れと未だ残る疲労に負け瞼を閉じ、思考と静音の眠りの海へ潜るのだった。

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