姦しや、夜
弱まる気配皆無な雨の中へびしょ濡れになる覚悟を持ち飛び出して、すっごいお金持ちの人しか通してくれそうにない入り口をあっさり通されて辿り着いた、ホテルのフロントにて。
「ねーねー見て見て! あのステンドグラス! エモペンちゃん描いてある! すっごーい! あ! あれも! あっちもそうだよ! わー凄い凄いーっ!」
「わかった、わかったから落ち着いてくれよ夏菜」
「うん! 頑張って落ち着く!」
私一人、とってもハイテンションしてます。
「落ち着いてないのは認めるんか……なんてレアケース……」
だって! あっち見てもこっち見ても可愛いで溢れてるんだよ!? 内装もカッコいいし! こんなの楽しいに決まってるもん!
「はい、お部屋ご用意してもらえました。予約無しで取れるとか奇跡だわ……」
「男四人で一部屋、女四人で一部屋ね。マジで結構なお値段するからねー。お財布厳しいって人はあたしたちの財布、東雲千華お嬢様に払ってもらうよーに」
フロントで受付をしてくれていた奏ちゃんと美優ちゃんが戻って来た。ガイドブックみたいなのとかなんか色々持ってる。何それ気になるすっごく気になる!
「良かったあ……」
「やっと休める……」
いやあ、本当にぐったりだなあ、グロッキー組は。千華ちゃんってば、美優ちゃんのボケにツッコミ入れるの忘れてるし。
「そこでへばんなゴールデンアホドッグ」
「だから一纏めにしないでって……」
「だから一纏めにすんなっての……」
「いいから立て。こんな所でダレてちゃ他の客の邪魔になる。ほれ、さっさ行くぞ」
「はぁい……」
「わかった……」
「キリキリ動けやキリキリ。あの、すいません、医務室とかってありませんか? 足怪我しちゃった子がいまして。せめて消毒液と絆創膏があると助かるのですが……」
通り掛かった従業員さんに声を掛ける奏ちゃん。当たり前みたいにこういう気配りをしてくれるの、カッコいいよね。ホールの隅で項垂れていた小春ちゃん、目を丸くしてるよ。可愛いなあ!
「はい、ありがとうございます。あとでねこちゃんたちの部屋に絆創膏とか持って来てくれるってさ」
「御心遣い……痛み入ります……」
「堅苦しい礼なら俺じゃなくて従業員さんに。部屋まで行こう。歩くのとおんぶどっちがいい?」
「あ、歩けます……本当に大丈夫です……」
「そか。じゃあ行こう。はいはいそこの白藤さーん。興味津々なのはいいですけど探検は後にしてくださいねー」
「わ、わかってるもん!」
しっかり釘を刺された私、小春ちゃんに手を貸しながらエレベーターの中へ。別に、奏ちゃんに言われなくても探検なんてするつもりなかったけどねっ。後でするもんっ。
やっぱり内装の可愛いエレベーターに乗り込んで四階へ。降りて左方向へ進んで進んで進んで……って、廊下が凄く長いなあ。うちの団地に負けないくらいだ。
「えーっと……ここが俺ら四人の部屋だな。美優たちの部屋は隣の隣な」
「だね。この後どうする? 落ち着いたら集まる?」
「いやー今日はやめとかね? ん?」
「遊ぶ元気ねえっす」
「あたしもねえっす」
何故か親指を立てて答える、相変わらず肩組んだままの二人。確かに、今日は夜更かししない方が良さそうだね。
「だってよ」
「それもそっか。じゃあおやすみ、男共。今日は透けブラねこもいるんだから、みだりにこっちへ侵入したりする事のないよーに」
「はえっ!? す、透けっ!?」
「ほら行くよー女の子たちー」
「うーん……おやすみぃ……」
「お、おやすみなさい……透け……え? ちょ、ちょっと待って……」
「大丈夫、透けてない透けてない。じゃあおやすみ、みんな!」
「おう、おやすみ」
「おやすみー!」
「ゆっくり休んでね」
「おやすみ……小春をよろしく……」
おやすみなさいをして部屋の中へ消えていく男の子たち。ドアが閉まる間際、なんだこれー!? って元ちゃんが叫ぶのが聞こえたけど……?
「あたしたちも入ろ……わ、これは」
「わ! わわっ! うわわわ!」
「あのー夏菜ちゃーん?」
「何これすごーい! すごーいすごーい!」
「ダメだこりゃ」
なんていうか、海外! すっごく海外なんだけどバッチリ夢世界なの! なんかね、そんな感じなの!
壁紙とか天井とか扉とかベッドとか、本当数えきれないほどあちこちにエモペンちゃんやランドのマスコットたちがいるの! それでねそれでね! 一つ一つのデザインがすっごく海外してるの! なんかよくわかんないけどすっごく海外なの! カッコいい!
「て、天国!? ここが天国なんだね!?」
「ちゃうちゃう。あーほらほら、そのまま入ったらお部屋濡れちゃうでしょ。タオル持って来てあげるから待ってなさい」
「はーい!」
「元気だね夏菜は……あたしにわけて……」
「ほんとに白藤先輩が幼女化してる……マジ天使……!」
「はいこれタオルねー。あ、各種アメニティは持ち帰り可能って書いてあったけど」
「いいの!? これ持って帰っていいの!? 他にはどれ!? えっ!? 全部!? ほんとに!?」
「最後まで聞きなさいっ。タオルとパジャマはお持ち帰り禁止で」
「パ、パジャマ!? 見たい見たい見たい!」
「わーかったから! とにかくっ! 荷物置いたらパジャマ持って温泉行くよ! 温泉近くに洗濯と乾燥が出来るスペースあるらしいから各自衣類を持って行くように!」
「先に散歩していい!?」
「ダメですっ! 風邪引くでしょ! ほら、全員キリキリ動く!」
「はいはいはーいっ!」
「はーい……」
「はい……」
じゃあ散歩は後回しだね! お楽しみは後に取っておかないとだよね! うんうん! いやーこれは大変な事だよ! 今晩眠れる気がしないもん!
「あーそうだ。夜更かしするつもりはないけどさ、部屋戻る時に色々買って来て、アレやろっか」
「アレって何!? お散歩!?」
「じゃなくてさ」
どうしてか、小春ちゃんの方を見ながら微笑んで、美優ちゃんはこう言った。
「女子会、しよっか」
* * *
PM11:00
「かんぱーい」
「かんぱーい!」
「乾杯っ!」
「乾杯……ジュースですけど……」
「無粋な事は言わないのーねこちゃん。お菓子開けよ開けよー」
「開けよ開けよ! やーなんか急にお腹空いちゃったー!」
「千華ちゃん、お風呂上がったら元気になったね」
「あんなの見せられたら元気にもなるって! なんなのあの温泉は!? 映画の世界じゃん! あたし目標一つ増えたわ! 将来バカ稼ぎして自分の家にもああいう」
「っていうかさー今日初めてねこちゃんの裸見たわけなんだけどさー」
「は、はいっ!?」
「聞ーけーよーぉ!」
「あんたのつまんない目標より目の前にあるエロボディの方が大事」
「あーうん! それはそうだね!」
「納得しちゃうんだ……」
「ねこちゃん、本当に数ヶ月前まで中学生だったのって感じ。なんなのその発育の良さ」
「ほんとそれ! どうなってんのマジで! 高校入学前の美優もヤバかったけどこはるん負けてないよ! 超エロい!」
「エ、エロいって……」
「いいなあ……小春ちゃんみたいなスタイル……憧れちゃうなあ……」
「白藤先輩こそ鬼ヤバスタイルじゃないですか! モデルさんか! ってくらいですよほんとに! 憧れちゃいますよ……」
「そんな事ないよ……無駄に縦に長いからそう見えるだけだもん……」
「あーねこちゃんねこちゃん。この話夏菜にしても無駄だから」
「無駄って何無駄って!?」
「え? ねこちゃんのお腹に付いてるお肉の話だよ?」
「流れ的に全然違うしさりげなく私の事ディスるのやめません!?」
「なんかこう、幼児体形っぽさを残しつつのあの胸ってヤバいよね。下半身のラインも超綺麗だし」
「私の話聞きましょう!?」
「このエロ魔人め」
「全然聞いてくれない!? 言われ放題ですけど、浅葱先輩にだけはスタイルの事言われたくないですっ! 浅葱先輩こそどうなってるんですかそのボディは! 神ですか!?」
「神かどうかは知らないけど、これでも結構努力してますから」
「そうなんですか?」
「なんだかんだとほぼ毎日何かしら運動してるよねー美優は」
「今日だって出掛ける前に早朝ランニングしてたもんね」
「したしたー」
「へ、へえ……意外です……」
「あたしの事をひたすらゲームやってるだけのダメ女だと思っていたのなら認識を改めておくよーに」
「は、はあ……」
「あたしも頑張ってるんだけどなー。どうやったらボンボンバイーン! って体になれるんだろーなー」
「あんたは無理でしょ」
「無理じゃないですぅー! 今に見てろよー!? 医学パワーとマネーパワー駆使してあたしも全身凶器になってやるんだから!」
「全身凶器って」
「っていうか似合わないよ。あんたはそのまま、幼児体形のままでいいよ」
「幼児体形ではないから! っていうかこの中で胸小さいのあたしだけじゃん……なんであたしだけ小さいの……これも遺伝なのかなあ……」
「遺伝と言いますと?」
「あたしのママも胸小さかったからさー。美優ママも夏菜ママも大きいから、やっぱ関係あるんだろうなーって」
「ああ……そういう……」
「……あれ? どしたのこはるん?」
「い、いえ……」
「暗い顔してるとおっぱい揉んじゃうよ?」
「やめてくださいっ! あんなの一度されたらもう充分ですからっ!」
「はい?」
「へっ?」
「えっ?」
「…………あ」
「ねこちゃん。詳細。早く。絶対他言無用を約束します。破ったら千華の口座の中身全部献上致しますのでどうか」
「なんであたし!? っていうか何それ何それどういう事なの!? 実は彼氏がいましたって事!?」
「じゃなくて……!」
「そういう話じゃないなら……もしかしてセクハラされたとか!? ゆ、許せない!」
「違います違いますそうじゃありません! そういうんじゃないんですっ!」
「じゃあどういう話なの?」
「どんな男遊びしたの?」
「エ、エッチな事したの!?」
「違いますっ! ヒール壊れて転びそうになった私を助けてくれた山吹先輩の手ががっつり私の胸を掴んでいたってだけの話です! 直ぐに気付いて手を離してくれましたし! だからそういう話じゃないんですっ!」
「なーんだ。そんな話かー」
「無理矢理よくない事されたとかじゃないんだね……よかったぁ……」
「なんだ、いい話じゃん」
「だから言ったじゃないですか……」
「でもなんか気に食わない」
「き、気にっ、はい?」
「あたしもねこっぱい揉むー」
「あたしもあたしもー!」
「私も私もっ!」
「ダメですっ! なんか嫌ですっ!」
「こはるんのケチ!」
「ケチとはなんですかケチとは!」
「ま、今じゃなくてもいいか……夜は長いんだから……」
「なんですかそのセクハラおじさんムーブ……っていうか……」
「どうしたの?」
「あーいや、なんと言いますか……くだらない話をしてるなあと……」
「そうだね……ふふ……」
「でも楽しくない!?」
「……そうですね……」
「ならそれでいいじゃん。それに、今頃あいつらも、くっだらない話してる頃だよ」
* * *
「殴る」
「待て待て待て待て!」
「落ち着けって謙之介! 奏太も悪気があったわけじゃないのわかるだろ!? じゃなきゃこうして謝れないって!」
「それはわかる。わかるが、とりあえず殴りたい。小春の胸に触っただと……? 許せねえ……殴りたい殴りたい殴りたい羨ましい殴りたい殴りたい……!」
「危ねえ危ねえ色々危ねえ!」
「しれっと羨ましいとか言うなよ……とりあえず座れって。奏太も、急に爆弾放り込むの良くないよ?」
「いやまあ、言っとこうかなって。言い時逃しちゃったけど、ねこちゃんにもちゃんと謝るから。ほんと悪かったよ」
「……別に俺は……小春が良いって言うならそれで……」
「はいはいシスコンシスコン」
「シスコンじゃねえっての」
「いい加減認めちまえよなー。っていうか奏太よ」
「おー?」
「実際触ってみてどうだった? ねこちゃんのおっぱい」
「は!? 何聞いてんだ元気てめぇ!」
「デカかった。まーじでビッグだった」
「お前も答えんなよ!」
「触り心地どんな感じだった? 下着の感触とか気になるものなの?」
「修まで!?」
「正直無我夢中だったし慌てて手離したからアレだけど……とても良かったとだけ……」
「おお……!」
「おお……!」
「お前らなあ!」
「ギャーギャーうっせーな。デカいのなんか見りゃわかるんだからいいだろーが。つーかカマトトぶってんなよ。おっぱいだぞおっぱい。男のロマンだろ。一切興味ないとかお前、男として恥ずかしくねえの?」
「そういう話じゃなくて! 小春がセクハラされてるみたいで嫌なんだよ!」
「そりゃ被害妄想が過ぎるっての」
「過保護過干渉が行き過ぎると今以上に嫌われるよ?」
「つーか兄としてどう思うんだよ。最愛の妹の実りっぷりをよ」
「三人で話逸らしに来るのタチ悪いな!?」
「いいから答えろって」
「どうって……まあ……立派に育ったんじゃないか……本当……眼を見張るくらい……」
「待った。立派に育った。眼を見張るくらい。そう言ったね?」
「……深い意味ねえよ」
「さては……何かやらかしたね?」
「……何もしてねえし」
「はいダウト」
「わっかりやすいなーお前」
「だから俺は何も」
「これ以上口開いても墓穴掘り続けるだけだと思うよ?」
「……修ってこの手の話題好かないかと思ってたんだが」
「そんな男いる? いいからほら」
「……その……半年くらい前に事故って……風呂上がりの小春の下着姿を……見ちまったんだ……」
「変態」
「変態」
「変態」
「事故だって言ってんだろ!?」
「それで、目で見た感想はどうだ? 詳しく解説しろとは言わねえから感想はよ」
「感想求めんなよ……お前らの方こそどうかしてんぞ……」
「本能と煩悩に忠実なだけだっての。それでどうなんだよ、ほれほれ」
「……一言……凄い」
「そ、そんなにか!?」
「ああ……小春は……国宝だ……」
「こ、国宝!?」
「自分の妹を国宝呼ばわりはヤバイな」
「あの日から三ヶ月弱ほど口を聞いてもらえないという代償はあったが……小春が成長した姿を確認する事が出来て……って何言ってんだ俺!? 流される所だった! そこのゲス共! 俺の妹をエロい目で見るな!」
「見てんのお前だろ!」
「見てんのお前だろ!」
「っていうか充分流されてたよね」
「や、俺らも別に、ねこちゃんに対してムラっとくるとかそういうんじゃないんだよ? わかる?」
「それなー。どんなにドスケベボディだろうとねこちゃんだしなー」
「まあ、そういうつもりも特には」
「俺の妹に興味ないとか言うな!」
「もうほんと面倒臭いなお前!」
「もうほんと面倒臭いなお前!」
「もうほんと面倒臭いなお前!」
「綺麗にハモってんじゃねえ!」
* * *
AM12:00
「っていうか美優さー」
「んー?」
「あたしがいない間に何かあった?」
「急に何?」
「いやさ、帰国してからずっと引っかかってたんだよねー。感じ変わったなーって」
「具体的にどの辺が?」
「わかんない」
「わかんないのかい」
「わかんないんだけどなんかそんな感じがするの! 夏菜もわかるでしょ!?」
「うん。なんとなくだけど、何かあったのかなって思ってた」
「ほら!」
「なんとなくでわかるってのも凄いなあ……みなさんならではですね」
「そんな大袈裟なものじゃないって。ただの勘だもん」
「それで……何かあった?」
「詳細は伏せるけど、ちょっと昔話しておセンチになったり、これからあたしは何をどうすればいいのかなとか考えさせられる機会があってさ。それで浮き沈み激しかったってのあるかも。思い付くのはそれくらいかなー」
「ほんとに? 何か嫌な事とか悲しい事とか」
「そういうのじゃないから大丈夫だよ、夏菜。もしも本当にそういう事があったら夏菜に言うから。ね?」
「うん……」
「何であたしには言ってくれないの!?」
「……はっ」
「あ! 鼻で! 鼻で笑った!?」
「はいはいこの話はお終い。もうちょっと女子会っぽいトークしよーよ。例えば、好みのタイプとかそういうさー」
「好みのタイプって、男の子の話?」
「そーそ。じゃあ早速、好みのタイプってワード出した途端顔付き変わったねこちゃんに聞いてみよっかな」
「はいっ!?」
「好みの異性はどんな人ですかー。教えてくださーい」
「え、ええ……? 好み……好みのタイプ……優しい人……とか?」
「ベタだし疑問形だしなんかぶぶー」
「ぶぶーと言われましても……」
「あーじゃあ質問変える。あいつらの中なら誰がタイプ?」
「は、はい!?」
「大胆な事聞くね美優ちゃん……」
「そーお? 答え辛いならどいつの顔が好みかでもいいよー」
「どっちにしろ答え辛いんですけど……」
「深く考えなくていいんだって。ちなみにあたしは元気だねー」
「マジ!? 意外だわー!」
「そ、そうなんだ……美優ちゃん……」
「そんな警戒しなくても大丈夫だってば。そういうつもりはないから。あたしが夏菜から横取りなんてするわけないじゃない」
「よ、横取り!? な、何の話かなぁー?」
「あーはいはい。元気さ、可愛くない? あの生意気そうな面構えとか。あと笑うと八重歯見えるのポイント高い」
「わかるわかるっ! にーって笑った時だけ見えるんだよね! あとねあとね、笑うと目が細くなるの可愛いの! それにそれに」
「出た。唐突に始まる夏菜の元気語り」
「旦那自慢はまた今度聞いてあげるから」
「だ、旦那!? 何言ってるの千華ちゃんってば! へ、変な事言わないでっ! まったくもうっ……千華ちゃんはもうっ……!」
「で、千華は?」
「顔の話でしょ? ダントツ修だねー。っていうか性格込みでも修だわ」
「あら、大胆発言」
「なんかさ、頑張って背伸びしてるお子ちゃまーって感じが可愛いんだよねー。そのくせ顔は超カッコいいっていうギャップがいいんだよなー」
「結構ガチっぽく答えてますね……」
「はい! あたしは答えた! 夏菜は聞くまでもないからノーカン!」
「なんで!?」
「それでこはるんはこはるんはー!? まさかの謙之介とか!?」
「あ、それはないです。ありえないです」
「否定はやっ! じゃあ誰ー!?」
「…………山吹先輩……」
「あーうん」
「だよねー」
「やっぱり」
「なんですその予想通りでしたみたいなリアクションは……」
「だって小春ちゃん、昔っから奏ちゃんによく懐いてたから、なんとなくそうなんだろうなーって」
「そんなに懐いてましたかね?」
「べったりだったじゃん」
「奏太がお兄ちゃんなんじゃないのってくらいにはベタベタしてたよねー」
「そ、そうでしたかね……」
「会う度に奏ちゃんに抱っこかおんぶしてもらってたよね、小春ちゃん」
「そーそー! だから今日さ、懐かしいもの見たなーってなったもん!」
「ああ、おんぶの時ね。わかるわかる」
「私にはさっぱり……あ。そういえば、その山吹先輩の事なんですけど……」
「またおっぱい揉まれた話?」
「その話はもういいですっ! これは多分なんですけど……あの人、私が足を痛めていた事に気が付いていたみたいなんですよね」
「そうなの?」
「おそらく。振り返ってみると、たらたら歩く私にずっと歩調を合わせていてくれたなーって思いまして」
「そういえばずっとねこちゃんの近くにいたかも!」
「ヒール取れた時の反応も超早かったし、間違いなさそうだねー」
「何かあった時の為に直ぐ近くにいるようにしてたんだね。元ちゃんでも気付かなかったのに、奏ちゃん凄いなあ」
「どうしてそこで松葉先輩の名前が?」
「元気はあれで視野広いからね。そういう異常とか、結構気付くヤツなのよ」
「そうなんですか……」
「ま、対ねこちゃん専用レーダーの性能は奏太の方が優秀だったみたいだけど。って、そんな事はいいの。もしかしてねこちゃんってばさ……」
「な、なんですか?」
「キュンと来ちゃった? 奏太に」
「……来ましたよ……」
「わーお」
「へ、変な意味じゃないです!」
「ああ、胸触られて感じ」
「もっと変な意味じゃないですか違いますっ! ただ………やっぱり頼りになる人だなって……それだけです……」
「うんうん! 頼りになるよね!」
「はい……」
「そーお? あたしに言わせれば奏太なんてヘッポコよヘッポコー」
「もっとヘッポコのあんたがよく言うわ」
「ヘッポコじゃないし! ん? じゃあさ、なんで奏太はこはるんに声掛けなかったのかな? 大丈夫かー無理するなーくらいあっても良さそうなもんじゃない?」
「多分ですけどそれは……」
* * *
「午前のうちには気付いてたぞ。あ、多分足痛めてんなって。ちょいちょい歩き方変だったし」
「マジか!」
「視野が広いのは相変わらずだね」
「そんなんじゃねーって」
「それを俺に言ってくれたら良かったのによ。妹の事なんだ、寧ろ聞きたかったくらいだ。なんで教えてくれなかった?」
「それはねこちゃんが嫌がるんじゃねーかなーって」
「なんだそりゃ?」
「逆に考えてみ。ねこちゃんに足痛いのかって聞いたらなんて答えると思う? 謙之介くん、答えをどうぞ」
「大丈夫です、なんでもないですとか、強ってみせるんだろうな」
「だよな。絶対強がると思った。それにあの子の事だ。自分に気を使わせる事で楽しい時間を削って欲しくない。水を差したくない、とか考えてたんじゃねえかな」
「ああ、ねこちゃんっぽいな」
「心配だったし止めなきゃとも思ったけど、痛いの我慢してまで空気壊さないようにしてくれたのに、ねこちゃんの頑張りを俺が台無しにするわけにいかねえじゃん?」
「なるほど」
「妹分思いだね、奏太お兄ちゃん」
「やめろ気持ち悪い」
「なんか悪いな……気を使わせちまったみたいで……」
「気を使ったのはお前の妹の方なんだから俺に謝るのは違うだろ」
「いや、奏太も気配ってくれてんだろ……やっぱいいヤツだな……お前……」
「褒めなくても謝らなくてもいいから一個聞かせろ。お前、なんで高校上がってサッカーやめちまったんだ?」
「なんだよ今更」
「そーいや理由知らねーなーって」
「お前、俺たちに何も言わなかっただろ?」
「せめて一言くらいあっても良かったんじゃない?」
「んな事言われても……」
「それで? ほれ」
「……小春の為だよ」
「はいシスコン」
「はいシスコン」
「はいシスコン」
「言うと思ったよ! でもよ、割とアクティブだった妹がいきなり引きこもり同然の生活に変わったら心配にもなるだろ?」
「引きこもり同然?」
「俺が高校上がる少し前くらいから、明らかに自分の部屋に篭る時間が増えたんだよ。休みの日になると片手で数えられる程度しか部屋から出ないし。ゲームにでもハマったのかって聞いてもウザいだのなんだのって取り付く島もなくてよ」
「あーその頃からかあ……」
「だね……」
「なんか言ったか、奏太に修」
「いんや」
「なんでもないよ」
「そうか。とにかく、反抗期もあったのかもしれないが、俺と口聞いてくれないし、家にいても部屋から出ないってのが続いたから心配になってさ。なんかあったときに直ぐ駆け寄れるように、なるべく家にいなきゃなって、そう思ったんだわ」
