第4話 スタグ・フロウメント


 俺とアゼルはすさまじい勢いで列車ジャックの仲間を倒して列車の中を踏破していく。残すは最先端の車両だけであった。


 この車両にてスタグ・フロウメントは乗客と仲間を遠ざけ、人質の少女と2人でアゼルを待ち構えるかのように立っていることになっている。


 アゼルはドアを殴りつけるように開いた。


「やれやれ時間稼ぎにもならなかったようだな」


 黒衣を纏い、金髪の長髪を携える男がこちらを睥睨する。この男がスタグ・フロウメントだ。


 フロウメントはこちらを一瞥すると嘆息しながらそう言った。彼の足もとの床には白墨で幾何学的な模様の施された円が描かれている。その円のなかには先ほど人質として連れて行かれた少女が意識のない様子で横たえられていた。


「あんた、どうやらただの列車ジャックじゃなさそうだな」


「それがお前たちに関係あるのか。――今から死ぬお前たちに」


 フロウメントはスラックスのポケットに自らの両手を仕舞う。まるで俺たちには必要ないというかのように。同時に青白く長方形のガラスのようなものが横たえられた少女を包む。これも俺の書いた小説通りの展開。ここでフロウメントは少女に危害を加えるつもりはないのだ。


 フロウメントが口元に邪悪な笑みを浮かべた次の瞬間、彼の前に60センチほどの氷柱が生じてこちらへと射出される。俺とアゼルはそれを左右に跳ね跳ぶようにして回避する。フロウメントが次々とそれを放ってくるので座席を盾にするようにかがみ込んだ。


 氷柱は座席でも完全に防ぐことはできる3分の1ほどが座席を刺し貫いて飛び出てきた。いつまでも持ちそうにはない。


「セイヤーズ!」


 俺はアゼルの名前を叫ぶとともに、右の掌からアゼルに向けて炎弾を射出する。アゼルは小さな闇の塊のようなものを手元に生み出すと、その炎弾を包み込んだ。


 それと当時に炸裂音とフロウメントのうめき声のようなものが聞こえた。アゼルの得意とする補助魔法の1つ空間転移魔法で、俺の出した炎弾をやつにぶつけたのだ。


 威力と連射性はあちらに分があるが、こちらは遮蔽物を無視して攻撃できる。そこからはなんとかまともな撃ち合いの様相を呈してきた。


「クソ、あいつマジでノータイムで魔法打ち放題なんだな」


「種はある」


 俺は小声で言った。


「本当か」


 アゼルも小声で返す。


「噂が本当ならだがな。スタグ・フロウメントのノーモーションノータイム魔法、俺の親戚の元軍人の話ではその秘密は不可視の召喚魔法と言われている。だからこそスタグは何の身振りも呪文もなく魔法を使えるらしい」


 もちろん、これは過程の話ではなく、確定の話。俺の作った設定の話だ。


「フロウメントは俺が引き付ける。お前はその不可視の使い魔を見つけ出し、制圧しろ。当然フロウメントは自分の弱点を自覚している。簡単な仕事じゃないぜ」


「任せろ。得意分野だ」


「紅蓮の弾丸よ。焼き潰せ」


 俺はサッカーボール大の炎弾をフロウメントに向かって射出するとそれを盾にするようにして座席を乗り越え、フロウメントに向かっていく。


 まるで自分のものではないかのように、俊敏に動く身体を操って氷の刃を交わしながら俺はフロウメントに近づいていく。時折俺の手足を刃がかすめていき、夢まぼろしの類とは思えないような痛みが走った。


 約1メートル。そんな距離にまで俺が近づいたとき動物の悲鳴のようなものが響き、黒い狼がその場に姿を現す。これがフロウメントの使い魔だ。アゼルは透明化の魔法を使っているのか姿が見えないがこの使い魔に徒手空拳で攻撃を加えているのだろう。


「こっからは一騎打ちだ」


 フロウメントは不愉快そうに唇を噛むとスラックスのポケットから両の手を抜くとこちらに差し向ける。俺とフロウメントは互いに炎弾と氷柱を射出し合う。氷柱の総量はさっきのように無数にというわけにはいかず、一度に2本か、3本出すのが精いっぱいという風だった。


 あの使い魔はフロウメントの指示を従って魔法を使っている。俺がこうやって戦っている限り、あの使い魔はただの凶暴な犬でしかない。


「セイヤーズ、背中だ」


 俺はアゼルの背中に向けて炎弾を射出する。アゼルは右手を後に回し、小さな闇でそれを飲み込んだ。


 そして次の瞬間、フロウメントの顔面に炎弾が衝突する。その場でふらふらと立ちくらむフロウメントの顎目がけて俺は思い切り拳を振り抜いた。フロウメントはその場に崩れ落ちる。


 俺は勝利の雄たけびを上げようとするが、うまく叫ぶことができなかった。そこでようやくフロウメントの放った氷柱が自分の脇腹を刺し貫いていることに気づくのだった。直後世界は暗転する。

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