飛び込め!イリュージョン!

「たっ! だいまーっ! いやー長旅じゃった長旅じゃった! ファーストクラスって言っても疲れるものは疲れるねー! っていうか日本暑過ぎじゃない!? あたしがいない間に太陽不機嫌にさせた愚か者は誰!? っていうかごめんごめん! あたしがいなくて寂しかったでしょ!? 恒例行事とは言え申し訳ない! 何そのそんな事ないけどって顔は!? なんだよなんだよー! 恥ずかしがらなくてもいいじゃんよー! でもそんな思いはもうさせないから! しばらくだけど! 卒業まではこっちにいるって決めたからさ! あそうそう! ケイトと色々見てきて志望校決めたの! その志望校に暇そうにしてるおじいちゃんと一緒に行ったんだけどさ、やー金持ちパワーって凄いねー! おじいちゃんが自分の名前出しただけで向こうの人たち目の色変えちゃってさ! 終いには学校の理事長出てくるんだから笑っちゃったよね! そんなこんなでもう入学は約束されたようなもんよ! やはり金は最強! 世界は金で回ってる! とはいえちゃーんとあたしの実力見せ付けて堂々と入学してやるんだけどね! まあ余裕余裕! なんたってあたし、天才だからっ! おじいちゃんもおばあちゃんも超元気だったよ! みんなによろしく! そのうち遊びに行くってさ! あ、ケイトもまた近いうちにこっち来るってさ! そうそうそのケイトなんだけどさー! もう何をやるにもガミガミガミガミうるさくてうるさくて! あたしが可愛くて可愛くて仕方がないのはわかるんだけど過保護にも限度ってあるよねー! お陰でもう色々大変だったよー! あ! 修は残念だったね! まあそういう事もあるある! まだまだ人生これからなんだし切り替えてこ! ってか時差ボケ! 相変わらずきっついなーこれ! こんな時は寝るに限る! って事で寝る! 寝れば直る! 気がする! あ! みんなにお土産買っといたから! うちのリビングに置いとくから適当に取ってってね! って事でおやすみー! さー寝るぞーっ!」


 黄金色の嵐が発した言葉の内容を理解反芻しようと一生懸命頭を回転させていると、いつの間にか周りが静かになっていた。どうやら私が情報を処理しきる前に退場してしまったみたい。


「はい。この中で誰か、あのアホの言っていた内容全て把握出来た方はおりますかー?」

「出来るわけねーだろ。出来たらそいつ人外認定だわ」

「サラッと重要な事を言ってた気がしたけど千華うるさい以外何も頭に残ってないや」

「お土産なんだって言ってたっけ?」

「あとでゆっくり聞き直さないとだね」


 毎年恒例の渡米から、千華ちゃんが帰ってきた。一週間と少し振りの日本到着早々あのハイテンションなんだからパワフルだ。頑張って聞き取ろうとしたんだけど、ほとんどわからなかったや。お母さんの実家訪問からあちこち行った話まで、千華ちゃんが起きたらゆっくり聞かせてもらおう。


 八月頭までカレンダーは進んだ。今日も今日とて熱帯夜。こんな暑い日は冷房の効きが抜群に良い修ちゃんの部屋でのんびり過ごすのに限るって事で、それぞれ夕食を済ませて集合。このいつも通りの時間が来るとね、ああ、もうすぐ一日が終わるんだなあ、って感じがするの。変かな?


「そういや修さ、今日引退試合だったんだって?」

「そうそう。俺ら三年オンリーのチームと後輩達のチームに分けたりベストメンバーでやったり、賑やかで楽しかったよ」


 元ちゃんのネタ振りに爽やかに返す修ちゃんの笑顔に、無理矢理な感じはない。本当に楽しめたのなら何よりだよ。


 先日、修ちゃんが川ノ宮高校のユニフォームを着て戦った、最後の公式戦。あの試合からの修ちゃんは、こっちが拍子抜けしちゃうくらい普段通りに振る舞っていた。それが単なる強がりだって事は、直ぐにわかった。


 でも私たちは、いつも通りに振る舞った。気を使い過ぎたら、私たちを気にした修ちゃんの方が気を病んじゃうから。それに、肩を叩きながら労ったり、冗談めかして無理矢理笑い話にしたほうが、私たちらしいもん。


