第2発
貿易都市へ
「すぅ……すぅ……」
ルルが所々破れた毛布を体にまいて石畳の上で眠っている。
今でこそ寝息を立てているが、さっきまでは眠りながら泣いていたのだ。
「すぅ……うぅ……お父……様……メーネ……どこ……う、うぅぅぅ」
また泣いている。時折こんなふうに泣いているのだ。
さっきは多少なりとも受け止めた様子だったがやはりまだ12歳の少女だ。横になってから泣いているのだ。
今はフーレン伯爵家の裏にある庭で過ごしている。
まだどこも燃えていないで崩れる物も無いから安全だと判断したのだ。
「ルルも落ち着いたみたいだし、ちょっとは離れても大丈夫、かな」
俺は隣で横になっているルルを起こさないように立ち上がると、元フーレン伯爵家へと向かう。
さっきもルルに言ったように俺はここから北に行って貿易都市ナラルラに向かう。そのために食糧などを確保しなければならない。それに……ルルをあんな破れた毛布でいつまでも寝かせる訳にもいかないからな。
俺もルルもついさっきまで神殿に行っていたから実は魔法袋は持っている。
しかし、中はほぼ空っぽに近いのだ。
本来なら今日は朝早くに伯爵家を出て、夜には帰ってくる予定だったから食事も今日の分しか持っていないし、水も少ない。
そして貿易都市へは歩きで最低3日は掛かる。しかもルルは足を軽く怪我しているのだ。万一のことを考えると食糧は1週間分は持っておきたいのだ。
俺はさらに銃の火薬や整備道具、弾も追加されるが。
「ふー、食料庫がほとんど無事で良かったな。パンとか果物も無事だし、干し肉も大量にある」
このフーレン伯爵家の食料庫は地下にある。そのため、黒龍の襲撃を受け、建物が倒壊してもほとんどが無事だったのだ。
中には、パンや果物の他に小麦粉や塩などもある。
この世界ではまだ塩は貴重品だ。香辛料は入手出来るらしいのだが、海が遠いこの辺りではさらに高価だ。
俺は自分の魔法袋の中に食糧をとにかく詰め込んでいく。
「こんくらい入れておけばそれなりには持つだろ。さて、次は毛布かな」
俺は崩れたフーレン伯爵家の中を歩き回り、あることに気付いた。
「中は……誰も居ないな。そもそも血の跡すらない。綺麗なままだ」
中に入ってからまだ一度も遺体を見ていない。
上手く逃げられたのだろうか。少なくともまだバナークさんとメーネさんは見ていない。運が良ければまた会えるのかもしれないな。
俺は元は客間だっただろう部屋の跡に入り、あまり破けていない毛布を数枚頂戴していく。俺はともかくルルが寒い思いをするのは頂けない。
毛布を手に入れたら次はお金だ。正直、漁っていくのは気が引けるのだけど生き延びるため、ということで許して貰いたい。
しばらく漁っていると、巨大な金庫が残っていた。
やはり貴族の家の金庫なだけあって傷は付いているものの壊れてはいない。
本当ならここで諦めるのだけど……実は俺はこの金庫の開け方を知っているのだ。偶然開け方を知っただけなんだけどね。
「確か……ダイヤルを右に三回、左に五回、さらに左に一回、右に二回、最後に右に四回……」
ガチッ
何かが外れるような硬い音が聴こえた。
扉に引っかかっている木の破片を退けて扉を引くと、中にはかなりの量の貨幣と、書類があった。
「マジか、大量だな。でもこれで少なくとも宿無しは回避出来そうだな。───ガルマさんは許してくれますよね」
金庫の中身を調べてみると、白金貨14枚、大金貨43枚、金貨33枚、大銀貨21枚、銀貨15枚、だった。
そして、一緒に入っていた書類はこの伯爵家の資産だった。やはり家にそのまま置いておくという事はせず、別の場所にあるらしい。
俺は金庫を後にして、瓦礫の中を一通り捜索した。
結局、見つけられて役に立ちそうな物は途中で見つけたランタンくらいだったが、一つ収穫があった。
この伯爵家には馬車が数台あるのだが、その全てが走り去った後があった。つまり、メーネさん達は生きているかもしれないのだ。
それだけでも今は十分だった。
ルルの元に戻る途中、最後に裏手にある納屋に立ち寄った。
さっき火薬とかを取りに来て、既にここには用はないはずだったが……何故かここに来なければならない気がしたのだ。
「やっぱり何にも……あれ?これって……」
さっきここに来た時は気づかなかったのか、火薬などが乗っていた棚とは反対の棚に一冊の本が置いてあった。
まだ装丁も新しいものだ。著者は……バナークさん!?
俺は驚いて本を取り落としそうになった。
開いてみると様々なことが事細かに書かれている。
まずは地理だ。地図も一緒に描かれていて説明も要点を簡潔に情報量を優先しているものだ。
まるで自分で歩いて調べたかのような情報ばかりだ。
次に魔物やこの世界の情報。いわゆるサバイバルガイドのようなものになっている。
他には銃の火薬の調合法や射撃の要点、そして『射撃』のスキルについて。どうやらバナークさんは俺が射撃スキルを手に入れることが分かっていたようだ。
この本によると、当たりにくいこの銃でも当たるようになってきていたのはスキルが発現し始めていた証拠なのだという。同時に、そのスキルには銃の反動を抑える効果もあって実はバナークさんも持っていたのだという。
読めば読むほどこの本にはバナークさんの意思が込められていると分かる。これはバナークさん本人が持つ知識の全てなのだ。
つまり、俺がどう生きても大丈夫なようにこれは書かれている。
俺はバナークさんに感謝すると、そっと魔法袋の中にしまい込んだ。下手に扱って傷が付かないように。
「あれ?ルル起きてたの?」
俺が戻ると、ルルは起き上がって、頬を膨らましている。
「起きてたの?じゃないわ。なんで勝手にいなくなるのよ!結構心配したのよ!?起きてみたら隣に誰もいなかった時の怖さ分かる?」
俺はルルの剣幕に押され、思わず頭を下げる。
「で、どこに行ってたの?私を置いて一人で何かやってたヤマト君?」
「ご、ごめん。これからの食糧とか集めてたんだが……」
ルルの口調が怖い。
さっきまで泣いてたみたいで目元が赤いがそれを感じさせない勢いで怖い。
「はぁ。分かったわ。で、どのくらい集まったの?」
ルルは諦めた様子で息を吐いた。
「だいたい二人分で1週間分程度かな。水とかは適宜手に入れなきゃならないけど」
「そう。……夜が明けたらもう出るんでしょ?」
「ああ。早めに出て、出来るだけ街に近付きたいからね」
それを聞いたルルは立ち上がった。月明かりに彼女の金髪が反射してとても綺麗だ。
「ねぇヤマト。出来ればお父様を埋めてあげたいの。手伝って貰ってもいい?」
ルルの提案に俺は無言で頷く。
そこからは終始無言のままだった。
ルルの魔法で瓦礫を一部どけて掘った穴にガルマさんの遺体をそっと横たえる。
そのままだと
そして墓標の代わりにガルマさんの剣を突き立てた時、日が昇り夜が明けた。
「じゃあ、行こっか。───お父様、今までありがとう。私はちゃんと生きるからね」
日が昇るのを見たルルがそう言うと、俺達は伯爵家跡地の玄関前にあるガルマさんの墓標に礼をしてからその場を立ち去る。
振り返らず、北へ向けて。貿易都市ナラルラに向けてヤマトとルルは歩き出す。
彼らの道を歩むために。
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