「それでサッカーはやめたと」
「そんな感じ」
「は? 何それ? お前、良いお兄ちゃんみたいじゃん」
「俺らの好感度稼いでも夏菜の好感度に還元出来るわけじゃねーぞー」
「なっ!? 何言ってんだバカ奏太! そんなつもりねえから!」
「お、次のトークテーマだな?」
「いいね、聞きたい聞きたい」
「悪魔かお前ら!」
「はいじゃあ赤嶺謙之介くんに質問しまーす。白藤夏菜さんのどんな所が好きなんですかー?」
「教えてくださーい」
「気になりまーす」
「今更隠しても仕方ねーんだからよ、ポーンと言っちまえポーンと」
「そうだそうだー」
「空気読んでくださーい」
「…………笑顔……かな……それと……優しいとこ……とか……」
「うわ、引くほどピュアな答え来ちゃった」
「つーかほんとに言うかね。適当に茶濁しときゃいいのによ」
「顔真っ赤じゃん」
「……お、お前らーっ!」
「うお! 犬が吠えた!」
「首輪付けろ首輪!」
「謙之介、おすわり」
「誰がするかーっ!」
* * *
「あ! い、いた……!」
四階の隅っこの方。とっくに日付も変わっちゃったような時間だから閉まっちゃってるけど、お土産屋さんがあるの。その脇の方の柱の根元辺りに、エモペンちゃんが描かれてたの! いわゆる、隠れエモペンってヤツ! また見つけちゃった!
「四階の……売店近くの柱……っと……」
スマホにメモメモ。夜のお散歩を始めてから六つ目の隠れエモペンの発見にテンション右肩上がり。どんどん目が冴えていく。
本当はね、寝るつもりだったの。けどね、みんなとしてた女子会が楽し過ぎて目が冴えちゃって。話の途中で寝ちゃった千華ちゃんはもちろん、美優ちゃんも小春ちゃんも寝ちゃったし、じゃあどうしよう? お散歩しよう! ってなったの。
早起きしてゆっくりお散歩するつもりだったんだけど、ここに泊まれるのなんて次はいつになるかわかんないもん。出来る限り楽しんでおかないとっ!
「まだまだ行くぞーっ……!」
小さな声で続行を宣言して、隠れエモペンのヒントばかり書いてあるガイドブックを片手に、深夜のお散歩再開。来た道を引き返し、反対の端にあるらしい隠れエモペンを見つけるべく進む。
太くて長くて、チェックインした時よりずっと静かな廊下の真ん中を歩いても、誰ともすれ違わないしぶつからない。私以外誰もいない。みんなもいない。けれど。
「……楽しいなあ……」
楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。自然と歩みが早くなっちゃう。朝からずっと楽しいし、今この瞬間も楽しい。みんなと逸れちゃって迷惑掛けちゃった申し訳なさはあったけど、楽しいが上回って余りある。
予想外の出来事やハプニングもあったけど、高校生最後の夏休みに、掛け替えのない思い出がーー。
「夏菜?」
声。声が聞こえた。どこから? 私の直ぐ……後ろから……。
「ほにゃぁ!?」
驚いて飛び跳ねて、バランス崩して転んじゃった。けど全然痛くない。柔らかい絨毯だなあ。って、そんな場合じゃない!
「いや、そんな驚かなくても……こんな時間にお散歩? それともトイレの場所がわからなくなっちゃったとか?」
な、なんだ……誰かと思ったら……驚かさないで……心臓止まるかと思ったよ……。
「違いますっ!」
「しーっ。大きな声出すのは良くないよ?」
「あっ……!」
「ほら」
柔らかな声音と共に、間抜けにも尻餅付いている私に差し出された大きな手。
「う、うん……」
修ちゃんの右手を、迷わず掴んだ。
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