「新しいキャプテンも決まった。顧問やOBの皆さんにもお礼を言った。今日で全部終わり。部室も綺麗にしてきたし、立つ鳥跡を濁さず、みたいな?」

「そか」

「うん。最後はあんな試合だったけど、振り返ってみれば楽しい三年間だったよ」

「何よりだ。お疲れさん」

「お疲れさんだなー」

「お疲れー」

「お疲れ様でした! 修ちゃん!」

「はは、ありがと」


 川ノ宮高校サッカー部の歴史上最も優秀な成績を残したあのチームは、少し照れ臭そうにはにかんで見せる修ちゃん無しには語れない。一年の頃からレギュラーで、二年からはキャプテンにもなって。誰よりも大きな声を出して、チームの真ん中に立って。それをずっとずっと続けてきた。


 うん……うんうん! 修ちゃんは頑張った! すっごく頑張った! 最後の最後まで走り続けた三年間、本当に本当にお疲れ様でした!


「そういや今日、謙之介が観に来てたよ。友達に引退試合の事聞いたみたいで」

「どこにでも現れるなあのシスコン犬」

「それでさ、三年連中が結託して謙之介捕まえて、無理矢理ユニフォーム着させて試合に出させちゃった」

「なんじゃそりゃ」

「修って時々めちゃくちゃするよねー」

「言い出しっぺ俺じゃないって。まあ止めなかったけど。三十分くらい出てもらったんだけど、テンション上がっちゃったんだかなんだか謎なのだが、試合終わった途端ガチ泣きし始めて若干引いた。けど面白かった」

「何故泣くわんわんお」

「か、感受性豊かなんだよ謙ちゃんは……あ、そういえば」

「ん?」

「修ちゃんさ、謙ちゃんがサッカー辞めた理由って聞いた事ある?」

「……そう言われてみると……ないかな……高校ではやらないって言われたのは覚えてるけど、どうしてかは聞いた事ないな……」


 中学でも一緒のチームだった修ちゃんでも知らない? 理由言わなかったのかな、謙ちゃん。今度聞いてみようかな。


「入るわよー」


 千華ちゃんが出て行ったばかりのドアが開いた。そこから顔を出したのは。


「あれ、ママだ」

「ただいまー美優。あんた達も」


 眼鏡の良く似合う、美優ちゃんママだった。


 美優ちゃんママは、実年齢よりずっと若々しく見える、超が付くほどの美人さん。ケイトさんと並んだ時とか凄いよ。なんかもう、キラキラ輝くオーラみたいなものが見えるくらいだもん。テレビの中で見る女優さんとかも凄く綺麗だと思うけど、美優ママとケイトさんを間近にしちゃうと霞んじゃう。それくらいのウルトラスーパー美人さんなの。


 スタイル抜群ですっごくオシャレ。勝気で男勝り。言いたい事ははっきり言う。なんというか、豪快な性格をしている人。強化版美優ちゃんって元ちゃんが言ってた事あったっけ。わかる。似た者親子だよね、美優ちゃんのとこは。


「おかえりなさーい」

「ただいま夏菜ー!」

「わ!」

「はーやっぱ生の夏菜は最高だわー! 一日の疲れも吹き飛んじゃうよー!」


 私目掛けて飛び込む、からのハグ。最近忙しそうにしてたからか、今日のタックルは切れ味がいいなあ。


「あ、暑いし痛いからっ! 美優ちゃん止めてよー!」

「気持ちはわかる。許すしかない。ママ代わって。あたしも夏菜成分補填しとかないと」

「あたしが摂取し終わったらねー」

「仕方ないなあ」

「仕方なくないですっ! この親子はほんとにーっ!」


 なんなの、夏菜成分って。そんな成分ありません。意味不明な事言い出すところだって親子そっくりなんだからっ。


「今日は早いね」

「お土産でも持って来てくれたの?」

「マジ!? 夏服もーちょい増やしたかったんだよなー俺!」

「お土産はあるけど夏服じゃありませーん」

「なーんだ」

「けど近々何かしら持って来てあげるわよ。秋服もね」

「さっすが美優ママ! 出来る女カッコいい!」

「でっしょー!? ちんちくりんな元気でも見栄え良くなるようなイケてるヤツ持ってきてあげるから!」

「ちんちくりんは酷くない!?」

「あたしに言わせればあんたたちなんてちんちくりんよちんちくりん! 真っ当な男扱いして欲しかったら一皮も二皮も剥けてもっともっといい男になりなさいな」

「はいはい……ほんっとにこのおばさ」

「元気ー?」

「失言でした申し訳ありません」

「迂闊な事言うとお股に付いてる二つのボールをすり潰しちゃうからねー?」

「ひゃいじゅみましぇん」


 元ちゃんだけじゃなく奏ちゃんも修ちゃんも一緒になって青い顔してる。美優ママの場合本当にやりそうだからなあ……。


「それで何持って来てくれたのー?」

「ああそうだった。えーっとね……これ!」

「何そ……あーっ! イリュージョンランドのフリーパスだー!」


 思わず叫んじゃった! 美優ママがブラウスの胸ポケットから取り出したのは、千葉にあるんだけど東京にある、東京イリュージョンランドって施設のフリーパス! 私ここ大好きなの! アトラクション楽しいしマスコットたちみんな可愛いし! 幻想的な夢と魔法に満ち溢れた素敵な世界なの!


「仕事関係でちょっとね」

「これいいの!? くれるの!? 行っていいの!? 本当に!?」

「いいわよいいわよー」

「ありがとう! 美優ママ大好き!」

「な、夏菜……! あたしもー! 夏菜が大好きよー!」

「も、物で釣るなんて卑怯な……!」

「甘味で釣りまくりなあんたに言われたくないわよ」

「っていうかこれ、六枚!? 六枚も貰ってきたの!?」

「娘さん喜ばれるんじゃないですかって言うから、あたし子供六人いるから六人分ちょうだい。でなきゃいらないって言ったら六人分用意してきたの」

「美優ママカッコいい……!」

「そうでしょそうでしょー!」

「迷惑過ぎる……」

「どうせ向こう的にはゴマ擦りの一環なんだからいいのよ別にー。本当に無理ならこうしてチケット用意してないでしょうし。っていうか、他に誰が呼ぶ子とかいる? 必要ならチケット強奪してくるけど」

「強奪って言ってんじゃん……」

「なんなら私が用意してあげてもいいし。どうなの?」

「うーん……他の子かあ……」

「他の子」

「他の子ね」

「他の子な」

「他の子となると」


 それぞれが他の子を呼ぶか、呼ぶとしたらその子は誰で、何人かをパッと考えて。


「誘うか?」

「俺は賛成」

「俺も賛成ー!」

「千華も賛成だろーね」

「私も私も!」


 確認するまでもなく、満場一致だった。


「美優ママ、あと二枚お願い出来る?」

「夏菜の頼みならなんでもやるに決まってるじゃないのー!」

「ありがと!」

「で、誰を呼ぶの?」


 そんなの決まってるよ!


「犬と猫」

「だね」

「だな!」

「それ」

「うんうん!」

「ほへ? 人外?」


 首を傾げる美優ママが可愛いし美優ちゃんそっくりだしで、思わず笑ってしまった私たちだった。


* * *

「つ、着いた! 着いた着いた! 着いたよ元ちゃん!」

「わーってるから落ち着けって」

「落ち着いてるよ! 落ち着いてるけど!」

「じゃあもう少しボリューム落とそうな」

「わかった! あ! 今エモペンちゃん見えなかった!? あっちの方あっちの方!」

「わかってねー」


 わかってる! わかってるんだけど! どうしても落ち着かないの! ワクワクしちゃってダメなの! こうして大っきなゲートの前に立っちゃうとダメなの!


「凄いテンションだな白藤……」

「夏菜はここ来ると幼児化するからな」

「一日だけロリ夏菜が帰ってくる……これぞ正にイリュージョン……!」

「何言ってんの美優は」

「いやー凄い人だねー! 迷子にならないように気を付けるんだよーこはるん!」

「東雲先輩には言われたくないなあ……」

「んー? 何か言った?」

「なんでもないです気を付けますっ」


 っていうか、私に負けず劣らずみんなもテンション高いじゃない! うんうん! それでいいの! 折角の非日常体験なんだから、全力で楽しまないと!


 謙ちゃん小春ちゃんと川崎駅で待ち合わせをして、東京駅まで出る。京葉線に乗り換えて舞浜駅まで一本。そこからランド専用路線に乗り換える。合わせて大体一時間くらいの道のりで、夢の国へと辿り着く。ここへ来るのは二年振りくらいだけど、一番早いアクセス方法も、駅を降りてからの道のりもバッチリ覚えてた。


 ここへ着くまであちこち観察していたんだけど、装飾とか細かなデザインの変化はちらほらあっても、根幹は何も変わってなかった。いつ見ても素敵だし、いつ見てもワクワクさせられる。そんな魅力が、この世界から溢れ出しているの。ほんとに凄いんだから!


「何はともあれ! 来たぞ! 東京イリュージョンランド! 今日は楽しむぞーっ!」

「楽しむぞーっ!」


 正面ゲートを前にして叫ぶ千華ちゃんに続いて叫ぶ。あれ? みんなは叫ばないの? 恥ずかしがる事ないのにっ!


「はしゃぐのはいいけど熱中症には気を付けてね。それと脱水も。二人共聞いてる?」

「よせよせ修。いざとなったら日陰に押し込んで口にペットボトル突っ込みゃいいんだ」

「やめて! あたしの夏菜に乱暴しないで!」

「そ、そうだそうだ!」

「暑さでやられてんのかお前らは」

「あはは……」


 苦笑している小春ちゃんと謙ちゃんの分のフリーパスは結局、美優ママがもらってきてくれた。背景にどんな出来事があったのかは気になるけど、大事なのはこうして八人でここに来れた事だよね。裏側を詮索して大人の世界の厳しさに触れるのは今日じゃなくてもいいよねっ。


「っていうかねこちゃんねこちゃん」

「はい?」

「結構気合い入ってるねー」

「何がです?」

「その格好」

「え? そ、そうですかね……?」


 美優ちゃんに言われてマジマジと見てみたけど、確かにいつもよりオシャレさんに見えるというか、いつもより色鮮やかな感じがする。


 普段の小春ちゃんって、黒とかグレーとかベージュとか、よく地味とか言われる色味をした服を着ているイメージがあるの。あとパーカーとかそういう、動き易そうな格好をしてたり、ってイメージも。


 けど今日の小春ちゃんは夏らしい水色のトップスに白のスカートっていう、見たことないスタイルなの。スカートにも様々な色でお花とか描かれてるし腰に付いてるリボンも可愛いしバッグも可愛いしブレスレットも可愛いし。とにかく今日の小春ちゃんは、いつも以上に可愛い尽くしなの! あと、履き物が可愛い! ミュールっていうんだっけ? サンダルみたいなヤツ。それの底の厚いの履いてるんだけど、デザインがカッコ可愛いの。もしかしてミュールがちゃんとわかってない私、女子力低い?


「うんうん。いつもより芋臭さ半減してる。ねこちゃん可愛い超可愛い」

「あ、ありがとうございます……って、普段の私、芋臭いと思われてたんですか!?」

「おいおい浅葱さん、今のは小春への悪口って事で」

「女同士の話に首突っ込まないでよダメわんこ」

「うるさい。邪魔」

「ぐっ……!」


 美優ちゃんと小春ちゃんに一蹴されしゅんとする元ちゃんは、確かにわんちゃんぽいかもって思っちゃった。


「確かに、いつもよりいい感じかも」

「そ、そうですか……?」

「うんうん。似合ってる似合ってる」

「そ、そうですか……」


 あ。小春ちゃん、嬉しそう。奏ちゃんに褒められて嬉しそうにしてる。照れる姿も可愛いなあ小春ちゃんは!


「ねーねー早く入ろーよー!」

「うっせーなー先行ってろや」

「なんだとー!?」

「はいはいケンカしない。そろそろ入ろうよ。ここで止まってたら後ろから来る人たちの迷惑になるし」

「だね! 行っくぞー!」


 勢いよく突っ込んで行った千華ちゃんを先頭にゲートに入る。心ゆくまでお楽しみくださいの言葉で送り出してくれる係員さんにチケットを拝見してもらい、入園っ!


「あ! エモペン! エモペンいたよ夏菜!」

「ほんと!?」

「あそこあそこ!」


 金髪を揺らしてぴょんぴょん飛び跳ねる千華ちゃんが指差す先、沢山の子供たちに囲まれている、縦にも横にもスケールアップしたペンギンに無表情って属性を付与した結果誕生した、妙ちきりんなマスコットの姿が見えた。


「ほんとだー! 行こ行こ!」

「行く行くー!」

「走るんじゃありませーん転ぶでしょー」


 茶化したような奏ちゃんの声を背中に人集りへ急接近。沢山の子どもたちとハグしたり写真撮ったりしてるけど、表情はずっと無表情のまま。この、ずんぐりむっくりって言葉を実にわかりやすく体現してくれているヘンテコ生物が、この世界のマスコット。子供から大人まで幅広い層の心を掴んでいる、世界屈指の人気者。


「無表情で写真撮ってるー! きゃー!」

「塩対応にしか見えないー可愛いーっ!」

「それだけ切り取ると可愛さをカケラも感じないんだけど?」

「わかってないなー奏太は!」

「ほんとほんと! そこが可愛いのエモペンちゃんは! この、どこが可愛いのかわからないけどなんとなく超可愛いって感じが堪らないの! どこが可愛いのかわからないところさえ可愛さの一つなんだよ!」

「聞いた事ねえ哲学だわ」

「それは奏ちゃんが勉強不足なだけ!」

「えー」

「ここで夏菜に競り勝とうなんて思わない方がいいよー奏太ー」

「だったな……それにしても、この暑さじゃ中の人は大変だろーなー」

「中の人なんていませんっ!」

「中の人なんていないからっ!」

「そうですねすいませんでした」


 空気の読めない奏ちゃんに一喝。中の人なんていないもん! たまにファスナーみたいなのが見えたとしてもそれはただの飾りであって中の人が出入りする為の物とかじゃないもん! だ、だもんっ!


「エモペンちゃーん!」

「こっちこっちー! 世界一可愛い女の子がここにいるよー! あ! こっち見た! こ、こっち来るよ!」


 ちびっこのみんなより大きな声を出す千華ちゃんに反応したのか、昔から変わらない無表情のまま、よたよたとこっちに来た。歩き辛そう……そんな所も可愛い……!


「今のに反応するとかよっぽどの物好きか独身の中年が中に入ってんじゃねーの?」


 やっぱり空気読めない奏ちゃんなんか今は無視無視!


「あの、エモペンちゃん……ハグしてもいい?」

「いい!?」


 いいよと言う代わりに頷いたエモペンちゃんが、何に使えるのかわからない短い羽を広げた。私たちを歓迎してくれるみたい。


「やった……! し、失礼します……!」

「やたー! はいっ!」


 羽の中に入ると、キュッと抱き寄せてくれた……ああ……幸せ……! 私もしっかり抱き返す……もふもふ……柔らか……可愛い……!


「ねーねー撮って撮って!」

「お願いお願い!」

「はいはい……」

「お、俺も撮るぞ……よ、よしっ……撮れた……撮れたぞ……!」

「ありがとー! エモペンも!」

「あ、ありがとう……エモペンちゃん……」


 コクリと頷いて、もう一度ハグし直してくれたエモペンちゃんは、触れ合う瞬間を待つ子供たちへ向けてよたよたと歩いて行った。ああもう……まん丸な背中も可愛い……堪らないよお……。


「う、羨ましい……」

「そうでしょ!? エモペンちゃんとハグ羨ましいでしょ!? 謙ちゃんもやってもらえば良かったのに!」

「へ? あ、や……そうじゃなくて……」

「だよねー! あたしとハグ出来るとかそりゃ羨ましいに決まって」

「お前は黙っとけブッ飛ばすぞこのアホ」

「引くくらい辛辣なのなんなの!?」

「はいはいいいから奥行くぞー。混む前にスタイリッシュマウンテン乗りてーし」

「いいね! じゃあスタイリッシュマウンテンから反時計回りに回ろっか! それならそこまで待たされずに回れると思うし、レストランも近い! そこね、夏限定のスイーツがあるとこなの! 私行きたい!」

「じゃーそれで」

「ナビは夏菜に任せるかんなー」

「任せて! じゃあこっちでーす!」


 私を先頭にして、みんなで歩く。普段なら絶対にない事だけど、折角みんなで来れたんだから、全力で楽しんでもらえるようにいいプランを立てないと!


 それに。こうしてみんな揃ってここに来れるのは、もしかしたら最後かもしれないし。


「いい天気だねー!」


 空を見上げてみると、雲一つない快晴が広がっている。今日は一日晴れの予報。降水確率は0%だって。ちょっと暑過ぎるけど、行楽日和なのは間違いない。


「だな。はしゃぐのはいいけど、あんまり俺たちから離れるなよ?」

「はーい!」


 そう言ってくれた元ちゃんの前を行く。ナビを引き受けたんだからヘタなこと出来ないよね! 頑張らないとっ!


 楽しい楽しい日になりそうな予感をひしひし感じながらまた一歩、夢の世界へと踏み込んで行った。

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