白の獣
※同時刻に新作【荒廃と硝煙。そして青空】を投稿しました。舞台が近未来のSF作品です。いずれロボとかも出てくるのでどうか、一読お願いします!
それでは、本編をどうぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャリアの感覚を頼りに進み続けて数十分。周囲の景色は相変わらず緑のまま変わらないが、俺たちでもわかるくらいにピンと空気が張り詰めていた。一歩踏み出す度に鳴る枯葉を踏む音でさえハッキリと聞こえ、その音がどこまで聞こえているのか不安になるほどだ。
「………近いです」
シャリアが足を止め、また周囲を探る。今は彼女の耳が頼りだ。彼女が集中出来るように俺たちは周りを守るしか出来ない。周りは木や小さな実がなる小柄な木があって、それで身を隠しながらだが。
そして、少しずつ移動をしつつ周囲を探っていた、
その時だった。
「ガアアアァァァッ!!」
『!?』
突如響いた獣の咆哮に全員が動けなくなった。まるで金縛りのように動けない。フィルグレアの時は咆哮を受ける前に拘束をしたためまともに咆哮を受けることは今まで無かったのだ。
全く動くことが出来ない。あの時と同じように、フィルグレアと睨み合った時と同じように生物としての格が違うような感覚。自身は逃げたいのに肉体が言うことを聞かない。
くそっ、こんな時に!
無理やり肉体に力を入れて言うことを聞かせて一歩踏み出した瞬間に身体が崩れ落ちるように前につんのめった。
「はぁ……はぁ……どこにいる?」
「あっち……の方です」
シャリアが震える手で指さした方にはまだ何も見えない。でも確かにその方向から強い気配を感じる。それになんか身体中の毛が逆立つような感覚もしている。
「お前らァ!あと、少しだ!何とか逃げるぞ!」
誰だ!?この辺りにも調査に来ているハンターがいても不思議じゃ無いけどなんてタイミングだ!
「くそっ、誰かいるのか!?」
その声が聞こえた方向を見てもまだ姿は見えないけど確かに誰かが走ってきているような音はする。
もしかしなくても俺たちが探してた魔物だろうな。まさかそいつが既に人を襲っていたか。
「どうする?既に襲われてる人がいるみたいだが?」
「行きましょ。足止めは出来なくても助けることくらいは……」
「逃げるのに賛成だよ。多分、死ぬよ」
真剣な声音でマナは言った。
「お姉ちゃんの気持ちもわかるよ。でも、今は襲われてる人を囮にして逃げるべき。シャリアお姉ちゃん、どう?」
「同じです。まずいです。早く逃げるなりしないと次は私たち──」
「ガアアアァァァッ!!」
また同じ咆哮だ。でも近い!もう間に合わないんじゃ!?
「逃げるぞ。ここに居たら死ぬ。ひとまず下がって様子を伺おう」
「………わかったわ」
「シャリア、ルルを抱えてくれ。今は速度が大事だ」
「了解です。マナちゃん、行きましょ」
「うん……でも」
「行くぞ」
咆哮が来た方向とは反対側に向けてゆっくりと音を立てないように進む。周りには木が多いから自分たちが隠れる場所には事欠かない。まだ後ろの方で声も聞こえるし走っているような音もしている。おそらく追いかけられているであろう彼もしくは彼女には申し訳ないが、囮になってもらおう。
「よし、このまま静かに……」
周囲の木に隠れるように少しずつ、少しずつ離れていく。
「うわあああぁぁっ!」
「いやだ!死にたくない!」
「誰か、助けて!」
悲鳴も聞こえてくるが、それでもそれに背を向けて進まなきゃいけない。でもその一言一言が刺さるのだ。助けを求める叫び。命乞いの叫び。どれもこの世界においては幾度となく叫ばれた文言なのだろう。それはあの日とて変わりない。あの日だって……
「……………やっぱり助けるわ。もう、助けられるのに死なせるなんてことはさせたくない。シャリア、マナ、二人は急いで森から出て助けを呼んできて。ヤマトには無茶をさせちゃうけど……」
「別にいいさ。ルルはそうするんだろうなって薄々思ってたし」
「ごめんなさい」
別に死にそうになってる人を助けて褒められたいとか、勇気を出して人を助けるとかの英雄的な行動をしたいわけじゃない。ただ、自分勝手な区切り付けなのはわかってるんだ。あの日死んだ人たちは誰も悪くない。魔物、いや龍という魔獣に、自然の存在に殺されたのだから助けられる余地すらも無かったらしいのかもしれない。それでもあの日目の前で死んだガルマさんのことが忘れられないんだ。死んだ時は動揺してどうにも出来なかったけど今ならもしかしたら誰かは助けられるのだ。二人には悪いが、自分勝手に行動させてもらおう。そうすれば俺も一歩進めるかもしれないから。
「ルル、治癒魔法の用意を。ここに隠れていてくれよ。とりあえず周りを見てくる。生きてれば連れてくるからさ。その時は俺たちで脱出だ」
「うん」
「お二人は、どうやってこの森から出るつもりだったんですか?」
「シャリア……早く行かないと魔物が来るぞ」
「私は二人に借りがあるんです。なのでこれで貸し借りなしでハンターを続けられますから。それで、どうやって森から出るつもりで?」
「太陽の位置と植物の生え方。あとは磁鉱で方角がわかる」
磁鉱とはこの世界の磁石みたいなものだ。方位磁針としては使われていなくて、珍しい石として扱われていた。俺はそれと鉄針を買って常に持ち歩いているのだ。
「なるほど。一応出れるようにはしていたんですね。でも、多分お二人では大の大人を担いでは出れませんよね?」
「うっ、それは……」
「私は全て聞きましたからなぜそうしたいのかもわかります。でも、自身の命を簡単に扱わないでください。生き延びろ、そう言われたのでしょう?それに仲間ですよね?」
シャリアに叱られちゃったな。
それに借りを返す、ね。あんなの、貸しにすらなってないのに。でも仲間、か。まんま立場は真反対で、尚且つ全く同じことを言われたか。
「お姉ちゃん、魔物を見つけた。あと追われてる人も。立って生き残ってるのはあと三人だけだよ。でもあれは本当にまずいよ……」
「何がいたんだ?」
「雷虎。でも形は雷虎だけど色が違うの」
雷虎……確か大型の魔物にしては珍しく広範囲に生息が確認されている種だったか。名前の通り雷系の能力を持つが、それは魔法では無くて自身で発生させているものだということが解明されている。王都でも討伐依頼が貼ってあったのを見たことがある。基本的には赤タグから青タグ程度の魔物で、俺たちも受けようと思えば受けられる依頼のレベルの魔物なのだ。でも雷虎は少々特殊で、その名前に関係は無いのだけれどもその生息範囲の広さゆえその個体の実力が幅広く存在するのだ。平均すれば青から赤程度なのだけどかつて存在した中には特級ハンターが駆り出されたバケモン級の雷虎がいたらしい。そして何よりも雷虎の色は虎と付くように黄色と黒なのだけど、こっちの世界に虎がいるのかはわからない。でも字としては存在しているみたいだし……
ちなみになぜ
「どんななんだ?」
「白。真っ白。黄色も黒もない本当に真っ白なの」
「白い雷虎?」
なんだそりゃ。本当に雷虎なのか?でも本当に雷虎だったとして考えられる可能性は三つ。
一つ目はかつて戦った剛体蜥蜴のような変異種の可能性。これならマジで死にかねないのでルルは渋るだろうけど撤退する。俺の気持ちなんて捨ておかないとダメだ。
二つ目は魔物のアルビノの可能性。昔本で見た限りだけど魔物にもアルビノ個体のようなものは存在しているらしい。この世界でのアルビノは変異種として扱われているけど俺は一応分けているので今回も分けておく。
三つ目は雷虎の老個体。もし魔物の寿命限界まで生きていたとして今なお狩りを行っているのであれば色への納得がいく。要は白髪だ。この場合も危険だけどまだ生き残れる可能性はある。
「どんな様子だった?」
「一瞬しか見れなかったけど、かなり素早かったよ。でも、なんか変だった」
「変?」
「なんというか……動きが合理的じゃないというか」
「なるほど……」
動物と魔物に共通するのはどちらも本能で動いているということだ。もちろん知恵のある動物も魔物もいるが、それでも根本は本能となる。その本能に関してはそれぞれ違うが、食と生殖、その二点だけはどれも変わらない。
そして雷虎だが合理的でないというのは獣は身体の動かし方、行動が全てにおいて合理的であるのだ。知恵あるもの程本能に沿った合理的な行動をするものだ。本能とは言ってしまえば野生の過酷な世界で生き抜くためな必要な知識が一切の過不足無く詰め込まれた世界最高の行動プログラムだ。
人間はそのプログラムを『親の行動の観察』という形で理解し実行するが、立つという動作一つでも動かしているのは本能だ。そして立てるようになった瞬間から合理的な体重移動を常に行うようになる。非合理的な思考は人間特有だが無意識の行動は全て合理的に動くためのプログラムに沿ったものなのだ。
そんなふうに出来ている行動プログラムに沿った行動をしない雷虎はなんだ?合理的行動を阻害する原因があるのかそれとも……
「異様な程に知恵をつけた個体か、だな」
前者の場合は先の三つの可能性は残されるが、後者の場合は二つに絞られるしほぼ片方に偏っていると言ってもいいだろう。
理由としては知能が発達しているということは一世代で特異な知的進化を遂げるか、長大な時間を生きておそらく死闘を行った結果、生存するための知識が発達してその過程で狩猟的な面の知識も発達した、というものだ。
負傷した状態で生存するためには野生で生きてきた中で得た知識をフルで活かす必要があるはずだ。そしてそれを乗り越えた老練の個体ならば?
まあ……かなりヤバいわな。
「ひとまず、その雷虎の様子をもう一度探ろ──」
「くそっ、どこまで追ってきやがる!……っ誰だ!?」
『!?』
俺たちが隠れていた茂みに唐突に現れた人影。逆光で顔はよく見えないが、皮と金属の鎧を着て剣を持っているから見た目は蛮族だ。俺たちはしゃがんで居るから見上げている状態なのだけど、飛び込んできたそいつは息を切らしながらも落ち着いて話しかけてきた。
「誰だ、あんたら?」
「俺たちはこの辺りの調査を担当してたハンターさ。多分あんたは隣の区域の……ってあんたダルクか!」
「その声……ヤマトか!?」
「ああ!」
雷虎に追われていたのか、茂みに飛び込んできたのは昨日調査拠点で会った青タグハンターのダルクだった。
「お前ら、悪いことは言わねえ。とにかく逃げろ。あいつはヤバい」
「なあ教えてくれ。あいつはなんだ?」
「雷虎……としか言いようがないな。俺の仲間もみんなやられた。背中に背負ってるやつと俺が生き残ったんだ」
「そうか……」
「なあヤマト、頼みがある。雷虎との戦闘で針を落としちまったんだ。拠点まで案内してくれねえか?」
「それは構わないが……雷虎はどうなんだ?」
「わからん。でも今は何とか撒いたんだ」
「よし。……こっちだ。早く行こう」
「恩に着る」
俺たちはダルクを囲むように陣取って、コンパスの指す拠点の方へと向かう。その間もルルが彼が背負うけが人に魔法を掛けている。
「よせ、俺たちもその雷虎の気配を感じてこっちへ来たんだ。でも無事でよかった」
「ありがとよ。でも俺ももうハンターは引退かもしれねえな。仲間を失って、俺ももう……」
「まだ自分が生きてるんだ。進め。仲間は失っても、まだ腕も足も残ってるだろ。何もかもを失うよりはマシだ」
「ヤマト……」
「さ、早く進まないと日が暮れちまう。そしたらここから出れなくなるな」
「縁起でもねえ。やめとけやい」
「ははっ、ここからは一切休憩なしで進むぞ。さっきの雷虎がどこまで追ってくるのかわからないからな」
「そうだな。急──」
「ガアアアアアアァァァァァァッ!!」
さっきよりも大きな咆哮とともに目の前で土煙が上がる。そこには……
「──どうやら目の前まで追ってくるそうだ」
そこには、青白い雷を全身に纏って、身体中の毛に帯電させながら四肢でしっかりと地を踏みしめ、こちらを睨む純白の獣が居た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます