「決して壊れることのない肉体を持って生まれた少女」の話③
久しぶりに会ったたっくんは、もうすっかり大人になってて、歳を聞いたら三十だって言ったから。
それで、ああ、あれから二十年くらい経ったんだなあって。
あたしは、たっくんがまた会いに来てくれたことに驚いて、でも、とってもうれしかった。
けど、たっくんは険しい顔であたしを睨んだ。
ちーちゃんとまーくんが、死んだ。
たっくんはそう言ったの。
そのあと、続けて「おまえのせいだ」って。
あたしはわけがわからなかった。
だって、あれからあたし、ちーちゃんとまーくんには一度も会ってないんだもの。
二人が死んだなんて、たっくんがそんな知らせを持ってくるなんて、思いもよらないことだったし、ましてそれをあたしのせいだと言われても、心当たりなんて何もあるはずなかった。
どういうこと、って、あたしはたっくんに尋ねた。
たっくんは暗い目をして話し始めた。
たっくんの話はこうだった。
ちーちゃんとまーくんとたっくんは、あたしに会いに来なくなったあとも、相変わらずずっと三人で仲良くしてたんだって。
ちーちゃんとまーくんの二人は、大人になって恋人になって、たっくんはそれからも二人の友達だったらしい。
ちーちゃんとまーくんは数年前に結婚して、つい先日二人の間に子どもが生まれた。
本当ならそれは祝福すべき幸せなこと。
ところが、子どもが生まれたのをきっかけに、二人はノイローゼってやつになってしまった。
そうなったのは、幼い頃にあたしを「育てた」せい。
食べ物を与えなくても死ぬことのない、地面に落としても壊れることのない赤ちゃん。
そんな育成ゲームよりも簡単な「子育て」を経験したせいで、自分たちの子育ての感覚は狂ってしまっているんじゃないかって、ちーちゃんとまーくんは不安になったらしいの。
確かに、あたしを育てたように普通の生きてる赤ちゃんを育てたら、きっとその子は死んじゃうもんね。
二人は思いつめて思いつめて、たっくんに悩みを相談したんだけど、そんなことたっくんにもどうしようもなくて。
そのうちに、もう、死んでしまおうってことになった。
ちーちゃんとまーくんの二人だけじゃなくて、昔からずっと仲の良かったたっくんも、三人一緒に。
育児ノイローゼによる自殺。
それがちーちゃんとまーくんの死んだ理由だった。
少なくとも、三人の間で交わされた言葉の上では、そういうことだった。
でもね――。
実際のところは少し違ってたんだって。
たっくんが言うには、育児ノイローゼは単なるきっかけでしかない。
自殺の理由は、本当はもっと微妙で、根深いところにあるってことだった。
それは、彼らの中にある、やっぱり幼い頃の記憶。
あたしと「遊んだ」思い出。
彼らはあたしに対して、あたしが普通の人間だったら壊れてしまうようなむごいことを、いろいろやった。
大人になってから振り返れば、それはきっと、「生きた人間である」彼らにとっては目を背けたくなるような残酷な行い。
子どもっていうのはたいてい残酷な遊びをするもの。
虫やカエルを痛めつけて、時には殺して楽しんで、そのときは罪悪感も抱かず笑ってる。
だからって、そういう遊びを経験した人がそのまま残酷な人間に成長するってわけじゃなく、むしろ、小さな命を自らの手で殺めたその経験によって、命の価値ってものを学びながら大人になっていく。そんなことを、何かの本で読んだな。
でも、彼らがむごいやり方で扱ったのは虫やカエルだけじゃなかった。
幼い頃のこととはいえ、そんな「遊び」を楽しんでいた自分たちのことが、彼らはいやでいやでたまらなかった。
ちーちゃんとまーくんが恐れてたのは子育てのことだけじゃない。
それ以前に、親として以前に、自分たちが一体まともな人間なのか、そのことをずっと疑問に感じてた。
ちーちゃんもまーくんもたっくんも、あたしとのあの「遊び」のせいで、自分の人としての軸がどこか狂ってしまったんじゃないかっていう不安に、いつも苛まれてた。
だからこそ、たっくんも二人と一緒に死ぬことにしたんだって。
誰も口には出さなかったけど、三人とも、暗黙のうちにそのことをわかってたって。
それがたっくんの話した、本当の自殺の理由だった。
それでね、どうして、ちーちゃんとまーくんが死んでから、たっくんがあたしの所に来たかっていうと。
たっくんは、一人だけ自殺に失敗したらしかった。
三人は、並んで一緒に首を吊ろうとしたんだって。
一つの大きな木に、それぞれ自分用の縄をかけて、同時に首を括ったの。
でも、たっくんが縄をかけた枝は、たっくんの体重を支えるには少し強さが足りなかった。
たっくんが、縄の先に作った輪の中に首を入れてぶら下がった途端、枝が折れちゃったんだって。
ちーちゃんとまーくんはしっかり首を吊って死んじゃった。
それで、一人だけ死に損ねたたっくんは思い直して、自分たちの人生を狂わせたあたしに復讐しようと山小屋にやってきたってことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます